(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

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 IOC国際オリンピック委員会)が錦の御旗に掲げる「オリンピック憲章」の「オリンピズムの根本原則」の2項目には、こういう記載がある。

「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」

 果たして、今日の日本国内の状況をもってして、東京オリンピックの開催は、東京都民、日本国民の尊厳が保持されるといえるだろうか。

変異株の猛威を前に先を見通せぬのに「五輪開催」の旗は降ろさず

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、大型連休中の「短期集中」を目的として4月25日に東京、大阪、京都、兵庫の4都府県に発出されたはずの緊急事態宣言は、期限の5月11日を前に、愛知と福岡を追加して同月末までの延長が決まった。それで今度は、5月16日から北海道、広島、岡山の3道県を加えた。これに準じる、まん延防止等重点措置は10県に及ぶ。東京オリンピックまで70日を切った時点での措置だ。

「短期集中」に失敗したばかりか、明らかに状況は悪化している。それも当初は北海道、広島、岡山もまん延防止等重点措置として政府は分科会に諮問したが、専門家からの強い指摘を受けて、緊急事態宣言に方針転換している。

 菅義偉首相は、14日の決定後の記者会見でこう発言している。

「政府としても、変異株が広がる中で、今が感染を食い止める大事な時期だという考えに変わりはなく、専門家の御意見も尊重し、今回、追加の判断を行いました。期間は東京などの都府県と合わせて今月末までとし、その後の対応については、その時点で改めて判断を行ってまいります」

 いきあたりばったりもいいところだ。それでも、東京オリンピックは開催するつもりらしい。記者の質問に繰り返しこう答えている。

「いずれにしろ、選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じて、安心をして参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく。これが開催に当たっての基本的な考え方であります

 つまり、既存の日本国民に加えて、海外からやってくる選手や関係者の両方の感染対策をやってみせる、という。いまの時点で「国民の命と健康」に差し支える医療崩壊の危機に直面しているからこそ、9都道府県緊急事態宣言の発出されているはずなのに。

国内医療機関がコロナ対応で手いっぱいなのに、五輪選手用に病床確保を要請

 オリンピックパラリンピックで来日する選手は約1万5000人、その他の大会関係者は延期前の18万人から半分以下になる見通しだとされるが、それでも約9万人だ。全員が選手村に入るわけではなく、ほとんどは一般宿泊施設に滞在することになる。しかも、茨城や千葉の県知事は、大会組織委員会から選手ら専用の新型コロナウイルス対応病床の確保の要請が、すでにあったことを明らかにして難色を示している。

 目的の曖昧さと二重性は、70数年前の敗戦へと戦局を大きく変えたミッドウェー海戦の失敗に通じることは、以前にも書いた。

 ミッドウェー島の敵の基地を攻撃することによって、攻略することを優先するのか、それとも、援軍に出撃してきた米太平洋艦隊の空母部隊を撃滅するのか、本来の目的を見失って、航空部隊の攻撃準備を二転三転させているところに、敵空母から発艦した急降下爆撃機の攻撃を受けて、連合艦隊の主力大型空母4隻を失う。これがターニングポンインとなって日本は戦争に負けた。

 このことは、感染を抑止しつつ経済を回すとするGo Toキャンペーンの失敗に通じる、とあらかじめ書いてきて、まさに今日のこの状況がある。

(参考)経済の首絞める「コロナ対策も経済も」の両面作戦
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61543

 東京オリンピックパラリンピック大会組織委員会が、大会期間中のボランティアとしてスポーツドクターを約200人募集したところ、今月14日の締め切りの前までに約280人が応募していたことが報じられている。ワクチン接種がこれから本格化しようという段階で、歯科医師や自衛隊まで動員して医療関係者の不足を補おうというのに、これだけオリンピックには協力的な医師がいることに驚かされた。と同時に、医療体制の分断すら招きかねない。

日本はIOCの植民地か

 米国では既に人口の50%近くがワクチン接種を完了して、かつての日常を取り戻しつつある。現地時間の13日にはCDC(米国疾病対策センター)が、接種を完了した人はマスク着用が原則不要との指針を打ち出し、バイデン大統領もこれを歓迎している。

 それとほぼ同時刻に日本の政府は緊急事態宣言の3道県の追加を決め、会見で菅首相はこう述べている。

「一日も早く安心できる日常を取り戻すため、ワクチン接種の加速化を実行します。それまでの間は対策を徹底し、全国各地の感染レベルをできる限り抑えていきます。そのためには、マスク手洗い、3密の回避という、欠かすことのできない予防策の徹底をお願いいたします」

 もはや次元が違う。ワクチン普及の進む国のオリンピックの放映権を握るテレビ局にしてみれば、オリンピックの開催を求めて当然だ。それだけの対価をIOCに支払っている。米国NBC東京オリンピックまでのカウントダウンを刻む特設サイトまで開設して、盛り上げに躍起だ。まして、オリンピックの参加者には米国ファイザー社がワクチンを提供することにまでなっている。

 すなわち、国民に十分に行き渡らないワクチン貧困国が、ワクチンを接種した人々を迎え入れ、彼らのために感染対策を万全なものとしてゲームを成功させる義務を負う。オリンピックの開催都市の住人には、家に居ろ、飲食を控えろ、と指示をして事実上の禁酒令まで出している。こんな苦役を強いられて、安全安心のオリンピックのために「お・も・て・な・し」をしなければならない。そのためにいまを耐えろという。まして、いまの国内の感染状況が70日後には急激に好転するとは思えない。「人類の調和のとれた発展」の道からも逸れる。

 それでもIOCが決めたことだからやる、というのであれば、この国はIOCオリンピックのためにある植民地のようなものだ。

水際対策が機能していないのに大勢の選手・関係者を入国させるリスク

 そもそも現在の「第4波」の感染爆発を招いている「英国型」の変異株も海外から島国の日本に持ち込まれたものだ。水際対策、防疫がまったく機能していない証だ。それで国民に苦役を強いる。すでに「インド型」の市中感染も確認されている。それで国民の命と健康を守るとは、どの口がいうのだろうか。

 本来、オリンピックは私たちの平和な生活の延長上で招致され、開催されるべきはずのものだ。国民が怯えたままで、オリンピックを開催する理由も目的も、もはや見失っている。

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