ゴムタイヤで専用軌道を走る「山万ユーカリが丘線」。法令上は鉄道で、路線は山万ユーカリが丘―中学校間の4.1km。山万ユーカリが丘駅で京成本線に接続します。(写真:鉄道チャンネル編集部)

鉄軌道の次世代技術として期待を集める「顔認証改札システム」が今夏にも、千葉県佐倉市新交通システム山万ユーカリが丘線」で実証段階に入る見通しです。経路検索大手のジョルダンは2021年4月27日東京都内で会見を開き、まちづくりクラウドサービスの新バージョン「JorudanStyle(ジョルダンスタイル)3.1」の提供開始を発表。新バージョンを活用する新しいサービスの一つが、山万が取り組む顔認証によるバスや鉄道への乗車というわけです。

会見でジョルダンスタイル3.1の提供開始を発表する佐藤社長、東寺浩執行役員・企画営業本部長、松本佳子同本部サブマネージャ=写真左から=(筆者撮影)

山万は、人口1万8000人のニュータウン「ユーカリが丘」でジョルダンスタイルを採用。2021年5月10日からタウン内を走るコミュニティバスに顔認証乗車システムを導入。次いで同年夏ごろから、山万ユーカリが丘線で顔認証改札の実証実験に入るスケジュールです。ここでは会見内容を基に、顔認証のシステムと効能、さらには経路検索から交通の総合情報基盤・MaaSへと事業展開する、ジョルダンの戦略を探ってみましょう。

顔認証技術と通信技術をコーディネート

改札口脇に設置される顔認証改札=イメージ=(画像:ジョルダン)

顔認証改札とは、きっぷやICカード乗車券に代わり、顔認証で鉄道に乗車できるシステムです。顔認証乗車はパナソニックの顔認証技術と、ソフトバンクの4G/LTE通信技術をジョルダンが組み合わせてサービス化しました。4G/LTEは現行の携帯電話を進化させた通信規格で、外部のインターネットから独立した閉域網で通信するため、ハッカーの侵入を防いで高度な安全・安定性を確保できます。

顔認証の利用には、スマートフォンから顔情報(顔写真)やクレジットカードの事前登録が必要で、データはジョルダンのクラウドサーバーで厳重に管理されます。乗客がコミュニティバスや、新交通システム駅に設置されるパナソニック製端末で顔認証して本人と確認されると、定期券の場合は通過、普通乗車券の場合は決済(支払い)サーバーでクレジットカードから運賃が引き落とされます。

コロナ禍の昨今、マスク乗車の人がほとんどですが、会見での質疑によると、多くの場合はマスク越しでも認証が可能。万一、認証できない場合は、スマホ画面に表示されるQRコードをバスや駅の端末にかざせばOK。それでもだめな場合は、スマホ画面に表示される定期券乗車券の券面をドライバーや係員に見せれば乗車できます。

バス顔認証乗車時の端末表示=イメージ=(画像:ジョルダン)

顔がチケット!?

情報登録からチケット購入まで一連の流れでこなせるジョルダンアプリ=イメージ=(画像:ジョルダン)

顔認証やチケット購入の方法を、もう少し詳しく紹介しましょう。顔認証は三段階に分かれます。最初に名前や連絡先などの基本情報を登録すると、スマホにメールが送られてくるので、専用サイトにアクセスして顔情報を登録します。その後、クレジットカードのナンバーや有効期限などを入力して完了になります。基本情報、顔、クレカで三段階というわけです。

チケットを購入するには、最初にチケットストアにログインします。そして画面表示から乗車券1枚、定期券1ヵ月、1日乗車券、企画チケット(きっぷ)などと購入券種を選択。すると購入額(運賃)が表示されるので、使用するクレジットカードをクリックして購入完了になります。チケットストアのサイトでは、券種ごとの利用状況がいつでも確認できます。

顔認証は文字通り〝顔がチケット〟なので、財布やICカード乗車券SuicaPASMOなど)、スマホを忘れても理論的にはユーカリが丘線コミュニティバスに乗車できます。もっとも財布やIC乗車券がないと、乗り継ぎの鉄道やバスに乗車できず、顔認証店舗以外では何も買えないので、お出掛け前の持ち物チェック怠るべからずといえそうですが……。

「顔は究極の個人情報」

さて、顔認証にはどんなメリットがあるのでしょう。ジョルダンの資料には、「顔認証を利用した各種サービスの提供」「決済とポイント機能を活用したチケットサービス」「キャッシュレスサービスとのシームレスな連携」といった項目が並びます。

考えてみれば、チケットサービスやキャッシュレスサービス自体は、顔認証でもICカードでも、大きくは変わりません。顔認証最大のメリットは不適切さを承知で使わせていただければ、「顔は究極の個人情報」ということでしょうか。

顔認証は、盗まれたり不正使用される心配がまずありません。財布やスマホ、定期券を忘れたりなくしたりして、はらはらした経験をお持ちの方、ひょっとしたら顔認証の恩恵を最大限受けるのはあなたかもしれません(実は私も)。コロナ時代には、非接触というのも見逃せない利点です。

鉄道やバスからは離れますが、世の中で顔認証が待望されるのが施設の入退場管理。IDカードだけだと、なりすましによる不正侵入を許してしまう可能性があります。入退場記録だけでは、人物を特定しにくい。そうした課題を解決するのが顔認証で、入室時に顔認証し、登録データと一致したら解錠します。コンサートチケットの不正転売防止のため、顔認証を活用する動きもあります。

山万はバスや鉄道に続き、ニュータウン内の病院や公共施設など顔認証を広げる構想です。生活や交通の質を高める目的で、ゆくゆくは入室や宅配ロッカーもストレスフリーで利用できるようになるでしょう。

自治体アプリで住民ポイントを電子マネーに交換

顔認証乗車と自治体アプリポイント交換連携=イメージ=(画像:ジョルダン)

ジョルダンは会見でジョルダンスタイル3.1の機能として、「地方自治体アプリでのポイント交換連携」も発表しました。住民向けポイントを発行する自治体は多いのですが、貯めても使い道がないとしょうがない。ジョルダンアプリは、自治体などが発行するポイントをPayPayポイントや楽天ポイントWAONポイントといった電子マネーに交換します。

自治体アプリは、全国約40の都道府県市町村で採用実績があるそう。代表例が、神戸市環境局の「イイぐるポイント」や京都市の「京都学生ポイント(KYO-GAKUポイント)」。顔認証と自治体ポイント連携はそれぞれ独立しているわけでなく、協業の可能性も大いにあります。例えば、顔認証で鉄道やバスを利用すると自治体がエコポイントを進呈といった、公共交通シフト策が考えられます。

創業はアーケードゲームのベンチャー企業

最終章ではジョルダンの歴史と、なぜ今クラウドサービスなのかを。1979年創業のジョルダンは、アーケードゲームからコンピューターソフト業界に参入しました。アーケードゲームは、かつて喫茶店に置かれていたスペースインベーダーなどのゲーム機で(今はゲームセンターにあります)、最盛期を知っている方はおそらく50歳代以上のはず。創業者の佐藤俊和社長は当時、東京大学大学院修了3年目で、ジョルダンは今でいうスタートアップ(ベンチャー)企業のはしりでした。

1994年に鉄道で乗車駅と降車駅を入力すると経路検索できるパソコンソフト「東京乗換案内」を開発、1996年には全国版をネット公開し、2002年からはバスデータの収集・作成に乗り出しています。

最近力を入れるのがMaaSで、本格進出は2017年から。ジョルダンのMaaSは高速バス・空港リムジンバス路線バスに加え、自治体コミュニティバスダイヤや運賃といった情報を電子データ化し、「乗換案内」として情報提供します。情報は日本語とともに英語、中国語、韓国語に多言語化し、スマホ決済のキャッシュレス化や地域の魅力的な情報を発信して外国人旅行者を誘致し、地域振興につなげます。

MaaSは確立した定義がなく、〝100年に一度のモビリティ(移動)革命〟と称される巨大なビジネスチャンスの一方で、参入業者がいささか乱立気味という課題もあります。ジョルダンは経路検索から予約、チケット発行、決済といった旅行のすべてをスマホで完結。利用減で苦境に立たされる地方バス事業者の近代化・効率化を支援しつつ、関係機関総ぐるみで地方創生やバス再生を目指します。

今も経営最前線に立つ佐藤社長は会見で、「事業者、地域住民、来訪者、自治体など関係者すべてに有用な共通インフラ基盤を構築するのがジョルダンの使命。ジョルダンスタイル3.1で、新しいライフスタイルを実現したい」と決意を述べました。

ジョルダンは2021年2月に千葉市幕張メッセで開かれた「地方創生EXPO」に出展。MaaSサービスや自治体アプリを情報発信しました。(筆者撮影)

文/写真:上里夏生