※本コンテンツは、2021年4月23日に開催されたJBpress主催「第2回ものづくりイノベーション」の特別講演Ⅲ「VISION-Sプロジェクト:ソニーのモビリティに対する取り組み」の内容を採録したものです。

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ソニーグループ株式会社
執行役員 AIロボティクスビジネス担当
川西 泉氏

ソニーが電気自動車開発に“本気”で取り組む理由

 2020年1月、アメリカ・ラスベガスで開催された見本市「CES 2020」において、ソニーは「VISION-Sプロジェクト」を発表した。ここで初公開された電気自動車VISION-Sプロトタイプは大きな反響を呼び、翌年CES 2021(オンライン開催)でもソニーグループ代表執行役 会長兼社長 CEOの吉田憲一郎氏が開発状況を報告している。

 なぜソニーが、“本気”で電気自動車開発をするに至ったのか。ソニーグループの川西泉氏は開発背景を次のように述べる。

2000年代に入り、携帯電話・モバイル業界に大変革が起きました。携帯端末メーカーと通信会社は独自のプラットフォームとアプリケーションを搭載した携帯電話を販売し固有サービスを提供してきましたが、スマートフォン(スマホ)の登場でそれらの社会環境が大きく変化したのです。

 プラットフォーマーにより公開されたハードウエア・OS・ソフトウエア、そしてその上で動作する膨大な数のアプリケーションが生み出され、人々は膨大な情報やサービスに手軽にアクセスできるようになり、ライフスタイルが様変わりしました。携帯電話メーカーの立ち位置も(旧来式ものづくりの)垂直統合モデルから、(IT業界特有の)水平分業モデルへ移行し、業界勢力図が激変したことはご存じの通りです。

 一方、自動車業界にもCASE(コネクテッド・自動化・シェアリング・電動化)と呼ばれる新領域の技術革新の台頭により、100年に一度の変革期が訪れています。

 これら2つの大きな流れを考えると、“モバイル”に続くメガトレンドは“モビリティ”です。今後10年の変革の要素として、モビリティは大きな役割を果たすと考えています」

ソフトウエアを起点にクルマをデザインしていく

 その後、川西氏は、ソニーのモビリティに対する取り組みは「安心・安全の提供」「感動体験の提供」の両軸で行うものであるとしながら、ソフトウエアを起点にクルマをデザインしていく同社の取り組みについて詳しく解説した。

 そもそも、これまでソニーの事業領域は、テレビやカメラ、スマホなどのコンシューマエレクトロニクス、イメージセンサをはじめとしたセンシングデバイス、PlayStationのゲームプラットフォーム、そして映画・音楽のコンテンツビジネスなど多岐にわたり、そのいずれもがVISION-S開発の礎となっている。

「昨今、自動車を構成するシステムの高度化・複雑化が進み、ECU(Electronic Control Unit)の数は80ほど。ハードウエアとの関係は極めて密接なものになっています。しかし、半導体の集積化が進み、パフォーマンスの高いSoC(System-on-a-chip)を採用することで、ハードウエアの構成はシンプルになりました。これからはソフトウエアによって実装できる機能が増えてくるでしょう。

 電気自動車であればなおさらのことです。ソフトウエアのレイヤーが高度化すると、実装の自由度が増してネットワークへの接続も容易になります。クラウドとのコネクティビティーを確保すれば、ソフトウエアのアップデートも可能となり、クルマ購入後も進化を続けられます。これは、まさしくクルマとITの融合です。ソフトウエアを起点にクルマをデザインしていくことが可能になります」

 ソニーにとって電気自動車開発の経験は「皆無に等しい」が、同社は「真摯(しんし)に学ぶ(自動車業界・法規・ルール・技術・コミュニティ)」「アプローチを変える(IT業界的な水平分業・アジャイルプロセス・アセットライト)」という2つの方向性によって、その難局を乗り越えようとしている。

「VISION-S」のコンセプトはセーフティー、エンタメ、アダプタビリティー

 VISION-Sに実装された各種機能について、3つのコンセプトごとに見ていこう。

●セーフティー:ソニーのイメージング・センシング技術を通じて、運転者の安全・安心を実現する
 VISION-Sプロトタイプには、ソニー製「車載用CMOSイメージセンサ」「車内モニタリングToFカメラ」を中心に、社内外合わせて40個のセンサが搭載されている。これらセンサ群により周囲360度を徹底して見張るのと同時に、ドライバーのコンディションを含めた車室内状況を注意深く見守る。さらにはソフトウエアップデートで、特定の場所で自動車に運転を任せることができる“レベル4”の自動運転システムが実装されることになる。

エンターテイメント:長年培ってきたオーディオビジュアル技術により、車室内を感動的空間へと演出する
 車室内の演出では、ソニーが開発した「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」の搭載が大きなトピックとなっている。これはオブジェクトベースの空間音響技術を活用し、ボーカルやコーラス、楽器などパートごとの音源データに位置情報を付け、球状の空間に配置する技術で、運転者はアーティストの生演奏に囲まれているかのような没入感のある立体的な音場を体感できる。また、デジタル化やクラウドとの常時接続が一般化した情報量の多い時代に対応すべく、ダッシュボードには「パノラミックスクリーン」を搭載。車内幅いっぱいに連なるスクリーン画面では、映画やゲームなどのコンテンツを満喫できる。

●アダプタビリティー:クラウド、AI、ネットワーク技術により、人に寄り添うモビリティの継続的進化、機能のパーソナライズのみならず、社会課題・環境問題の解決にも寄与する
 ソフトウエアによってクルマを再定義するとネットワークやクラウドの重要性も増していくが、VISION-Sはソフトウエアップデートにより、クルマ自体が柔軟に進化・成長する。具体的には5G、クラウドAI、OTA(Over The Air)、センシング、セキュリティの5要件を満たし、「ユーザーに寄り添いながら適応していく自動車」としての価値を持っている。

クリエイティビティとテクノロジーの力で“移動の価値”を見詰め直す

 川西氏は最後に、今後の展望について語った。

ソニーはモビリティのIT化を推進していきます。『モビリティ=クラウドに常時接続された“走るコンピューター”』と考えてみれば、移動空間における新しいユーザー体験の可能性が広がるのではないでしょうか。

 モビリティの安心・安全の追求に終わりはありません。ソニーはVISION-Sプロジェクトにおいて、センサから情報を取得し学習することでADAS(先進運転支援システム)や自動運転の進化に貢献すると同時に、車室内の空間をユーザーの好みに合わせたリラックスできるエンターテイメント空間へと変え、さらには、環境負荷低減に向けた社会活動も推進していきます。

 昨年末にようやく車両が完成し、ヨーロッパの公道を走れるようになりました。これから本格的な走行テストを行い、車両のセットアップやチューニングなど、さらに高い次元の完成度を目指していきます。ヨーロッパ以外の地域でテストを行うためにも、試験車両の台数も増やしていく予定です」

 モビリティの進化は自動車というハードウエアの進化にとどまらず、人々のライフスタイルや社会の在り方を変えていくパワーを持っている、と話す川西氏。EV化、サービス化、スマートグリッド化の流れが加速すれば、社会課題・環境問題への貢献という点においても、モビリティの果たす役割は大きい。コロナ禍で新しい生活様式が求められる中、移動そのものに求められる価値も大きく変わることはもはや必然といえる。

 そして、川西氏は、講演をこう締めくくった。

「さらに安心で安全な価値をいかに提供できるか。移動にどのような感動をもたらすことができるのか。より豊かな社会環境につなげられるか。それらを踏まえ、ソニーは独自のクリエイティビティとテクノロジーの力で“移動の価値”を見詰め直し、新たなモビリティの世界を切り開いていきます」

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