フランス海軍のミストラル級強襲揚陸艦、この種の大型艦艇には珍しい特徴があります。それは艦の用途上、求められる性能を実現するという意味で、実に合理的な選択といえるものでした。

日仏米豪共同演習のために強襲揚陸艦「トネール」が来日

2021年5月9日(日)、長崎県にあるアメリカ海軍佐世保基地に、フランス海軍の強襲揚陸艦「トネール」と、同じくフリゲートシュルクーフ」が入港しました。

これは、5月11日(火)から16日(日)にかけて実施される日仏米豪共同演習「アーク(ARC) 21」に参加するための物資の補給などを目的とするものですが、この演習の目的が「敵に奪われた離島を奪還すること」であるという点に注目すると、ひときわ際立つのが「トネール」の存在感です。

ミストラル級ってどんなフネ?

「トネール」は、フランス海軍が合計3隻運用するミストラル級強襲揚陸艦の2番艦で、2007(平成19)年に就役しました。全長は約210mで、艦内には十数機から最大で約30機ものヘリコプターを搭載可能なほか、艦の運航に携わる160名の乗員のほかに最大で900名もの兵士や数十台の車両を搭載することが可能です。また艦尾付近のウェルドックには、これらを海岸へと上陸させるための輸送艇を収容することができます。

さらに、ミストラル級は上陸部隊への指揮通信はもちろん、フランス本国やNATO各国軍とも通信することができる指揮通信区画や、戦闘で負傷した兵士を治療するための巨大な医療区画も備わっており、さらに物資の貯蔵区画も十分なスペースが確保されているため、単独でも数十日間、無補給で独立した作戦行動を行う能力を有しています。

ミストラル級が装備する軍艦としては珍しいモノ

ミストラル級は、この種の大型軍艦としては珍しいある装備を有しています。それが「アジマススラスター」です。

普通の軍艦の場合、艦を推進させるためには機関部から伸びるシャフトを通じて艦尾にある固定式のスクリューを回転させ、さらに舵を使って方向転換を行います。それに対して、アジマススラスターは艦尾に装備されたポッドの中にモーターとスクリューが収められており、このポッドが水平方向に360度回転することで艦の推進をコントロールすることができるのです。

この「アジマススラスター」、たとえば港で大型船の出入りを補助するタグボートなどではごく一般的に見られ、さほど珍しいものではありません。しかしこの種の軍艦では、ミストラル級、スペインの「ファン・カルロス1世」、そしてその準同型艦であるオーストラリアのキャンベラ級など、その装備例はわずかです。

さらに、ミストラル級は進行方向に対して横向きの推進力を与える「バウスラスター」を艦前方部に装備しています。これらの、軍艦としては特殊な装備を搭載しているため、「ミストラル」級はその大きな船体にも関わらず港での出入港をスムーズに行うことができるのはもちろん、艦の速度を一定に保つことで輸送艇の収容や発進を容易に行うことができたり、ヘリコプターの発着艦に際して最適な風向きを確保できるように艦の向きを細かく調整することができたりするのです。

ミストラル級の性能は日本の島しょ防衛にも役立つか

さらに、ミストラル級はこのアジマススラスターとバウスラスターを使って、錨を下ろさずに同じ場所にとどまり続けることができます。これは、たとえば敵の航空機によるミサイル攻撃や潜水艦からの魚雷攻撃などが想定される場面で、とくに役立つ機能といえます。

というのも、錨を下ろした場合、艦を再び動かすためには錨を収容しなくてはならず、これでは敵の攻撃を回避するのに若干時間がかかってしまうからです。しかし、ミストラル級であれば、敵の攻撃を回避するためには単にアジマススラスターの推進を調整すれば済むため、即座に回避行動に移ることができるのです。

こうした機能は、とくに近年、潜水艦対艦ミサイルを増強させる中国が相手となるような日本の南西諸島防衛に際して、非常に大きな意義を有することになるかもしれません。今回、行われた共同演習においても、これら「トネール」の優れた機能が大いに役立ったのではないかと筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。

アメリカ海軍との共同演習に臨むフランス海軍の強襲揚陸艦「トネール」、2018年1月撮影(画像:アメリカ海兵隊)。