フランスで大ヒットを記録した異色のラブストーリー『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』が公開されている。本作は、妻が自分のことをまったく知らない世界に迷い込んでしまった男が、再び彼女と恋に落ちようと奔走する姿を描いた作品だが、ユーゴジェラン監督は、この女性を“まったくの別人”として描くことが重要だと考えたようだ。監督に話を聞いた。

脚本と監督を務めたユーゴジェランは、名優ダニエル・ジェランを祖父に、俳優のグザヴィエ・ジェランを父に持つ若い映画作家で、2017年に日本でも公開された『あしたは最高のはじまり』もフランスで大ヒットを記録している。

本作の主人公は人気作家のラファエルと、ピアノ教師をしながらピアニストとしての成功を目指しているオリヴィアだ。ふたりは高校時代に恋に落ち、結婚してから10年が過ぎたが、ふたりの生活はいつしかすれ違っていた。そんな中、ラファエルは目を覚ますと周囲の様子がおかしいことに気づく。どうやら自分は一夜にして“まったく別の世界”に移動しており、そこでは自分は独身の中学教師で、オリヴィアは世界的な成功をおさめる名ピアニストだった。そこで彼は彼女の存在の大きさに改めて気づき、自分のことをまったく知らない彼女に接近する。彼女と再び恋に落ちれば、元の世界に戻れるはず。ラファエルはそう考えて行動を開始するが、そこで彼は自身が想像もしていなかった感情に出会う。

本作の冒頭は、“元”人気作家ラファエルが、迷い込んでしまった世界で迷走しまくるコミカルな展開が描かれる。しかし、彼が失敗し笑える展開になるほど、“ラファエルは別の世界に来てしまった”という違和感や哀しみが漂う。

「世の中の多くのラブコメディは、笑いのシーンはすごくコミカルになって、感動するシーンになるとすごくエモーショナルになります。でも僕は泣きながら笑えたり、笑えるのに感動できるシーンが大事だと思うんです。人生は笑い、悲しみ、感動が交互にやってくるものだと思うんですよね」

劇中ではラファエルは必死になって、自分のことを知らないオリヴィアに接近し、改めて彼女にアタックする。時間旅行を扱う物語の多くは“時間を巻き戻して、人生の選択をもう一度しよう”とする展開が描かれる。本作もまた、成功によって自分本位になってしまった男が、別の世界で人生を選択しなおそうとする物語のように見える。しかし、この映画ではラファエルの選択だけを描かない。彼は冴えない教師になった段階から、あらゆる選択をやり直すが、“自分の選択”だけではなく、自分以外の人間の選択も人生や運命にとって大きな存在であることに気づいていく。

「そうなんです。この作品は結果的に運命というテーマを扱うことになりました。運命とは一体、何なのか? 運命をどのようなものとして捉えるのか? それを映画だから描けると思っていました。現実の世界では時間を逆行したり、未来に行くことはできませんが、映画ならば可能です」

だからこそジェラン監督は、別の世界にいるオリヴィアを単に“自分=ラファエルのことを知らない女性”ではなく、“まったくの別人”として描くことにこだわった。新しい世界にいるオリヴィアラファエルのことを知らないだけでなく、食べ物の好みも考え方も違う別の女性として描かれる。

「それこそがこの作品のテーマそのものなんです! この映画の原題は“私の知らない人”です。“私の”は英語でいうところの“my"なので、私の妻とか、私の恋人みたいな使われ方をするのですが、その人は未知の人間なんです。これはとてもパラドキシカルで矛盾していますよね。だからこそ面白いと僕は思ったんです。この映画でラファエルが改めて出会ったオリヴィアは彼の妻ではありません。しかも、彼の知っているオリヴィアではなくて、ピアニストになる夢を叶えた女性です。そこでラファエルは“自分は別の世界に来てしまって悪夢みたいだ。早く前の世界に戻りたい”と思っている。

でも彼は少しずつ“もしかしたら、オリヴィアにとっては今の世界の方が幸せなのかもしれない”と思うようになるわけです。つまり、彼女のことを想うことこそが愛なんじゃないかと。自分を犠牲にしても相手の幸せを想うことが大事なんだとラファエルはもがきながら理解していくわけです」

ラファエルは、新しい世界の別人のオリヴィアに接近し、距離を縮めていく。ここで彼女と恋に落ちることができたら、彼は元の世界に戻ることができるかもしれない。しかし、彼はそのことが本当に正しいことなのか、ふと立ち止まって考える。映画のラストでジェラン監督はセリフを一切使うことなく、音楽と映像だけでラファエルの心の動き、その変化、最後の決断を描き切った。

「映画のクライマックスではショパンの『幻想即興曲』をカットしないで使うことにこだわりました。あのシーンでオリヴィアはピアノの前でスポットライトを浴びて光輝き、かつて人気作家だったはずのラファエルは客席で匿名の存在として座っています。それはある意味では残酷な展開です。しかし、彼は元の世界に戻ることができる段階まで来て、ある選択をします。この映画はそれまでたくさんセリフのある“おしゃべりな映画”だったから(笑)、最後の展開はパッとセリフをなくして映像と音楽だけで語りたかったんです」

流れるピアノの音色と、セリフのない映像が続く本作のラストは、キャラクターの感情が手に取るようにわかり、胸に迫る“映画でしか描くことのできない”表現で描かれる。愛や男女関係や、人生、運命について考えさせられ、観終わったあとは思わず自分自身の人生も振り返りたくなる本作は、題材や脚本が素晴らしいだけでなく、“映画としての語り”も優れた映画ファン必見の一作になっている。

『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』
公開中

『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』