『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、新型コロナウイルスワクチン接種推進を担当する河野太郎行革大臣について語る。

(この記事は、5月10日発売の『週刊プレイボーイ21号』に掲載されたものです)

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開催か中止か。東京五輪をめぐる菅義偉首相と小池百合子東京都知事の政治的な駆け引きが注目されています。古代ローマ以来の政治を表した「パン(食料、経済)とサーカス(娯楽)」という言葉になぞらえれば、自民党政権にとっては五輪がまさに「サーカス」のはずだったのでしょうが、今や「政府はサーカス(五輪)のためにパン(飲食店の営業権など)を犠牲にしている」といった雰囲気まで広がり始める始末です。

そんななか、ワクチン接種の推進を担当する河野太郎行革大臣が、ここにきてやたらと存在感を増しているように思います。

日本は多くの先進諸国に比べてワクチン接種の進行が遅いですが、その原因は単一ではなく、縦割り行政、少しのトラブルやミスも許容しない国民性......などいくつも考えられます。いずれにせよ、誰もが完全に認める100点の方法などないのですから、欠点のあるチョイスを並べて、そのなかから何をどう組み合わせていくかを考える必要があるわけです。

そうした複雑な状況下で、雄弁に接種計画の現状を語る河野大臣。僕が出演するテレビ番組に登場した際も、言えない点はうまくかわしながらも、質問から逃げているかのような言い方は決してせず、印象に残ったのは理路整然とした語り口でした。

日本の政界では珍しく、アメリカの政治家基準のディベート能力を持った方だと思います。与野党間の「誰が感染拡大やワクチン遅れの"犯人"なのか」といった不毛な議論に飽き飽きした人々から支持を集めるのは自然なことかもしれません。

河野氏は過去にも自民党に逆風が吹いた際、絶妙なポジションを取って注目されました。10年前の福島原発事故の後、原発推進派の自民党保守本流を批判し、反原発派の留飲を下げる言動を繰り返したのです。

しかし周知のとおり、安倍政権で閣僚入りしてからはそうした発言をきっぱり自制。風が吹く方角を察知し、しっかり旗を立て、風がやむと静かに旗を降ろす―それを合理的な君子豹変と見るか、それとも風見鶏と見るかは人それぞれでしょう。

ともあれ、仮にワクチン接種がうまくいけば、河野さんは危機的状況を救った英雄のひとりとなるでしょう。ワクチンは経済を元に戻す「パン」であると同時に、「あの惨状から巻き返した日本はやっぱりすごい」というナショナリズムをかき立てる「サーカス」にもなりえる存在です。

1年以上にも及ぶ無為無策で国民に「自助」を押しつけたことも、五輪に異様に執着したことへの批判も押し流され、衆院選で高齢層からの"ワクチン感謝票"が自民党に集まることも容易に想像できます。

そう考えると、自民党の新世代代表のような印象もある河野大臣ですが、実際のポジションは「体制維持のための"耐震補強工事"をハデにやる人」といったところでしょうか。ただ、変異株の流行で専門家からは「ワクチンだけでは安泰ではない」との指摘も出始めている。

こうした意見や異論を「ツイッターでブロックする」ように黙殺し、後でこっそり軌道修正するのが河野大臣の得意技でしたが、今後はどうなるか。菅政権の十八番である「答えない」という選択とは別の対応ができれば、ヒーローへの花道はいよいよ整備されてくるのかもしれません。

モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ『青天を衝け』にマシュー・ペリー役で出演し大きな話題に。

「ワクチンは経済を元に戻す『パン』であると同時に、『あの惨状から巻き返した日本はやっぱりすごい』というナショナリズムをかき立てる『サーカス』にもなりえる存在です」と語るモーリー氏