(舛添 要一:国際政治学者)

JBpressですべての写真や図表を見る

 高齢者へのワクチン接種が始まったが、予約しようにも電話やネットが繋がらないなど、各地で混乱が生じている。とくに緊急事態宣言まん延防止等重点措置の対象地域になっている大都市でこの傾向が強い。何が問題で、どうすれば改善できるのか、私の予約体験も踏まえて考えてみたい。

2日かかってやっとつながった予約システム

 私は、東京都世田谷区に住む72歳の高齢者であるが、5月12日に「ワクチン接種券」が郵送で届いた。早速、電話をしてみるが、繋がらない。ネットでも同じ状況だ。世田谷区の人口は約93万人で、約18万人が高齢者である。一刻でも早く予約をするために、多くの高齢者が家族総掛かりで電話やパソコンに向かっているので、それだけ回線がパンクする確率は高まる。

 私は自分一人で挑戦したが、仕事もあるので、四六時中パソコン操作をしているわけにはいかない。こうして、2日後の5月14日に、やっとネットが繋がり、予約開始の手続きに入った。最速でも8月21日である。とにかく、まずその日に予約を入れた。次いで、3週間後の9月11日以降に第2回目の予約を入れようとしたが、パソコン上は何の反応もない。不思議に思って、区のホームページで情報を入れると、そもそも9月以降は予約を受け付けていないという。2回分、まとめて予約をすることになっていたのではないのか。

 とにかく、菅義偉首相の言う「7月末までに高齢者への接種を完了」という約束が、どう考えても無理だということを痛感したのである。

 その菅首相の指示で、自衛隊が設置、運営する東京と大阪の大規模ワクチン接種会場の予約が5月17日から可能というニュースが流れてきた。そこで、こちらに挑戦しようかとも考えたが、マイナスもある。まず、会場のある大手町は遠い。片道1時間、交通費もかかる。電車を使うのも感染の可能性を高める。接種会場が混雑しないかも心配だ。勤務先が都心にある人はよいが、高齢者は引退している人も多く、都心に仕事に通っている人がどれだけいるのかもわからない。東京都のみならず、埼玉県千葉県神奈川県も対象だが、さらに不便である。

数時間要して奇跡的につながる

 このニュースと同時に、新聞の折り込みで区の広報紙が届き、接種枠を広げ、5月18日から再募集するという情報が入った。要するに、接種者の待ち時間を短縮することによって、集団接種会場での接種回数を増やす工夫をして、2万枠の増設ができたというのである。こちらは、近くて徒歩や自転車で行くことが可能であり、大手町会場よりも少し遅れても、遙かに条件がよい。

 そこで、18日8時半に、電話とパソコンの両方で接続を試みたが、さすがに応答無しである。2時間ばかり挑戦したが、仕事もあり諦めざるをえなかった。その後、昼休みに何度かパソコンでトライすると、奇跡的に繋がったのである。途中で2、3回、システムエラーが生じたが、それでも6月7日6月28日の組み合わせで、5月24日からオープンする自宅の近くの会場の予約に成功した。2カ月半の前倒しである。結果的に、大手町会場との接種は1〜2週間の差にすぎなくなったのである。

 各自治体で、様々な工夫をして少しでも接種を早める努力をしているが、「7月末までに完了」という菅首相の期待に応えられない現場がたくさんある。全国1741自治体の14.4%に当たる251自治体がそうである。

 緊急事態宣言対象地域では、「7月末完了」と答えた自治体の割合は、京都府兵庫県が100%、愛知県が92.6%、大阪府が90.7%、広島県が87.0%、福岡県が86.7%、北海道が77.7%、東京都が67.7%、岡山県が63.0%である。まん延防止等重点措置の適用地域では、石川、岐阜、愛媛の3県が100%、三重県が89.7%、神奈川県が84.8%、群馬県が82.9%、熊本県が82.2%、沖縄県が75.6%、埼玉県が73.0%、千葉県が66.7%である。

 オリンピックパラリンピックの開催都市、東京では3分の1の自治体が7月末までに接種が終わっていないのであり、この数字を見れば、開催するのは無謀だという結論になるであろう。

都市部の高齢者は大混乱

 過疎地域では、すでに全住民に接種が完了しているところもあるが、人口の多い大都会では、医療従事者ですらまだ2回の接種が終わっておらず、高齢者に至っては、始まったばかりで、しかも大混乱になっている。感染が拡大している地域から優先的に接種させるという発想が欠けている。

 自治体によって接種予約の方式が異なるが、「早い者勝ち」のシステムだと電話やウェブがパンクするのは当然である。自治体が、各住民に接種会場と日時を指定し通知する、不都合な場合のみ電話やネットで変更を受け付けるとしたほうが効率的ではないか。高齢者の場合、若い現役世代よりも時間を融通するのはより易しいからだ。その他、様々な方法が考えられるが、成功事例を研究して、それを他の自治体も参考にするとよい。

 さらには、突然のキャンセルなどで余剰のワクチンが生じたときも、どういう順番でそれを無駄にせずに使用するかのルールも決まっていない。アメリカでは、接種会場の前でキャンセル待ちで待機している人でも構わない。しかし、日本では首長や職員が先に接種したということへの批判の合唱が起こるのみで、余ったワクチンを破棄するという馬鹿げたことが起こっている。

 迅速にできるだけ多くの国民に接種するという大きな目標を立てて、それを実現するにはどうすればよいか、持てる能力と知恵を集中すべきなのである。そのようなオペレーションに長けているのがアングロサクソンで、今回のイギリスやアメリカのワクチン接種の成功は偶然ではない。日本は、ワクチン戦争でも、先の第二次世界大戦と同じ敗北を喫している。

ワクチン接種でもマイナンバーカードの機能不全が露呈

 それにしても、マイナンバーカードがいかに役立たずの代物であるか、今回もまた再認識させられた。本来は、日本全国、どこでもマイナンバーカードを提示すれば接種を受けられ、それがコンピューターに記録される。ダブりや不正は阻止できるし、何よりも、国が一元的に管理できる。渡米してまで早く接種したいという人は、地方の行列しないで済む接種会場に行けばよい。

 先進国は、社会保障番号(マイナンバー)をあらゆる機会に活用する。そういう設計が最初からできない政治家や官僚が増え、グランドデザインを描くことのできるリーダーが不在なのが今の日本である。後藤新平や児玉源太郎が今の日本にいたら、もっと上手くコロナ対策もできたはずである。

 ワクチンの打ち手不足も大きな問題である。歯科医師にも接種を認めたが当然である。歯科医療では、口腔に麻酔注射をすることは普通であり、ワクチンの筋肉注射は容易である。

 薬剤師も活用すべきである。今の医師法17条では、薬剤師は医療行為ができない。これを改正して、研修を受けた薬剤師にも注射を可能にすべきである。注射をするということは、技術的には簡単である。海外では、ワクチン接種を加速化させるために、ボランティアにも研修した上で、接種業務を任せている。問題があったという報告はない。

 重要なのは、薬剤に関する知識であり、これは薬剤師なら十分に持っている。これからの高齢化社会では、在宅介護も増え、注射ができる人材の需要は高まってくる。薬局で注射というケースが増えてもよいし、それは薬局にとっても安定収入を確保することになる。長期的な課題としても、今後の薬剤師のあり方、活用法を議論すべきである。

 今の打ち手不足については、即戦力は退職した看護師である。結婚出産などで現場を離れた彼らに一時的に復帰してもらえばよい。その際に、国や自治体は、たとえばベビーシッターを派遣するなどして、復帰の条件を整えることが肝要である。

精神論で五輪開催を主張しだしたバッハ会長

 ワクチン接種を受ける住民の立場からすると、かかりつけ医に接種してもらうのが一番安心である。毎年のインフルエンザの予防接種はそうである。自治体によっては、この仕組みを導入しているところもあるが、開業医は、あまりこの仕事を受けたがらない。それは、診療報酬が安過ぎるからである。インフルと同じく2000円であるが、書類などの事務処理が多く時間もとられる。副反応の対応や責任もある。開業医が協力を渋るのは当然である。

 診療報酬を上げるなどのインセンティブがなければ、開業医の協力は得にくいであろう。診療時間外の接種に対する診療報酬割増しのみでは不十分である。このような開業医の声は、河野担当大臣まではきちんと届いているのであろうか。

 このままでは、7月末までに高齢者にワクチン接種を終えるのは至難の業である。今の欧米のように日常が戻り、マスクを外すことができてから東京五輪を開催すべきである。感染拡大のみならず、マスクによって熱中症の危険にも晒される。

 バッハIOC会長は、「日本人の粘り強い精神力、逆境に耐え抜く能力」があるから五輪開催は可能だと述べたが、精神論なら太平洋戦争に負けた大日本帝国陸海軍と変わらない。東京都の自治体の3分の1が、ワクチン接種は7月末までに終わらない状況では、マスクを外すことは不可能である。必要なのは、精神論ではなく、科学的データに基づく判断である。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ワクチン成功の英国、次は「3回目の接種」でインド株制圧に照準

[関連記事]

感染者激減、なぜ英国はワクチン接種で先行することができたのか

東京五輪、直前の「優先接種」に日本選手から不評と疑念の声

3月5日、東京の都立駒込病院で行われた医療従事者向けのワクチン接種の様子(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)