日本の建築史上、最もお茶の間に浸透した建築家隈研吾氏。その人気の背景には、ビジネスにも通じるヒントがある──。書籍『隈研吾建築図鑑』を執筆した元建築雑誌記者で現在は画文家の宮沢洋氏が、「隈研吾ブレイクの理由」を5回にわたって読み解く。第4回は、予算が少ないプロジェクトとの向き合い方について。(JBpress)

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第1回●周回遅れの逆境が隈研吾を国民的建築家に押し上げた
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65115

第2回●丹下、黒川とは全く異なる隈研吾のコスパ感覚
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65116

第3回●じわりと依頼主の信頼を得る隈研吾の高度なコミュ力
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65172

第4回●低予算でも爪痕を残す隈研吾ゆるふわブランド術
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65173
第5回●隈研吾人気、謎を解くカギは「繰り返しを恐れない」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65174

 本連載第1回で、隈氏は「国立競技場によって『国』を代表する建築家となったにもかかわらず、居酒屋だって設計してしまう」と書いた。今回、最初に取り上げるのは、その居酒屋である。筆者は勝手に“隈研吾居酒屋三部作”と呼んでいる。

 最初は、JR吉祥寺駅北口から徒歩1分の「ハモニカ横丁」にある「てっちゃん」だ(記事冒頭イラスト)。第一弾となるこの店だけは、隈氏が国立競技場コンペに当選する前の2014年に完成している。依頼主はハモニカ横丁を運営するビデオインフォメーションセンター(手塚一郎代表)だ。

 路地からも見える1階店内のテーブルや椅子は、炭酸水を凍らせたような、見たことのない素材でつくられている。これはアクリルを溶かして団子状にしてから固めた「アクリルボール」という仕上げだ。

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 2階の店内はこれとは一転、カラフルなもじゃもじゃで包まれる。輪ゴム? いや、よく見るとLANケーブルだ。

3店舗揃うとようやくテーマが分かる

 隈氏が国立競技場コンペに当選したのは2016年1月。その翌年、同じビデオインフォメーションセンターが隈氏に設計を依頼した2軒目、3軒目の居酒屋が開店する。

 2軒目は、吉祥寺から京王井の頭線に乗って下北沢で降り、徒歩3分ほどのところにある「下北沢 てっちゃん」。

 ここは店内の装飾がスキー板。建物の外壁には、アルミサッシが抽象画のように設置されている。

 3軒目は、吉祥寺からJR中央線で西にひと駅、三鷹駅から徒歩2分の「ハモニカ横丁 三鷹」だ。ここは、内部にも外部にも、自転車の車輪が使われている。

 3店舗の共通テーマは何だか分かるだろうか。そう、「廃材リサイクル」である。1店舗だけのときには、「隈さんは一体何がやりたいのか」と思ったのだが、3店舗を並べて共通テーマが分かると、「なるほど、さすが隈さん!」と手のひらを返したように褒めたくなる。

あえて過去の自分をまねる?

 居酒屋三部作ほど分かりやすいテーマではないが、茨城県境町の建築群も面白い。前回(「じわりと依頼主の信頼を得る隈研吾の高度なコミュ力」)、高知県梼原町が“隈研吾の聖地”と書いたが、境町は“新聖地”に名乗りを上げている自治体の1つだ。

 わずか3年弱の間にこんなにできた。

(1)さかいサンド
完成:2018年
所在地:境町1341-1 道の駅さかい

(2)さかい河岸レストラン茶蔵
完成:2019年
所在地:境町1341-1 道の駅さかい

(3)(4)S-Lab、S-Gallery 粛粲寶(しゅくさんぽう)美術館
完成:2020年
所在地:境町坂花町1466-2、1455-1

(5)モンテネグロ会館
完成:2020年
所在地:境町大字上小橋446-4

(6)まちかどカフェ(予定)
完成:2021年春予定
所在地:境町1459-1

 どれも、梼原町の建築群ほどにはお金がかかっていない印象だ。隈氏の建築の中でも、相当ローコストの部類に入ると思われる。しかし、ここはここで“ご当地B級グルメ”を巡るような楽しさがある。

 隈氏の建築を数多く見ている人間が見れば、「どこかで見たような手法をちょっと変えて」採り入れていることが分かる。共通テーマをあえて挙げるなら、それは「隈研吾本人」なのではないか。「自分のパロディー」という高度なブランディングにも思えるのである。

 さすがにそれは深読みし過ぎかもしれない。だが、先ほどの居酒屋三部作にしても、この境町の建築群にしても、隈氏が「プロジェクト単体の魅力」だけで勝負しようとしていないことは明らかだ。予算が少なくても、複数のプロジェクトの間に何らかのつながりをつくることで、トータルの価値を高めることはできる──。隈氏のゆるっとしたブランディング術に学ぶことはありそうだ。

 次回は、「筆者個人が一番隈氏に学んだこと」について。
第5回●隈研吾人気、謎を解くカギは「繰り返しを恐れない」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65174

隈研吾建築図鑑』
著者:宮沢 洋(画・文)
価格:2640円(税込)
発行日:2021年5月11日
発行:日経BP
ページ数:208ページ
判型:A5
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4296108859/
日経の本:https://www.nikkeibp.co.jp/atclpubmkt/book/21/282010/

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  じわりと依頼主の信頼を得る隈研吾の高度なコミュ力

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隈研吾氏は居酒屋だって設計してしまう。吉祥寺「ハモニカ横丁」にある「てっちゃん」(東京都武蔵野市、記事中イラストはすべて宮沢洋、『隈研吾建築図鑑』用に作成したもの)