日本政府を相手取った注目すべき裁判の判決が6月7日ソウル中央地裁で下された。4月の元慰安婦の原告団敗訴に続き、今回も元徴用工やその遺族の訴えを退ける判決結果となった。いずれの判決も正常な判断が下されたと見て取れる。だが、問題解決の糸口は容易ではなさそうだ。

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 今回の裁判は戦時中、日本で強制的に労働に従事させられたとして、元徴用工やその遺族などが三井金属鉱業や三菱マテリアルなど16社を相手取り、約81億ウォン(日本円で約8億円)の損害賠償を求めたものだ。だが、ソウル中央地裁は原告側の訴えを退ける判決を出した。

「徴用工」を巡る裁判は、2018年10月に新日鉄住金に賠償を命じる判決が出されたのを皮切りに、同年12月には原告が日本製鉄の資産差し押さえを申請。2020年8月には同社の資産差し押さえが決定となり、実際に資産差し押さえの効力が発生した。そして、今年1月には同社の資産を鑑定する作業を開始する動きに至った。また、同じく今年1月には、元慰安婦による日本政府に対する賠償訴訟でソウル中央地裁が日本政府に賠償命令の判決を下している。

 このように、ここまでは一貫して原告側の訴えが認められる流れだった。この風向きが変わったのは、今年4月に、元慰安婦に対する日本政府の賠償命令を退ける判決が出されたことが大きかったと言える。4月の原告団は1月の原告団とは別のグループだが、同じ元慰安婦によるもの。それにもかかわらず、司法の判断は真っ二つに分かれたのだ。今回の判決も同様に、以前とは正反対の判断が下されたということになる。

正反対の判決になった慰安婦裁判と徴用工裁判

 当初、判決は6月10日に言い渡される予定だったが、突如として7日に変更となった。予定よりも判決日が早まった理由について、ソウル中央地裁は「法定の平穏と安定のため」と述べている。

 また、原告側の訴えを退けた背景については、1965年の日韓条約での合意に基づき解決済みという見解を支持した上で、「両国民が国家や国民に対して個人的に補償や賠償を請求することはできない」として、原告の訴訟そのものを退けた。これは前出の2018年の判決とは反対の判断である。

 また、日本がICJ(国際司法裁判所)への提訴を行う可能性も想定し、訴訟を長引かせ、こじらせることによって、韓国の国際的な立場を不利にさせるという点にまで言及していたことは、情勢を顧みず、常に私情で外交関係を展開してきた文在寅大統領への警告にも見える。

 文大統領の支持率や求心力の低下とともに、司法も文大統領の顔色を気にすることなく判断をできるようになったという側面もあるかもしれない。加えて、今回の判決の1週間前に、韓国中部の都市・大田(テジョン)の市庁舎前に設置された「徴用工像」のモデルが実際の徴用工ではなく、日本人労働者であったと主張する市議の訴えを地裁が認める判断を下して波紋を呼んでいた。

 今回の徴用工判決が言い渡された後、このニュースは速報として一斉に報じられたが、今回の判決後の反応を見ても、マスコミや国民はどこか覚めているように見える。ニュースの記事のコメント欄を見ても、日本に対してというよりは、政権やこれまでの司法判断を批判する声の方が大きい。今年4月の元慰安婦の敗訴を踏まえ、今回の判決についてはある程度、予想されていたと思われる。

 4月に敗訴となった元慰安婦の原告団と同じく、今回の元徴用工による原告団も控訴する意思を明らかにしているが、今後の動向は不透明だ。

ねじれた判決の収拾はどう取る?

 このように日本絡みの裁判があると、日本のマスコミは「今後の日韓関係は?」や「関係改善なるか?」といった視点で論じられるものが少なくない。韓国メディアも、朝鮮日報は今回の判決については「日韓関係を考慮したものか?」という見解を示している。

 だが、慰安婦や徴用工の原告が敗訴したからと言って、手放しで喜べる問題ではない。むしろ真逆の判決が出されたことで、ねじれた判断の収拾をどのようにつけていくかという難題が残されたと言える。

 表向きはいつでも強気の姿勢を崩さず、悪い意味でポジティブな文大統領だが、ここまでの支持率の下落を目の当たりにして心穏やかではないであろう。文大統領にしてみれば、任期の残りは着実に業務を遂行しつつも、国民にアピールできるところは批判を受けてもアピールしていくものと思われる。

 文大統領自身は日本製品不買運動の“No Japan”や元慰安婦、元徴用工といった問題で国民の感情を煽り高めようとしてきたが、既にその効果は切れている。最近では日本にすり寄る姿勢を見せており、日韓関係改善というパフォーマンスに打って出る可能性もある。だが、国民が文大統領のアピールに辟易している現状では、それも容易ではない。

 しかも、文氏に近いとされ、次期大統領候補と目される丁世均(チョン・セギュン)氏や李洛淵(イ・ナギョン)氏が、相次いで竹島問題と東京オリンピックを絡めて参加ボイコットをチラつかせている。その中で、日韓関係改善のパフォーマンスに出たところで、あまり意味はないだろう。

時の政権の顔色を窺う韓国司法

 韓国の司法において、類似した訴訟内容で正反対の判決の事例が繰り返されている現状を見ると、法の正義よりも、その時々の政権や国民の顔色や感情が優先されているように映る。司法だけでなく、世論、マスコミまでが政権のイデオロギーに影響を受けやすいという点も同様だろう。こういった司法のあり方を問題視すべきだ。

 6月11~13日に英国で開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)には、英国の招待で文大統領も参加する見込み。現時点で日韓首脳会談の予定はないが、G7に参加するにあたり、文大統領が何を発言するかに注目が集まる。ただ、何を言うにせよ、日本側は今回の判決に安堵するのではなく、これまで通り毅然とした対応をするのが望まれる。

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