(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 米国バイデン政権が、前シカゴ市長、ラーム・エマニュエル氏の次期日本駐在大使任命を検討していることに対して、5月下旬、連邦議会上院の共和党有力議員から非難の声が上がった。

 中国の国有企業や政府要人との親しい交流を続けてきたエマニュエル氏に米国の駐日大使を務める資格はない、というのが非難の理由である。

 エマニュエル氏の駐日大使任命に対しては、すでに民主党内の左派からも、同氏の過去の人種問題に関する言動を理由に反対の声が表明されている。これで同氏は与党、野党の両方からの批判に直面したこととなる。

なぜエマニュエル氏を任命?

 エマニュエル氏は、イスラエルから移住してきたユダヤ人医師を父親として、1959年シカゴで生まれた。大学卒業時から政治活動に身を投じ、当初はシカゴ地区の民主党系市民団体の一員として活動する。やがて連邦議会の上下両院での民主党候補の人選や支援に注力するようになった。

 1989年からはシカゴ民主党の大物市長リチャードデイリー氏の選挙陣営に加わった。そして1993年1月からスタートした民主党ビル・クリントン政権では大統領補佐官となる。さらに2002年には連邦議会の下院議員選挙に出馬して当選し、3期務める。その間、下院で民主党議席を増やすことに寄与して、政治活動能力の声価を高めた。

 2008年大統領選ではヒラリー・クリントン候補を支持して、バラク・オバマ氏と民主党指名を争う戦いを進めた。しかしオバマ氏が勝利して大統領になると、今度はオバマ大統領の首席補佐官に抜擢される。そして、その後の2011年には地元のシカゴの市長選挙に名乗りを上げて当選した。2015年に再選を果たし、2018年いっぱい務めて2019年の三選選挙には出馬しなかった。

 エマニュエル氏のこうした政治軌跡をみると、民主党できわめて重視され、実績をあげてきた活動家、指導者であることがわかる。バイデン政権でも一目も二目も置かれるわけだ。

 だがエマニュエル氏は、きわめて戦闘的で乱暴な言動でも知られる。1988年ワシントンで仲たがいをした民主党系ロビイストに怒り、腐り始めた魚を贈答用の包装ボックスに入れて送りつけたという逸話は広く語られてきた。

 民主党関係者によると、バイデン氏は、当初混戦だった大統領選でエマニュエル氏が自らを支持してくれた見返りに運輸長官への起用を検討した。しかし、民主党左派が激しく反発したため、駐日大使のポストを供することになったともいう。民主党内で大きな影響力をふるってきたエマニュエル氏に、大国であり問題の少ない日本の大使ポストを論功行賞的に与えることは適切であると判断したのだろう。エマニュエル氏本人の希望があったことも確実とみられる。ただしエマニュエル氏には外交経験も日本との交流もまったくないとされる。

中国との緊密な交流の過去

 バイデン政権はエマニュエル氏の公式任命を発表していないが、その方針はホワイトハウス筋の情報として意図的に流された。

 この人事案に対して、上院の共和党気鋭のジョッシュ・ホーレイ議員が5月末、「エマニュエル氏は日本駐在大使としても、また他の国への大使としても不適格であり、任命には反対する」という特別声明を出した。「エマニュエル氏の近年の中国政府や中国共産党エリートたちとの異様に緊密な関係は、米国が日本と共同して進める中国の脅威への防止策や抑止策に反する」という。

 ホーレイ議員のこの言明は、ワシントンの保守系政治紙「ワシントンフリー・ビーコン」などによっても報じられた。同議員のエマニュエル氏に関する指摘の概要は以下のとおりである。

・エマニュエル氏はシカゴ市長だった2016年に、中国側のアプローチにより、シカゴ市の地下鉄車両の大規模な刷新に中国の国有企業「中国中車」の車両を選んだ。入札では中国中車の条件はベストではなかった。中国中車は、人民解放軍と密接な関係がある中国企業「華為(ファーウェイ)」との絆が強く、米国の安全保障を侵す危険が米国議会の報告書などで指摘されてきた。

・同氏は2013年から中国共産党政権との交流を始め、中国を訪問して清華大学で演説をしたほか、劉延東副首相(当時)、王超外務次官(同)、唐良智武漢市長(同)らをシカゴ市に招いて交流した。エマニュエル氏は、トランプ前政権がファーウェイなどの中国大企業を危険とみなし制裁措置をとり始めた2018年時点でも、中国企業をシカゴに誘致して中国との経済取引を活発にしようとするなど緊密な対中交流を続けていた。

バイデン政権はいまや中国の対外活動全般を危険視して、中国共産党政権を「米国にとって最も懸念すべき競合相手」とみなすにいたった。同政権のこの対中政策では、日本は重要なパートナーとなっており、中国への警戒観を高めている。そうした対中警戒網の主要メンバーである日本への大使として、これほどの親中の経歴を有する人物を送ることは米国外交全体にとっても有害である。

 ホーレイ議員は以上の言明を公表し、上院議員一般に対して、エマニュエル氏の駐日大使任命を承認すべきではないと訴えた。米国の大使任命人事は上院の承認がないと成立しない。

 日本の大手メディアの中には、エマニュエル氏の駐日大使任命の動きについて「バイデン政権の中国を見据えた日米同盟重視の人事」などと報じるところもある。だがエマニュエル氏のこれまでの中国コネクションをみると、その見方はまったくの根拠薄弱であることが明白である。

黒人少年射殺事件のビデオ公開に反対

 エマニュエル氏の大使人事は、民主党系の左派組織からもすでに反対が唱えられていた。同氏がシカゴ市長だった2014年10月に、シカゴ市内で17歳の黒人少年が警官に射殺される事件が起きた際、事件の状況を撮影したビデオの公開にエマニュエル氏が反対した。ビデオは、市長選挙が終わりエマニュエル氏の再選が決まった後に初めて公開された。

 この事件では、民主党左派系の市民団体などがエマニュエル氏への非難を表明していた。今回、バイデン大統領がエマニュエル氏を閣僚あるいは大使に任命するかもしれないという情報が広がると、これら団体は2021年4月頃から「エマニュエル氏のいかなる公職への任命にも反対する」という声明を出していた。すると、連邦議会の民主党議員の中からも同調する動きが出るようになった。

 こうしてエマニュエル氏の駐日大使任命は、与党の民主党内の左派と、野党の共和党議員らの両方から阻止される展開が濃厚となっている。

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