(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

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 東京五輪ボイコットは検討していない──韓国の外交部は、オリンピック開幕まで1カ月半を切った6月8日、そう発表した。発表というよりも、宣言に近いという印象だった。

 タイミングを狙ったのだろう。翌日の9日には、11日からイギリスで開かれるG7サミット(主要7カ国首脳会議)で首脳宣言に五輪開催支持が盛り込まれるというニュースが報じられた。サミットに招待された韓国がその雰囲気を乱すわけにもいかないだろう。それに、同じ9日には、文在寅ムン・ジェイン大統領東京五輪行きを決め、その折に日韓首脳会談を開催することを打診したと伝えられた。

日本の対韓感情に悪影響を与えるだけ

 むしろ私がこの問題で驚いたのは、韓国の一部の政治家東京五輪ボイコットをちらつかせたことだった。

 ボイコットを主張する理由は、東京五輪の公式ホームページに掲載されている聖火リレーの地図に、竹島(韓国名「独島/トクト」)と思われる島の記載が認められたことである。韓国の政治家であれば、日本との領有権問題を持ち出して日本側に抗議するのは当然のことだ。だが、地図の表記を理由に五輪をボイコットするのは行き過ぎだし、そんな騒ぎを起こして韓国選手団を派遣したら日本で歓迎されなくなってしまう。

 しかも、今回のオリンピックコロナ禍の中で開催されるため、日本ではピリピリムードが漂っている。そこに領土問題を持ち出して日本側に対応を迫るボイコット発言は、日本の対韓感情に悪影響を与えるだけである。

 韓国の与野党の政治家から「東京五輪ボイコット」の声があがるようになったのは、5月末頃からだ。その中には、2022年3月に予定されている次期大統領選挙に出馬するとみられる大物政治家も名を連ねている。

 与党の「共に民主党」からは、昨年(2020年)1月まで国務総理を務めていた李洛淵(イ・ナギョン)氏が「ボイコットを含めて断固として対処すべき」と表明。また、丁世均(チョン・セギュン)氏が「国民の同意」を前提としてボイコットをすべきだと述べた。

 野党第一党である「国民の党」の羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)氏も、ボイコットを検討する必要性があるという意見に“同意”していた(討論会のなかで言わされたという印象もあるが)。

巷の人はどう思っているのか

 さらに最近行われた複数の世論調査では、韓国国民の約7割がボイコットに賛成している。それを見ると、韓国ではさぞかし東京五輪ボイコットの話題が盛り上がっているのだろうと思えてくる。

 だが、巷での反応はずいぶん違っている。たとえば私がランチを食べているとき、食堂のテレビから流れる五輪ボイコットをめぐるニュースに反応する人は多い。しかし、その会話に耳をそばだてても、「本当に開催するのか」「東京のコロナ対策は大丈夫なのか」と心配する人はいるものの、ボイコットを訴える人にはついぞ出くわしたことがない。

 世論調査と巷での反応とのズレには、大きく2つの理由が考えられる。まず、「独島」の話題では韓国人はどうしても頑なになってしまうのだ。日本があの「独島」を日本領として表示しているとなれば、韓国人としては日本に抗議をせねばならぬと考える。その上で、「東京五輪ボイコットに賛成か反対か」の二択で問われれば、「ボイコットに賛成」と答えるのが韓国の流儀だ。

 さらに、この世論調査の結果には、もう1つの要素が隠れていると思われる。今回のオリンピックコロナ禍での開催であるが、世論調査が行われた時点では、日本での感染者の増加幅は減少傾向にあったものの韓国の数倍であった。また、日本でのワクチン接種の遅れや、ワクチンを保存する冷蔵庫スイッチが切られていたり、接種時のミスがあったりしたことが韓国でも随時報じられていた時期と重なる。

 私も日本に長年滞在していた韓国人から、そうしたワクチン接種の報道について「日本はしっかりした国だと思っていたのに、どうなっているんですか」と心配されることがあった。そんなときに日本へ選手を送ればコロナに感染しかねないし、韓国での感染拡大につながる恐れもある。このような不安が、世論調査の結果の背景にあるのだろう。

バラエティ番組で議論された東京五輪

 私がほぼ欠かさず見ているテレビ番組に、毎週日曜日の夕方6時半から地上波SBSで放映されているバラエティ番組がある。基本的にお笑い中心の内容だが、番組の後半には、韓国人3人と外国人5人の若いレギュラー出演者が世の中の問題について話し合うコーナーがある。外国人インド人、中国人アメリカ人、イタリア人、フランス人だ。日本人は含まれていない。

 彼らは専門家として出演しているわけではなく、あくまでも一介の市民の立場である。しかも毎回3つほどのテーマが話し合われるので、1つのテーマについて10分ほどの時間しかかけられない。必然的に掘り下げは浅くなるが、若い出演者たちが自分の言葉で真剣に話し合う様子は見ごたえがある。また、話し合われるテーマもなかなか刺激的だ。アメリカ人、中国人インド人のメンバーが、互いの国同士の緊張関係について話し合うこともある。あるいは、文大統領が「K-防疫」と名付けてPRした韓国の防疫対策が他国ではいかに難しいことなのか、各国の基本的人権の考え方に言及しながら議論したこともある。

 東京五輪テーマになったときは、開催に向けて日本が今どのような状況かを総括する映像が流れた。そのなかで、東京五輪ホームページに掲載された地図に竹島が描かれていること、韓国の政界でボイコットが取り沙汰されていること、などがテロップで紹介された。

 そして、独島研究者として知られる世宗大学の保坂祐二教授が「専門家」として登場した。保坂氏の基本スタンスはいつも韓国寄りで、日本に対して辛口である。一体何を言い出すのかと訝しげにテレビを見ていると、今回は実に穏やかだった。東京五輪開催をめぐる日本の世論を報道ベースで説明し、開催するならコロナ対策をしっかりやってほしいというコメントを添えて話を終えた。

 結局、番組では、「韓国は東京五輪参加をボイコットすべきだ」という意見は、誰からも出てこなかった。それどころか、「ボイコット」という言葉も一切聞かれなかった。

次期大統領候補が見せたパフォーマンス

 文大統領が、東京五輪にあわせた日韓首脳会談の開催を打診したその日、与党所属で次期大統領として有力視されている京畿道(キョンギド)知事の李在明(イ・ジェミョン)氏が「東京五輪ボイコットが必要だ」と訴えた。

 これまで日本に対して強硬姿勢を貫いてきた李知事としては、タイミングの遅い意見表明である。なぜこのタイミングなのかというと、半分以上は政治的パフォーマンスであろう。支持率が低迷している文大統領と自分は違う、ということを国民に示しているのだ。

 韓国の政治家にとって日韓関係はパフォーマンスの道具だと言われることがよくある。票稼ぎのために重要なのだろうが、あまり不必要なことはやってほしくない。

 むしろやるなら、李在明氏のように、まったく実効性のない、空砲を打つようなパフォーマンスをしてほしいものだ。とはいえ、個人的には好きなやり方ではないのだが。

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