自動車の界隈では根強いファンも多いスバル水平対向エンジン。そのエンジンを搭載した大砲が陸上自衛隊にあります。世界でも唯一のスバル製エンジン搭載の大砲とはどのようなものでしょう。

陸上自衛隊で最も調達数の多い大砲

世界には大小合わせて400社以上の自動車メーカーがあるといわれています。そのうち、市販4輪車向けでドイツポルシェと、日本のSUBARUスバル)のわずか2社しか手掛けていないのが、水平対向エンジンです。

この、いまでは世界的に見ればレアともいえるエンジンを積んだ大砲を陸上自衛隊が装備しています。その名は「155mmりゅう弾砲FH70」、一見すると車両には見えませんが、一体どこに水平対向エンジンを積んでいるのでしょう。

155mmりゅう弾砲FH70は、過去含め陸上自衛隊が装備した大砲のなかで最も調達数が多いものです。約500門が導入され、現在も約250門が使用されています。

導入が始まったのは1983(昭和58)年度からで、従来のアメリカ製155mmりゅう弾砲M1および105mmりゅう弾砲M2を更新する形で、北海道を除く本州以南の部隊に配備されました。

155mmりゅう弾砲FH70は、基本的にはトラックで牽引されます。それであればエンジンなど必要ないように思えますが、ではなぜかというと、トラックから切り離したあとで自走できた方が便利だからです。

牽引式なのになぜエンジン搭載? そのメリット

大砲は、牽引砲にしろ自走砲にしろ、射撃時はある一定の場所に布陣します。戦車のように動きながら撃つようなことはしません。自走砲であれば、長距離を走ってきた後も自ら射撃位置まで移動することが可能です。

しかし牽引砲の場合、長距離はトラックなどの牽引車両で引っ張り移動できるものの、ある程度近くまで行ったら切り離して、砲だけを射撃位置まで持って行き、撃てる状態にセットする必要があります。

このときにエンジンのない大砲の場合、すべて人力で動かす必要があるのです。加えてエンジンがあれば走るだけでなく、油圧を動かすことや給電なども行えるため、射撃準備を行ううえでメリットが多々あります。

また現代の砲撃戦では、砲弾の飛び方をレーダーなどで測定できれば、すぐさま射撃位置を特定することが可能です。ということは、射撃したらすぐさま移動(陣地変換)しなければ、敵の反撃をくらってしまうため、ただちに動ける方が有利です。

このような理由から155mmりゅう弾砲FH70にはエンジンが搭載されているのです。

オリジナルはフォルクスワーゲン製エンジンを搭載

そもそも155mmりゅう弾砲FH70は、1960年代後半から1970年代前半にかけて、イギリスドイツイタリアの3か国が共同開発したヨーロッパ製兵器です。

このときに牽引砲ながら、補助動力装置としてガソリンエンジンを搭載することが決まり、原型ではフォルクスワーゲン製の排気量1800cc水平対向エンジンを搭載していました。ちなみに、このエンジンはポルシェフォルクスワーゲンが共同開発したものでした。

ヨーロッパでは3か国が分担する形で1978(昭和53)年から量産されましたが、日本ではライセンス生産するにあたってフォルクスワーゲン製エンジンの部分を富士重工(現・スバル)が担当したことで、異例のスバル水平対向エンジンを搭載した大砲ができあがったのです。

このエンジンを駆動させることで、155mmりゅう弾砲FH70は重量9.1tあるものの、短距離であれば最高速度16km/hで自走することが可能です。

とはいえ、ハンドルなどなくレバー操作であるほか、変速はマニュアルミッション、また右左折はフォークリフトのように後輪操舵で行うため、運転にはある程度の演練が必要なようです。

155mm榴弾砲FH70も陸上自衛隊に配備が始まって、すでに約40年が経とうとしています。性能的にも旧式化しつつあるため、後継となる「19式装輪自走155mmりゅう弾砲」が登場しており、近々更新が始まります。

陸上自衛隊装備としてはレアな、スバル水平対向エンジンを搭載した大砲。「スバリスト」なら、いまのうちに見ておいて損はないかもしれません。

駐屯地記念行事で空砲射撃を行う155mmりゅう弾砲FH70(柘植優介撮影)。