「誰かに嫌われたい」と思って毎日を過ごしている人はいないだろう。できたら好かれた方がいいし、やっぱりみんなに愛されたい、そしてFacebookでは「いいね!」を押してもらいたい……と思っている人が多いことと思う。

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 しかし『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎、古賀史健/ダイヤモンド社)によると、誰からも嫌われないためには、周りの人全員に忠誠を誓い、誰にも悪い顔をしないことしか答えがないという。最初のうちはなんとかなるが、すべての人の希望や期待に応えようとすると、それが仮にできないとわかっていても「できる」と嘘をつかなくてはいけなくなり、自分にも周りの人にも嘘をつき続けることになって最後には信用を失い、苦しい人生になってしまうという。みんなに好かれようとするとみんなから嫌われ、最後には自分のことまで嫌いになってしまうという悪循環!

 自由とは、他者から嫌われることである――つまり嫌われることを恐れていては、自分の生き方を貫くことはできないという本書は、欧米ではフロイトユングと並ぶ「心理学の三大巨頭」と言われながら、日本ではあまり知られていないアルフレッド・アドラーの「アドラー心理学」を、哲人と若者の対話形式でわかりやすく解説している。

 オーストリア出身のアドラーは、もともとフロイトの主催するウィーン精神分析協会の中核メンバーで共同研究者であったが、学説上の対立でフロイトと袂を分かち、独自の「個人心理学」を提唱、それがアドラー心理学となった。この考え方は、自己啓発書の元祖といわれる『人を動かす』『道は開ける』(ともに創元社)の著者であるデール・カーネギーや、世界的な大ベストセラー『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』(キングベアー出版)の著者スティーブン・R・コヴィーなどにも影響を与えている。

 アドラー心理学は他者を変えるためではなく、自分が変わるための心理学で、その内容はなかなか刺激的だ。「全ての悩みは対人関係にある」とした上で、 これまでの人生に何があったとしても今後の人生をどう生きるかについてはなんの影響もないということから「トラウマの明確な否定」をして、原因ではなく目的で考えよと説く。そして「他者からの承認を求めることの否定」「他者の期待など満たす必要はない」「他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない」「人生に意味なんてない」というような、「空気読め」という雰囲気に満ちている日本では、なかなか実行することが難しそうなことが並んでいる。

 もちろんこれは自分勝手に行動していい、ということではない。詳しい内容は本書に譲るが、この本を読んだ人は、自分の人生は誰かのものではなく、自分のものだということを思い出させてくれることだろう。そしてアドラーは「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」という言葉を残していて、上下ではなく横の関係でつながり、「いま、ここ」を生き、自らの主観によって他者への貢献ができれば幸福でいられる、そしてそのことを誰になんと思われようと、まず自分から始めることが大事だ、と語る。

 ……とここまで書いてきて最後に残念なお知らせだが、アドラー心理学を本当に理解し、生き方が変わるようになるまでには、これまで生きてきた年数の半分が必要になると言われているそうだ。今あなたが20歳なら30歳、30歳なら45歳、40歳なら60歳にならないと生き方が変わらない可能性がある。しかし何事にも「遅い」ということはない。これまで感じてきた人生の悩みに光を与えるアドラー心理学を取り入れ、何かと生きにくい世の中をシンプルに、幸せなものにしてみてはどうだろうか。

文=成田全(ナリタタモツ)

『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎、古賀史健/ダイヤモンド社)