筆者はいわゆる、ギャンブルというものをまったくやったことがないのですが、それというのも、小学生時代に駄菓子屋さんの「くじ」に夢中になって何度も何度も散財し、後から、後悔しまくるという経験を散々していたからだと思います。「賭け事は怖い!」ということを、子ども時代に嫌というほど思い知らされました。

 まあ、子ども時代に駄菓子屋のくじでギャンブルの魅力を覚えて、大人になってから、本格的な賭け事にハマってしまう…という人も多いかもしれないので一概には言えませんが、筆者の場合は、駄菓子屋さんでの経験がギャンブルへの「抑止力」になっているのは間違いないようです。

ラムネ、ガム、アメ…

 思えば、ギャンブル性の高い各種くじは昭和の時代の、駄菓子屋さんの大きな楽しみの一つでした。筆者が最初にハマった駄菓子くじは古典的なくじの代表だった「甘納豆当て」。1970年代前半くらいまでは定番の商品でした。甘納豆の小袋を10円で買って、中に当たり券が入っていると、大袋の甘納豆おもちゃの詰め合わせがもらえるというものです。

 それ以降、見事な細工を施した大きなラムネが当たる「ラムネ当て」、一等賞が大量のガムの箱入り詰め合わせだった「ガム当て」、たこ糸を引っ張って、その先に付いた大きなアメを当てる「フルーツ引き」などに夢中になりました。また、でっかいスーパーボールが当たる「スーパーボール当て」、怪獣やヒーローの「カード当て」、グロテスクなゴムの爬虫(はちゅう)類がもらえる「ショック当て」といった、駄玩具のくじなどにも少ないお小遣いをつぎ込みまくりました。

 中には「当たれば現金がもらえる!」などという、かなり怪しいものもありました。だいたい、いつも痛い目を見るのですが、友人たちとワイワイ騒ぎながら、最後の10円玉を天に祈るような気持ちで賭けた経験は今では「楽しかったなあ」という思い出になっていますし、やはり、その過程で何かしらのことを学んでもいたのだと思います。

対面販売ならではの醍醐味

 その駄菓子くじが現在、絶滅の危機にひんしています。ここでいう駄菓子くじは「ガリガリ君」「モロッコヨーグル」などの「くじ付き商品」「当たり付き商品」ではなく、子どもの頃の私たちが夢中になった、引き札などを引いて大物を当てる純粋なくじ、いわゆる「当てもの」と呼ばれる商品です。

 この種の商品は「対面販売」でなければ成立しません。つまり、お店の人にお金を払って、引き札を引かせてもらい、番号によって賞品をもらうというやりとりがどうしても必要になります。昔ながらの個人経営の駄菓子屋さんの減少に伴って、そんな手間のかかるくじの販売に対応できるお店がほとんどなくなってしまいました。コンビニスーパー、ショッピングモールなどにあるフランチャイズ形式の駄菓子ショップでは、こうしたお店側の手間は敬遠されてしまいます。

 1990年代以降、くじ系の商品はどんどん数を減らしており、私たちの世代が楽しんだくじの多くはすでに消えています。1970年代から販売が続いていたコリスの「大当(おおあて)ガム」などは希少な古典的くじだったのですが、この代表的なロングセラーもついに昨年、製造が終了してしまいました。

 残っている商品も多くの場合、「箱売り」を前提にしています。つまり、お店でくじを引かせるのではなく、くじと賞品をセットで丸ごと販売するスタイルです。家庭で「くじごっこ」を楽しむ、あるいは地域のイベントなどに利用してもらうといった用途の商品として製造されているわけです。

 ちょっと怪しげな、いかにも駄菓子屋さんならではの各種くじの醍醐味(だいごみ)が失われていくのは寂しい限りですが、例えば、リリーの「野球盤ガム」、耕生製菓の「フルーツ引(ひき)」などは私たちの子ども時代とほとんど変わらぬ姿で、まだ製造されています。これらのユニークな商品の魅力はおそらく、今の子どもたちも魅了するはず。現在の「箱売り」中心の形でもいいので、ぜひ、末永く販売を続けてほしいと思います。

昭和レトロライター 初見健一

昭和食品の水アメくじ「昭和のねり大当(おおあた)り」(右下がくじ)。1980年代初頭から売られるロングセラーだったが、数年前に製造を終了した