
隆盛を極めたかつての勢いはなし
盛唐の詩人、王維の「送韋評事」に「孤城落日」という四字熟語が出てくる。
「愁え見る 孤城 落日の辺」(憂え見えるのは 周りを敵に囲まれた援軍のこない城と、西に傾く夕陽だけだ)
転じて「かって隆盛を極めた勢いはなく、ただ零落の一途をたどるだけのさま」を言う。
ドナルド・トランプ前米大統領の熱烈支持者の方には申し訳ないが、米国で定点観測してきた筆者からみると、同氏の現在置かれた状況はまさに「孤城落日」としか言いようがない。
フェイスブックは再来年まで凍結延長
その証拠を5つ列挙してみる。
一、トランプ氏は反撃に必要な発信の手段である「武器」を完全に奪われてしまった。
5月4日、鳴り物入りで開設したブログ、「ドナルド・トランプのデスクから」を閉鎖せざるを得なくなったのだ。
追い打ちをかけるように6月4日にはトランプ氏のアカウントを無期限に凍結していたフェイスブックが凍結期間を2023年1月7日まで延長すると発表した。
著名人が暴力や市民の不安をあおった場合に最長2年間、投稿を停止するという新規定をトランプ氏に適用したのだ。
大統領にまで上り詰めた人物にとってこれ以上の屈辱はない。
フェイスブックやツイッターから締め出しを食らったトランプ氏が立ち上げたブログもわずか29日で閉鎖。
その理由は、読者数の低迷が原因だった。
開設の理由は1月6日の支持者による米連邦議会襲撃・乱入・殺人を「煽動した」のはトランプ氏のメッセージだとの容疑からフェイスブックに次いでツイッターからもシャットアウトされてしまったからだ。
同氏は、ブログを開設した日には、「言論封殺と(ジョー・バイデン氏の当選を認めた大統領選結果は間違いだという)ウソの時代の、自由への道しるべ」と鼻息が荒かった。
しかし、1週間平均のサイト訪問者は延べ400万人程度(それでもまだ400万人とみることもできるのだが)。
「唯我独尊」のトランプ氏にとっては、かつては9000万人近いフォロワー数を誇ったツイッターと比べると「月とすっぽん」。
読者数の少なさに激怒したトランプ氏は「You're fired」(かってテレビの「リアリティ・ショー」で言い放った常套句「お前は首だ!」)という決まりセリフを発した。
それでも、トランプ氏は今後、独自のインターネット交流サイト(SNS)を立ち上げると息まいている。だがその実現性を疑問視する向きも少なくない。
保守派のオンライン動向に詳しい専門家、メイガン・スクウエア氏(エロン大学教授)は、「自分の主張を絶えず人々に伝える能力はもうトランプ氏にない」と手厳しい。
(https://www.washingtonpost.com/technology/2021/05/21/trump-online-traffic-plunge/)
激減するトランプ支持の共和党員
二、これまで「トランプの党」だった「共和党」が従来の「共和党」に先祖返りしてしまった。
共和党員を対象にNBCが行った世論調査結果が面白い。これまで4年半行ってきた世論調査では、50%が共和党よりもトランプ氏を支持、つまり共和党は名実とに「トランプ共和党」だった。
「共和党員は、この私を支持している」と同氏が豪語してきた根拠だった。
ところが4月に行った世論調査では、「共和党よりもトランプ氏を支持する党員」は44%、共和党支持は50%と、初めて逆転したのだ。
こうした「トランプ離れ」は、有権者全体の「好感度」にも顕著に表れている。
同氏が大統領任期を終えた1月には40%あった「好感度」は4月には32%に激減、「好ましくない」は53%から55%に増えている。
同世論調査ではもう一つ興味深いことが浮き彫りになっている。
トランプ氏について「肯定的」(Positive)に受け止めている米国人の46%は、フォックス・ニューズなど保守系メディアの視聴者で、リベラル系のCNNやMSNBCを見ている人は8%にとどまる。
メディアとトランプ氏の関係については後述するが、トランプ氏を支持する人としない人とは全く異なるメディアから情報を得ていることが分かる。
あのエバンジェリカルズからも離脱者
三、熱狂的なトランプ支持者だったキリスト教原理主義者、エバンジェリカルズからも離反者が続出している。
聖書に書かれていることを一字一句信じるエバンジェリカルズが、キリスト教の教理にことごとく反対のことをしてきたトランプ氏をなぜ支持するのか。
これにはいろいろな解釈があるようだが、ジョエル・ロレンス神学博士(ミネソタ州セントポールのセントラル・バプテスト教会牧師)はこう指摘している。
「バラク・オバマ元大統領が推し進めた医療保険制度改革(オバマケア)は、エバンジェリカルズにとっては共産主義・社会主義そのもの。またLGBTER(性的少数派)を合法化することはキリスト教的価値観に反するもの」
「これに真っ向から反対するトランプ氏は力強い勇士であり、エバンジェリカルズの味方だ。この際、同氏の社会通念やモラル観の欠如には目を瞑っても仕方あるまい、というご都合主義だった」
(https://www.pastortheologians.com/articles/2019/12/23/trump-christianity-today-question-of-history)
その結果、2016年の大統領選挙にはエバンジェリカルズの80%、2020年には75%がトランプ氏に投票した。
ところが、1月6日の米議会乱入事件以降、エバンジェリカルズのトランプ支持をめぐっては変化が生じた。
事件を煽動したトランプ氏は米民主主義、ひいてはその基盤になっているキリスト教の精神に反する、と言い出すエバンジェリカルズの指導者たちが続出した。
ピュー・リサーチ・センターの最新の世論調査では、それでもトランプ氏を支持すると答えたエバンジェリカルズは10人中8人。支持しない人はたった2人とはいえ、特記すべきことだった。
トランプ支持では岩盤のような支持基盤だったエバンジェリカルズから離脱者が出始めたのだ。
別のピュー世論調査では、ジョー・バイデン政権誕生で、最もダメージを受けたのは誰か、と尋ねたところ、第1位はエバンジェリカルズの50%。第2位はビジネス経営者、第3位は米軍、といった回答が出ている。
フォックス・ニューズ視聴率37%ダウン
四、トランプ氏は2020年の大統領選は不正選挙であり、本来なら自分が再選されていたことを今も主張しているが、それを報道方針にしてきた保守派フォックス・ニューズの視聴率が激減し始めた。
トランプ政権当時はトランプ氏との単独会見やスクープをものにし、視聴率レースでは他の追従を許さなかったフォックス・ニューズだった。
しかし、政権交代と同時に視聴者数は、ガクンと落ち込んだ。
5月のプライムタイムの視聴者数は217万人と前年同月比37%ダウン。
もっともライバルのリベラル系、MSNBCもプライムタイムは149万人で22%ダウン。CNNは91万3000人で45%減となったからケーブル局は軒並みダウンということになる。
大統領選が終わり政治ネタが大きく減ったため。またテレビ各局とも新型コロナウイルス報道ばかりとなった影響が出たことも見逃すわけにはいかない。
何時何を言い出すか分からないトランプ氏がワシントンを去って、アッと驚くような政治ニュースが出てこなければ、米市民も夕食後フォックス・ニューズやMSNBCやCNNを見る気にはならないのだろう。
まして、親トランプ、反トランプを旗幟鮮明にするテレビ局の特定のキャスターやコメンテーターの話ももううんざりなのだろう。
ロサンゼルス近郊に住む男性高校教師Gさん(45)は民主党支持者。MSNBCの人気キャスター、ライチェル・マドー氏の番組が大好きだ。
しかしバイデン政権になってからピタリと観なくなったという。
「トランプ氏を徹底的に叩く彼女のスタンスでスカッとしていたのですが、トランプ氏が去って彼女も批判する対象がなくなった。精彩を欠いているし・・・」
好き嫌いはともかくとしてトランプ氏がニュースメーカーの時代は遠くなりにけり、といったところだ。
ニューヨーク州司法当局、刑事捜査に着手
五、いよいよ司直の手が「トランプ・オーガニゼーション」に伸びた。
これまで水面下で捜査を続けてきたニューヨーク州のレテシア・ジェームズ司法長官(民主党)が、5月18日、トランプ前大統領の一族が運営する企業「トランプ・オーガニゼーション」に対する民事ではなく、刑事捜査に着手したことを明らかにした。
本来ならライバルのニューヨークのマンハッタン地区検察局のサイラス・バンス首席検事とも協力して捜査に当たる。
同検事は、これまで同社の銀行詐欺容疑や税制上の優遇措置をえるために保有資産の価値を不正操作した容疑などでの立件を視野に捜査してきた。
ジェームズ司法長官も資産価値の操作疑惑などを民事事件として調べていたが「捜査の性質が純粋な民事のものではなくなった」と同社に通知した。
トランプ氏は900字にわたる長文のステートメントを出し「私の犯罪を必死に探す捜査は魔女狩りだ。腐敗した発展途上国並みの政敵追い落としの茶番だ」と激しく批判した。
司法当局は、トランプ氏の私的弁護士だったルーディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長、「トランプ・オーガニゼーション」のアレン・ワイズバーグ元CEO(最高経営責任者)を訴追するとの観測が広がっている。
捜査の手は同社に関与してきたドナルド・ジュニアはじめトランプ一族、そしてトランプ氏自身に及ぶのではないか、との憶測も出始めている。
大統領を辞めている以上、大統領特権は行使できないし、また大統領恩赦は連邦裁の判決にしか適用されない。州裁判には適用されない。逃げ場はない。
長年トランプ氏の顧問弁護士を務め、脱税、選挙資金不法乱用などの有罪判決を受け、3年間服役し刑期を終えたマイケル・コーヘン氏はニューヨーク州司法長官の捜査着手についてテレビとのインタビューでこう述べている。
「トランプという人物は、すべての罪を他人に押し付け逃げまくる。そのためには息子、娘も犠牲にする」
著名な黒人ジャーナリストが一刀両断
孤城落日のトランプ氏に6月3日、著名なテレビジャーナリスト、ドン・レモン氏(55)が「最終通告」を突き付けた。
「下院で2度も弾劾されたトランプ前大統領は今や、妄想の中で生きている、ちっぽけで、不幸な男でしかない。全米のジャーナリスト諸兄姉よ、こんな人物のことを報道するのはもうやめようではないか」
レモン氏はCNNの看板キャスターで「米国で最も影響力を持つ黒人」(エボニー誌)と評されている。テレビ・ラジオ・ネット・ジャーナリズム界の最高賞、エド・モロー賞を受賞している。
(https://www.rawstory.com/donald-trump-2653216818/)
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