書籍『僕が夫に出会うまで

 

『僕が夫に出会うまで』コミカライズ版の発売を記念して、原作エッセイの書き下ろしエピソードを一部、公開します。

夫・亮介さんと付き合い始めて数か月経った頃。七崎さんはある事件に巻き込まれ、警察署から信じられない対応をとられました。本人が「一生忘れられない」と語ったエピソードを期間限定で公開します。

 

文春オンラインで公開中のエッセイを読むにはこちらから。

パーティの後に財布を紛失。後日、見知らぬ人から連絡が

 亮介君と付き合ってから、数ヶ月ほどたった。僕はゲイのお友達やそのお友達などを自宅に招いて鍋パーティをした。その時に、僕は財布を紛失してしまったのだ。

 家にあったはずが、おかしいと思った。だけど、自分のことだから、どこかに落としてしまったのだろうと考えるようにしたが、それから数日して、僕の財布の行方は思いもよらない形で明らかになった。

 それは見知らぬ人(Hさん)からの連絡で知ることになった。Hさんはある人に携帯ゲーム機を盗まれたのだそうだ。Hさんは犯人を追いかけて、何とかゲーム機を返してもらい、犯人に身分証を見せるように言ったらしい。すると犯人は『七崎良輔』つまり僕の保険証をHさんに提示したのだ。

 Hさんは僕の保険証を写真に撮り『危険人物』としてSNSで拡散しようとしたが、七崎良輔で検索すると本物の僕の画像が出てくる。そこで、HさんはSNSから僕に直接連絡をくれたのだ。

「最近、財布を盗まれたりしませんでしたか?」

「財布紛失中です! なぜですか?」

「Kと名乗る男が、僕のゲーム機を盗んだので、身分証を見せるように言うと、七崎さんの保険証を出したんです。僕は七崎さんの保険証の写メをSNSに晒そうとしていたのですが、その前に本人じゃないと気がついてよかったです。七崎さんが失くしたと思われる、紺の財布を、Kは持っていました」

 Hさんとやりとりをして、犯人の顔写真などを見せてもらうと、Hさんのゲーム機を盗んだ人物と、鍋パに来ていたKは同一人物だということがわかった。

 鍋パーティにKを誘った人は、Kとは知り合ったばかりで、この時すでに、連絡も取れなくなっていたようだ。

 後日、犯人Kから僕宛に封筒が届いた。それは、直接ポストに入れられていた。

「事情があった。ごめんなさい」と書かれた手紙と共に、空っぽの財布だけが入っていた。僕は事情を亮介君に説明し、彼と二人で葛西警察署へと向かった。

刑事に事情を話すと、盗難届の提出を渋られた。その信じられない理由とは……

 葛西警察署の刑事に全てを話し終えると刑事は、亮介君に向かって「あなたは?」と聞いた。

「彼は、僕の彼氏の亮介君です。一人では心細いので一緒に来てもらいました」

「そうですか。それなら、あなたはここでお待ちください」

 刑事が言った。僕は亮介君と引き離され、奥のホールへと連れていかれた。そこには警察官や刑事が六人ほどいて、僕は彼らに囲まれる形になった。すごい威圧感だ。

「その鍋パーティというのは、どういう人の集まりなんでしょうかね?」

「ゲイの集まりです」

「ってことは、犯人のKも、同じくゲイってことですかね?」

「そうです」

なるほどね~。ん~、どうしようかね~」

「Kを捕まえてください。今回だって、僕の身分証を変なことに使われた訳だし、SNSに晒されかけたんです。そんなことになれば、僕としては大変なことになってしまうでしょ? それに、戻ってきた財布も手紙もあれば、指紋が採取できるんじゃないでしょうか」

 僕は刑事に、犯人を探してもらえるようにお願いした。

「うん~、ただね、あなたが今日ね、ここでね、犯人を捕まえてくださいって言ってね、盗難届を出していかれるのならね、私たちはね、必死に犯人を探すことになるんですよね」

「そうですか。じゃあ、お願いします。盗難届を出します」

「でもね、あなたもね、ゲイだし。その犯人もね、ゲイなんでしょう?」

「そうですけど、だから何なんですか?」

 刑事の言いたいことがわからなかった。

「愛だの恋だのって言ってね。お互いゲイなんだしね」

「いや、何が言いたいかと言うとね、あなたがね、今日ここで盗難届を出すとね、私たちはね、必死に努力をして、犯人を捕まえますよ。それが仕事ですからね。でもね、お互いゲイとなるとね、私たちが犯人を捕まえてきたとしてもね、お互いを好きになっちゃったりして、『やっぱり訴えません~』とか言われちゃうとね、私たちが働いた意味がなくなっちゃうんですよね。だからね、捕まえてから、訴えるか訴えないか悩むくらいならね、最初からね、盗難届じゃなくてね、紛失届を出してもらいたいのね。だってよくあるでしょ? 愛だの恋だのって言ってね。お互いゲイなんだしね」

「はあ……」

「紛失届を出しておけばね、身分証が勝手に使われたとしてもね、あなたに被害はないからね」

 僕にはこの刑事の言うことの意味がわからない

「刑事さん。もしKが捕まったとして、どちらもゲイだからといって、僕がKと恋に落ちることはないと思いますよ。さっき、僕の彼氏がいたでしょう? 一緒に来たのが僕の彼氏ですよ」

「でもわからないでしょ。そういうもんはね」

「自分の財布を盗んだ犯人と恋に落ちる訳がないでしょう! 頭大丈夫ですか? あなたは被害者が女性で、犯人が男性の場合、同じことを言うんですか! 犯人捕まえても、恋に落ちるかもしれないなんて! そんなのバカすぎません?」

 僕はできるだけ軽蔑を込めた目で刑事を見ていた。

「でも、二人ともゲイな訳でしょ? 絶対ないとも言い切れないでしょう、ね? そもそも、この鍋パーティだってね、本当に鍋をしただけなのかな?」

「ちょっと待ってください。僕が自宅で乱交パーティでもしていたと言いたいのですか?」

「そうはっきりとは言いませんけど、ね?」

「やー。もう。どうしよう……。あなた、本当に失礼ですよね?」

「そういうこともよくあるんでしょ? ね? あなたたちの世界ではね。ドラッグを使用している可能性もなくはないしね?」

 こんなやり取りが一時間近く続いた。刑事を殴ったらどうなるのだろうかと考えたが、次第に心身共に疲れ、怒るエネルギーもなくなっていく。

「刑事さん、あなたは結婚されていますか?」

「してますね、はい」

「奥さんは気の毒な方ですね。だって貴方は最低な人間だ。だって、これって、酷すぎませんか? 私は財布を盗んだ犯人を捕まえてくれと、お願いしているだけなんですよ。こんなことが、許されるんですか? 酷すぎませんか?」

 僕は取り囲む警察官たちにも同意を求めたが、彼らは一斉に、僕から目をそらした。

「私はね、こう見えてね、家族にはとてもよく思われてるんですよ」

「ご自身でそう思っているのは自由です。ただ僕は、犯人を捕まえてくださいとお願いしているだけなのに、あなた方は仕事をする気はないみたいだし、ゲイに対してとても差別的なので、もう……いいです」

「仕事をする気がないなんて失礼な! 私はね……」

「失礼なのはあなたですよ! もういいからさっさと紛失届を持ってきてもらえます?」

いつかこのことを、世間に知らしめてやると誓った

 僕は紛失届を書く時に、悔しくて、悔しすぎて、手が震えた。僕が紛失届を書いている最中、その刑事はずっと「盗まれたのは自分の不注意もあったはずだ!」などと説教をカマしていたが、そんなことは十分に分かっている。早くここから出たいという思いでいっぱいだった。

 やっと解放されると亮介君が待っていてくれた。僕が今受けた仕打ちを亮介君には到底言えないと思った。自分自身も悔しかったし、亮介君まで傷つけてしまうように思えた。

 帰宅中、亮介君が言った。

「なんか元気ない? 警察署でなんかあった?」

 亮介君が心配そうな顔をしている。もう、全てを話すしかない。

「実は……、僕も犯人もゲイだから、お互いを好きになったりして、逮捕しても訴えないとか言うから、盗難届じゃなくて紛失届にしろって言われたの」

 僕は悔しくて、泣きだしそうになるのをこらえて、一気に説明した。

「俺が彼氏だって言ったのにひどいね。でも良くんのことだから、負けずに盗難届を出して来たんでしょ?」

「それが、負けた」

 涙が流れた。悔しい。

「だって何人もの警察官に囲まれて、威圧的だし、刑事なんてずっとポケットに手を突っ込んで喋ってたよ。大っ嫌いになった、警察!」

「良くん、よく頑張ったね! 今日は焼肉に行こうか」

「いぇーい! 焼肉~」

 僕は切り替えが早い。だが、悔しい思いをしたことはずっと忘れないタチだ。

 翌日、法務省の人権相談窓口に電話をして、葛西警察署での出来事を全て話した。窓口は声からして、おじいさん弁護士のような人だった。

「あなたのような人はね、これからもっとそういうことと戦わなくてはいけない。一致団結して、声を上げていくしかないんですよ。頑張ってくださいね」だそうだ。ありがたいお言葉をいただいた。だから、いつかこのことを、世間に知らしめてやると誓った。

写真1枚目=山元茂樹 写真2枚目以降=平松市聖/文藝春秋
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 この一年後に警察から連絡があり、七崎さんは再度葛西警察署に向かうことにーー。続きは原作『僕が夫に出会うまで』に収録されています。

 原作をコミカライズした『僕が夫に出会うまで』も好評発売中です。

(七崎 良輔/文春コミック)

七崎良輔さん ©文藝春秋