2021年4月から放送・配信中のTVアニメ『美少年探偵団』。

【アニメ『美少年探偵団』西尾維新×坂本真綾対談 青春と無茶ぶりとミステリーとの画像・動画をすべて見る】

〈物語〉シリーズ忍野忍キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードに続いて『美少年探偵団』では主役の中学生・瞳島眉美を演じた坂本真綾さんと、両作の原作者である西尾維新さんを迎えて対談を行った。

「なぜ私に中学生役を?」──2人の対談のスタートは、坂本真綾さんが役を演じる上で感じた素朴な疑問から始まった。

アニメスタジオシャフトによる独特なアニメ制作現場の裏話や、〈物語〉シリーズとの共通点と相違点、そして西尾維新さんのミステリーへの偏執が紐解かれた。



西尾維新×シャフト初の1人2役(?)



西尾 坂本さんとは、『偽物語』のアニメにご参加していただいて以来ですから、もう10年くらいになりますよね。

坂本 西尾さんはアフレコにわりとよく来ていらっしゃって、いつもおいしいものを差し入れしてくださるんですよ。

──西尾さんは、坂本さんが『美少年探偵団』でも眉美を演じると決まったときにはどう思われましたか?

西尾 もともと『化物語』を皮切りに、シャフトさんにアニメ化していただくにあたっては、たとえ〈物語〉『戯言』とシリーズが違っていても、キャストさんは重ならないようにして全体の世界観をつくっていくという意向が製作委員会にあったんです。

ただ、キャラクターがどんどん増えていってその方針に限界がきたところで白羽の矢が立ったのが坂本さんだったようで。アニメの制作サイドから「眉美を坂本真綾さんでお願いしようと思っています」という話をいただいたときには「それはぜひ!」と即答しました。

もともと〈物語〉に登場するキスショットと忍だって同じ役なのか? と考えると、何段階もある年齢の演じ分けも含めて、眉美以前から坂本さんには5役くらいやっていただいている気がします。眉美も男装姿を含めれば一人二役とも言えますし。



坂本 そこはおもしろいところで、眉美の場合、男装はしても男として振る舞っているわけではないんですよね。見た目だけが変わって、中身は変わらない。だからお芝居を分けていないんです。眉美に関しては、回を重ねるなかでの変化のほうが大きいですね。

はじめのうちは私もがんばって「中学生」ということを忘れないようにしていたんですけど……今は全然意識していない(笑)。眉美の素がだんだん出てきて、それに合わせて私もつくり込まずに演じられるようになっているというか──不思議なフィット感のある役ですね。




西尾 坂本さんの中では、忍と眉美はどういう意識で演じ分けられているんですか?

坂本 忍と眉美では口調から年齢からあまりにも違うので「演じ分けよう」と思わなくても違うというか。スイッチが全然違いますね。




──今回の眉美役に関しては、坂本さんにはどんな形でオファーがあったんでしょうか。

坂本 「こういう作品で、ぜひヒロインの女子高生のイメージに合うと思いまして」と打診がありました。その時点ではまだ原作を読んでいなかったので「最近、女子高生役なんてやっていないから大丈夫かな?」と不安になりながらも、西尾先生の作品だし、きっと考えがあっての打診なんだろうなと思ってお請けしたんです。

それで原作を読んだら「あれ? 中学生じゃん!」と余計にびっくりして(笑)。普通はなかなか中学生に私をキャスティングしないですから「おや?」と。5人いる美少年探偵団の役者も若手が揃っていたので「なんでこの中学生を私にやらせようと思ったんだろう?」という謎からこの役には入りました

1話のアフレコ前には美少年探偵団役のみんなに「ごめん、今日どうやっていいかわからないから時間がかかるかもしれない」と言っておいたくらいです。アフレコにいらした西尾さんにも不安すぎて「眉美、こういう感じで大丈夫ですか?」と聞きに行ってしまいましたよね。それでテスト録りをしたら「そんな感じでオッケーです」と監督と音響監督から言われ、ますますわからなくなりました(笑)。

だけど話数が進むにつれて眉美は徐々に素が出てくるんですよね。そこが女性から見ると非常に親近感が持てるところがあって。男子が夢見るような女子ではない、「ああ、中学生の頃こんな感じだったかも」と自分のことのように受け入れられる、かっこつけない感じの女の子なんです。だから私も「リアルな女の子像が描けたらいいのかな」と思いながらやらせていただいています。

〈物語〉シリーズとの比較から見える『美少年探偵団』の魅力

──作品として見て〈物語〉シリーズと『美少年探偵団』で相通じている部分と、違う部分、それぞれどう捉えていらっしゃいますか?

坂本 共通しているところは……台詞が長い(笑)〈物語〉シリーズでも忍がずっとしゃべっていることはよくあったので今回も覚悟はしていたんですけれども、〈物語〉で主役の(阿良々木)暦を演じていた神谷(浩史)さんの苦労がわかりました。でも、今回の作品でも(咲口)長広役の坂泰斗さんは台本6ページ分ぶっ通しでひとりでしゃべり続けるシーンなんかがあって、眉美より大変なんじゃないかな?

西尾 〈物語〉にしても『美少年探偵団』にしても「あれ? アニメってこんなに台詞長かったっけ?」と思いますよね。

坂本 逆に違う点は、もちろん主人公が男女というのもありますけど、私の思う暦は、いざというときにすべてを受け入れる懐の深さが見える人物なんです。一方で眉美にそういうところがあるかは、今のところはわからない。

西尾 もともと、眉美は美少年探偵団の仲間に入れる予定ではなかったんですよ。そういえば名前に「美」って入っているな、とあとから気づいたので仲間に入れました。

坂本 えっ?(笑)

西尾 いや、それは冗談ですけど(笑)。書きながら、どうも眉美は感化されてどんどん変人になっていく資質があるなと思って仲間に入れてみたんです。その結果、美少年探偵団の面々とわたりあえる逸材になっていきました。

坂本 眉美はそれまで学校や家庭では、なるべく一般的なものに合わせる生き方をしようとしてきたのかな、と。だけど美少年探偵団の5人と出会うことで本来の姿がどんどん出せるようになって、自由になっていく。

そこは〈物語〉とも通じるところで、暦もいろいろな人との出会いの中で変化していく。ふたりとも10代のときしか得られない人間関係のなかで自分ができていく感じがして、それが私のような大人になった人から見るとまぶしくもあり、素敵だなと思いますね。“青春”に見える

西尾 アニメの『美少年探偵団』を見ていると心が痛いですね。こちらは大人になってしまったので。

最初に『美少年探偵団』を書いたのはもう5、6年前ですから「ああ、書いた書いた、この文章!」と思いながらアニメを観ています。「今、同じこと書けるかな?」と自分で書いたものに若さを感じる部分もあります。

今まで自作をいくつかアニメ化していただいていますが放送は久しぶりな感じもあって、初めてアニメ化された『化物語』のときのように、嬉しくも気恥ずかしい。

坂本さんから“青春”という言葉がありましたけれども、『美少年探偵団』では〈物語〉シリーズ阿良々木くんたち高校生よりも年下の中学生にすることで、放課後に美術室に集まってはしゃいだりといった“楽しい学校生活”を描きたかったんです。暗くならないようにしよう、と。



〈物語〉シリーズは、アニメではフォローしていただいていますけれども、時としてすごく暗い話になっているんですよね。なので、こちらに関しては、なるべくそうならないように心がけていました。ただ……よく知らないんですよ、“青春”って。これで合ってるのかな?

坂本 (笑)。『美少年探偵団』は出会えてよかったと思える“仲間”との喜びを書いているお話なのかなと思っていて。構図としては「たくさんいる美少年のなかに女の子がひとり」なんですけど、よくあるような「それぞれと雰囲気がよくなって……」ではないじゃないですか。

西尾 ラブコメにはならない。そこは成功したところですね。

〈物語〉シリーズも本来はそのはずだったんです。阿良々木くんと戦場ヶ原ひたぎ)さんが付き合うことになるはずではなかったんです阿良々木くんは俗世を捨てたクールな男、高校生の恋愛とは切り離されたキャラクターとして描いたつもりが……2話で崩れた(笑)。その後はご存じの通りです。

その点、『美少年探偵団』はブレませんでしたね。そして、眉美がどんどんクズになっていった

坂本 眉美って「クズ」「クズ」言われるんですけど「そんなにクズかな?」と私は思っちゃう。私がクズなのかな?(笑)

西尾 眉美は話が進んでいくにつれて横柄になっていくという、僕が書いているなかでは珍しいキャラですね。

たとえば阿良々木くんは、話が進むにつれて自分の居場所を見つけて、落ち着きを得ていく。でも眉美はだんだん暴れていくんですよね。今回のアニメで久しぶりに最初の頃の彼女を見て「はじめは落ち着いた依頼人として出てくるんだよな」と思い出しました

坂本 そうなんですよ。

西尾 ……もしかしたら、僕も眉美のことをクズだと思いすぎていたかもしれない。

坂本 あはは(笑)。でも眉美が邪険にされる、ぞんざいにされるところが見ていて気持ちいいんですよね。



西尾 5人から「俺達はなんてやつを仲間にしてしまったんだ」と思われているのが、書いていても楽しい。もともと眉美は探偵団への依頼の仲介役みたいな形を考えていたのが、そうはならなかった。でもそれは嬉しい誤算で、だからこそ筆が進んだ。

こちらの予想を裏切る膨らみを見せたという点では、忍もそうですね。『化物語』の時点ではしゃべらない、ずっと座っているだけで終わった吸血鬼。それが『偽物語』でしゃべりはじめ、今や阿良々木くんの相棒ポジションですから。勝手に動いてくれた。

坂本 ああ、私も眉美に関しては“勝手に動く”感覚、けっこうあったかもしれないですね。現場でみんなで声を合わせてみて「こういう言い方するんだ」「こんな声で驚くんだ」みたいに初めて出てくる自分の声もあって。

私はもともとアフレコには事前にあまり考えないで臨むタイプで、現場で相手役の声に返す、そのキャッチボールによってキャラが勝手に動くような瞬間がありますね。コロナ禍でみんなでいっしょに録れないとそういう奇跡が起こらないのが残念なんですが、この現場は幸いにして美少年探偵団の面々が、二部屋に別れてではあるけれども全員が集まって収録できているんです。

アフレコ現場に緞帳があってひとりずつ仕切られていて、その幕ごしにしゃべるんですけど(笑)、それでもやっぱり同じ時間に同じ空間で演じているからこその奇跡がすごく生まれている感覚があります

──〈物語〉シリーズと『美少年探偵団』ではアフレコ現場の雰囲気も違いますか?

坂本 『美少年探偵団』は、回を重ねるごとにキャスト陣の中で「ひとつのグループなんだ」「グループで何を表現する?」というチーム感が強くなってきているのが特徴なのかなと思っています。

〈物語〉は、もっとキャラクターの「個」としての強さが際立っていたんですよね。演じる側も個性豊かでお芝居もものすごい方ばかりが集まって、「腕が鳴るぜ」「あなた、どう出ます?」みたいな無言の駆け引きが楽しい現場だったんです。もちろん長い年月をともにしてきたファミリー感はあるんですけれども、女性キャラクター同士はとくに横のつながりというか、絡みが必ずしもたくさんあるわけではなかったですから。そこは『美少年探偵団』とは違いますね。

西尾 〈物語〉シリーズでは1話につきひとりキャラクターを掘り下げて、阿良々木くんとの1対1の会話を書いてきました。『美少年探偵団』では常に団体で行動する、チームとしてのキャラを書いてみたいと思ったんです。今回、第1話だけアフレコの収録を見させていただいたんですが、良い刺激を受けて、早速新作を書きました。



坂本 そのお話を聞いてキャスト陣みんなで「筆が乗ったということは、私たちよかったってことだよね?」とホッとしていました。

西尾 演じていただいているみなさんから「このキャラクターはこんな風にしゃべるんだ」と教えてもらっているような感覚でしたね。文章を書いている時点ではアニメ化されるなんて思ってもいませんから、たとえば「プロの声優もかくや」と書いていた美声の持ち主である長広はこういう声なんだ、と。

坂本 原作を読みながら「長広の声優さん、すごくハードル上げられているけど、誰になるんだろう?」と思っていました(笑)。

西尾 『美少年探偵団』以外でも、小説で文章によって表現しているからこそできるはずの無茶をシャフトさん、声優のみなさんに映像化してもらっているところがあるんですが、今回も想像を飛び越えてきてくださって、嬉しかったですね。

物語序盤でキーになる星空の美しさしかり、オープニングやエンディングしかり。『化物語』のアニメの終盤にも星空が出てくるんですけど、今回は1話に出てくる。アニメを観て、どうも僕は星空を好きらしいと気付きましたね



坂本 眉美が夢を語るときの絵本みたいな映像もきれいでしたよね。長い台詞をひとりでしゃべっていると「聞きづらいかな?」「単調になっちゃわないかな?」という心配が出てくるんです。でもシャフトさんの場合、絵がとにかくきれいでカット数も多く、画面のテイストもどんどん変わっていく。



だから声ですべてを表現しなくても、きっと映像で思いがけない表情や動きを見せてくれるんだろうなと信じて委ねられる安心感があるというか、助けられています。といってもアフレコ時点ではできている映像はあまりなかったりもしますけど、監督が「自由にやってください。絵はあとで合わせられますから」と言ってくださって。だから今回もフレキシブルに演じることができました。



台詞(言葉)に還元できない画面の豊かさを生み出す、無茶ぶり

──演技に関して、音響監督から坂本さんへはどんなオーダーがありましたか?

坂本 「眉美はなるべく“普通じゃない”ような演技をしてほしい」と。台本にある台詞だけでなくて、この作品では映像に付けるアドリブのお芝居や驚いた声、走っているときの息……そういうものがすごく多いんですよ。

たとえば眉美が口笛を吹いて動揺を誤魔化しながら歩いてる場面。だんだんろくに吹けなくなってぐだぐだになる場面での口笛とか、長広にバリトンボイスを教わって練習するシーンでは「出せる限界の低い声でお願いします。歌はうまくない感じで」とか。それを「普通じゃなく」やるってどういうこと? と考えるのが楽しくもあり難しくもあります。



普通だったら「あわあわしている息の表現ください」くらいのところにも、細かい指示があるんです。ほかのアニメのヒロインだったらこんな変な声出さないだろう、ということをすごく求められる。アフレコのテストと本番で演技を変えるのは普通は御法度なんですけれども、この作品では答えがわからないからわざとテストと本番で違う演技をやってみて、それで音響監督さんから「テストの方を使いまーす」ということもありましたね。

西尾 坂本さん以外のキャストさんにもそういった、いわゆる無茶ぶりはあるんですか?

坂本 あります。台本には書いていないけど現場で「自由に海辺で遊ぶアドリブください」とかっていう無茶ぶりを皆さんされていますね。とくに眉美と(足利)飆太はメインでしゃべっているキャラクターの後ろで何かしら動いていることが多くて。



西尾 ああ、そのわちゃわちゃした感じは〈物語〉シリーズにはないですね。あちらでは画面に三人以上いること自体少なかったですから。そこは『美少年探偵団』が団体、チームを描いているからこそのおもしろさですね。

坂本 ただ(指輪)創作くんだけはあまりしゃべらないので、彼とは眉美もほとんど話していないです。キャラクターによって台詞の量の差がすごいですよね。

西尾 創作くんはもともと「1冊に1回だけしゃべる」というキャラクターとして考えたんです。美少年探偵団は番長と生徒会長のように対極的な存在が互いを補い合うことで釣り合う、チームでまとまる──そうするとひと言もしゃべらないキャラも生まれる。だからアニメでも創作は本来2、3話に一度しゃべるだけになるはずなんですね。



ただ、『美少年探偵団』では「1話放送時に、エンディングのクレジットに全員の名前を入れたいから、1話で創作を、笑わせるだけでもできませんか」という打診があって「ぜひお願いします」とお答えしました。

ですからアニメでは、原作にはないシーンで創作が苦笑するしぐさがありまして、それがあるから1話で「指輪創作:佐藤元」とクレジットされている。これも制作陣のチーム感が垣間見えるエピソードでしたね。

ふたりの乱歩体験

──『美少年探偵団』には江戸川乱歩へのオマージュがちりばめられていますが、西尾さんにとっての乱歩体験は?



西尾 たぶん『パノラマ島奇譚』あたりから読んでいますね。新本格から歴史を遡っていくうちに、乱歩や横溝正史世代の作品も当たり前のように履修していました。



西尾 読もうと思う前に、気がついたら読んでいた。少年探偵団ものは逆にあとからだったかもしれないですね。乱歩作品はたくさんドラマや映画、漫画になっていますから小説で読んでいなくても読んだ感じになっていたものもありますし、他のミステリー作品のなかでよく言及されることもあって、読む前からあらすじを知っているものも多かった。

とはいえ「『美少年探偵団』を書いているのに少年探偵団を読んでいない」となったら大ごとだよな、と(笑)。だから『美少年探偵団』を書くにあたって乱歩作品を一通り読み返しました。怪人二十面相は大人の視点で読むといい悪者なんですよ。坂本さんは乱歩は読まれていますか?

坂本 小学生のときに図書室に「少年探偵団」シリーズがあって、全部読みました。小林少年が大好きでしたね。

当時「好きな作家は江戸川乱歩」と言ったら「渋いね」と言われて、楽しい冒険ものを書く作家だと思っていたので「え? 渋いの?」と不思議に感じていました。大人になってから『人間椅子』や『芋虫』を読んで「こんな作品書く人だったんだ」と(笑)。西尾さんは乱歩作品をもとに何か書きたいと思っていたんですか?

西尾 いえ、必ずしもそういうわけではないんです。「忘却探偵」シリーズに登場する掟上今日子のライバルとして探偵団を用意して対決させようと考えていたんですね。しかし「美少年探偵団」というワードが魅力的すぎると思って、独立してシリーズにしたんです。



西尾 ただ、このシリーズ、僕としては非常に無邪気に美少年を書いていますけど、坂本さんのように小学生のときに図書室で愛読していた方々の目を意識せずにはいられず、アニメを観ながら改めて戦慄しています

坂本 大丈夫じゃないですか? 私なんて少年探偵団に夢中になっていたことさえも忘れかけていて、今回お話をいただいて「美少年探偵団? なんか聞いたことあるな」と思い出したくらいで。各巻・各話のタイトルが毎回乱歩作品をもじったものだと気づいて「そういうことか!」と。

西尾 『パノラマ島奇譚』や『D坂の殺人事件』といった僕が好きな乱歩作品のタイトルと「美少年」や「美」を絡ませる形で、このシリーズのタイトルは考えていきました。

でも巻が進むほど絡ませるのが難しくなっていきましたね。僕は先にタイトルを決めて書くことが多いんですが、タイトルに見合う内容を書くとなると。乱歩全作品コンプリートを目指していたのですが。

坂本 そうだったんですね。

──坂本さんはミステリー作品は読まれますか?

坂本 サスペンスはちょっと読みますが、ミステリー小説は昔シャーロック・ホームズとかを読んだくらいで、そこまでは。せっかちな性格だから真相が知りたくてまだるっこしくなっちゃうのかもしれないですね。「早く犯人教えろ!」みたいな(笑)。

西尾さんにひとつうかがいたいんですけど、私、ミステリーを読みながら「この事件ってこういうこと?」「この人が犯人?」って立てていった仮説がことごとく違うんですよ。だから「ミステリーを書く小説家さんの頭の中はいったいどうなっているんだろう? どうやってこんなトリック思いつくの?」と感じてしまうんですが、西尾さんはどうされているんですか?

西尾 書きながら思いつくんです。筆を進めてさえいけばどこかに辿りつきますから。

坂本 結末の構想が先にあるわけじゃないんですね。すごく不思議です。

西尾 正確に言うと、キャラクターを軸にするか事件を軸にするかで変わります。事件が軸の場合はちゃんと先に考えます。僕はキャラクターのアドリブに任せて書き進めているほうが楽しいんですが、さすがに短編でその描き方だと事件が起こる前に規定の枚数が尽きてしまう。でも長編だと最初からかっちり決めないでキャラクターを軸にする方が、アドリブ度合いが上がってコントロールが効かなくなっていくので、筆が乗る感じです。



垣間見える、西尾維新のミステリーへの偏執

西尾 しかし坂本さんも小学生の頃から少年探偵団を読んでいたとは…。

坂本 このお話をいただくまで、すっかり忘れていたくらいですけどね(笑)。

西尾 僕は子供の頃は、プロ野球選手になりたかったですよ。ただ、とはいえ別にプロ野球選手になるための努力をしていたわけでもなく、ある日突然プロ野球選手になれないかな?って思った記憶があります。

その体験は宇宙飛行士になりたいと漠然と夢見ていた眉美に活きているかもしれないですね。



──西尾さんは以前「どんなエンタメもミステリーとして楽しんでしまう」とインタビューでおっしゃっていました。

西尾 それだけは珍しく、昔から今までインタビューでの受け答えが変わっていないところです。漫画でもドラマでも映画でも、ミステリーの構造で読み解きたくなってしまう。書くときも同じで、基本的には何か事件が起きて、被害者と加害者がいて、それを解決するというミステリーの構図で書いてしまう。ミステリー的な思考というものが根付いているのはたぶん、僕が本を読むようになってから、ミステリーしか読んでいなかった期間がすごく長かったからでしょうね。だから、その構図が当たり前だと思ってしまっているんです。

でも、ミステリー以外のいろんな作品に触れていくと、そうではない作品に出会うことがありますよ。事件が起きないこともあるし、解決しないこともある。被害者がいない、加害者がいない、ということもある。〈物語〉シリーズの初期も、特に被害者と加害者という構図に重きを置いている。よく考えてみるとそれはあくまでも推理小説の構図であって、小説を書き進めていくと当然、被害者と加害者とに割り切れるものではない。しかし〈物語〉ではスタートがそうだったから、新作では更にそこを掘り下げてしまっていますね。

自分にとっては、ミステリーが一番おもしろいからでしょうね

「旅に出たくなる小説」と「旅先で読みたい小説」

──あまりミステリーは読まれないという坂本さんに、ミステリー好きの西尾さんが推薦したいミステリー小説があれば教えてください。

西尾 最近読んだなかでは、ポール・アダム著の『ヴァイオリン職人の探求と推理』のシリーズがオススメですね。これはヴァイオリン職人のおじいちゃんが主人公で。イタリアを舞台にした推理小説です。小説には「旅に行きたくなる小説」と「旅先で読む小説」がありますが、これは圧倒的に前者。旅先で読んだのに旅に行きたくなりました。



坂本 ありがとうございます。読みます。私、人に本をおすすめしてもらうのが大好きなんですよ

──坂本さんには36日間のヨーロッパ旅行についてのエッセイ『from everywhere』があって、その中にベネチアローマ訪問記もありますね。坂本さん初の自作曲「everywhere」が生まれた国がイタリアですから、さすがのセレクトですね。



坂本 西尾さんも旅がお好きですもんね。オーロラを観に行かれたこともあるとか?

西尾 いえ、オーロラはまだ観たことがないんですよ。「いつか観に行きたい」とずっと言っているうちにこういう事態に……。「世界でもっとも美しい」と言われているニュージーランドの星空も観たい、そこで読みたい小説があると思っていたのに、もうたぶん3年くらいはムリでしょう。

坂本 こんなときに旅に出たくなる本を読んでつらくなりませんか?(笑)

西尾 気持ちをストックしておくんですよ。今、念願の場所を増やしている最中なんです。逆に今しか読めない小説もたくさんあるから、旅先で読んでもらえる、あるいは旅に出たくなるような小説を書きたいなと、意識的にそう思うようにしています。

美少年探偵団』は視聴者が本当の自分を出せるようになる作品

──最後に、アニメ視聴者に向けておふたりからひと言ずつお願いします。

西尾 原作小説は、美しさのビジュアル的な描写は抑えて書いています。でもアニメーションでは星空の形やキラキラした画面、オープニングやエンディングの演出をはじめ、文字では読めない美しさをぜひ観ていただきたい。

原作通りの場面はもちろん、原作では描かれていない部分やキャストのみなさんのアドリブなど、アニメならではの場面こそを見ていただければと思っています

坂本 美少年がたくさん出てくる、きらびやかな世界を描いたものなんでしょ?」と思っている方には、そういう前提なしで観てもらいたいですね。もちろん美少年はそれぞれに素敵なんですが、眉美が1話で「わたし、美形って嫌いなの」と語るように、そういう気持ちの方もいらっしゃると思うんです。だけど「美形だからできる話やってるだけでしょ?」と冷ややかに見るような視点を代弁する眉美が、その先入観をどんどん解きほぐしていくんです。

そして彼らが大事にしている「美」の概念は世間のそれとは全然違うものであること、お互いにお互いを必要としてそばにいることを見せていってくれる。そうやって知れば知るほど、私たちも彼らをただの美少年たちとは思わなくなっていく。眉美に対して(袋井)満が語る「お前の夢を一番小馬鹿にしてんのは、実はお前自身なんじゃねーのか?」という台詞が響いた人もいると思います。

お話が進むにつれて、私たちが当初美少年探偵団に対して抱いていた「自分とは違う生き方をしている人たち」という先入観が崩れて、眉美同様に、彼らの前で私たちも本当の自分を出せるようになっていける。そんなつくりになっている作品ですので、ぜひ観ていただければな、と。


アニメ『美少年探偵団』西尾維新×坂本真綾対談 青春と無茶ぶりとミステリーと