中国のポータルサイト・百度に11日、「日本が中国に派遣した遣隋使、遣唐使はいったい何を日本に持ち帰ったのか」とする記事が掲載された。
 
 記事はまず、遣唐使や遣隋使が日本に持ち帰ったものとして政治の仕組みや制度を挙げ、その中でも象徴的なのは聖武天皇と光明皇后が唐の高宗と則天武后を模倣した事例だと紹介。全国に国分寺、国分尼寺を建立したほか、大きな盧舎那大仏を建造したほか、官職の唐風化を行ったと伝えた。
 
 次に、多くの工芸や技術が日本に持ち込まれたとし、そのうちの一つとして磁器の製造工程の模倣を挙げた。特に唐三彩を模倣して作られた奈良三彩が有名であり、三色の釉薬を用いる点が模倣される一方で、日本独自の風格も備えた焼き物として現代にまで伝わっているとした。
 
 さらに、奈良時代の都である平城京は長安城の設計をかなり参考にしたほか、唐招提寺などの唐風に満ちた寺院の建立、後に日本の和服として発展する衣服、琵琶や古琴などを用いる唐楽など文化的な事物も数多く日本に持ち込まれたと紹介している。
 
 記事は、日本が唐の文化を日本の実情を融合させ、独自の和風文化の道を作り出したと伝える一方で「文明の交流は一方通行ではなく、日本が中国文化に与えた影響も軽視できない」とし、木製の仏像製造技術が日本から中国に伝わり、遣唐使が中国本土で高級官僚を務めたことなどがその証拠であると伝えた。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

日本の遣隋使、遣唐使は中国から何を持ち帰ったのか=中国メディア