コロナ禍の影響もあり、ここ1年でPodcastやインターネットラジオそして最近ではClubhouseなどの“音声”を軸としたサービスが増加し、ユーザー数を増やしている。そんな広がりを見せ始めた音声メディアや音声SNSについて、有識者に未来を予想し考察してもらう連載企画「声とテクノロジーで変革する“メディアの未来”」。

(参考:【写真】『GERA』で配信されている芸人ラジオ

 ラジオ番組のなかでもパーソナリティとリスナーの親密な関係性からコアなファンを生み出し続ける「深夜ラジオ」。“リトルトゥース“、“クソメン・クソガール“などのリスナーの呼び名や、番組のコーナーやリアクションメールで才能を発揮するハガキ職人の存在など、独自の文化が生まれ、音声市場が多極化するなかでも揺るぎない存在感を発揮している。そんな深夜ラジオから強い影響を受け「お笑い芸人に特化したPodcast」を立ち上げたのがファンコミュニケーションの恩田貴大だ。お笑いラジオアプリ『GERA(ゲラ)』のプロダクトオーナーである恩田が、サービスの参入が相次ぐ音声市場のなかでどのようにしてファンを増やしていこうと考えているのか、話を聞いた。

・「音声のファンコミュニティ」をつくるためアプリをリリース

ーーGERAはもともとYouTubeからコンテンツを配信してスタートしたとお伺いしたのですが、そこからプラットフォームをアプリに移した理由はあったのでしょうか。

恩田貴大(以下、恩田):YouTubeは試験的に行ったもので、そこでどれくらいニーズがあるか計るために配信しました。そこからラランドさんなどの人気芸人さんを中心に再生回数が伸びて、ある程度ニーズがあることが分かったので2020年の4月にアプリをリリースしました。プラットフォームをアプリにしたのは「音声のファンコミュニティ」を作っていきたいと考えていたので、1つのプラットフォームの方が応援できる体制作りがよりできるかなと思ったからです。あとはApple PodcastやSpotifyで配信するのもいいとは思いますが、初期には他媒体のお笑い芸人さんのコンテンツと並んだときにGERAのものだと分かりづらくなってしまう可能性があったので、最初にアプリというパッケージを作ってブランディングをしていくという手段を取ったんです。

ーーGERAで出演される芸人さんはどのように決まっていくのですか?

恩田:作家さんを中心としたスタッフから、この人のラジオを聴きたいと企画が立ち上がることもありますし、事務所さんからオファーを頂ける事もあります。あとファンの方たちからDMでリクエストされることも多いですね。

ーーお笑い芸人さんをパーソナリティとする各局のラジオやPodcastは数多くありますが、差別化している点はどういったところでしょうか。

恩田:地上波や普通のPodcastでは珍しい特番や企画を立ち上げてコンテンツを軸に差別化をしていこうと思っています。また自社で独自アプリを持っているという特性を活かして、取得できるデータをコンテンツに反映させています。この数字が伸びた瞬間に何を話していたか、話し方はどうだったなどのリスナーさんの反響をコンテンツ内容に落としているんです。パーソナリティさんの話したいことを話してもらうのは大前提ですが、リスナーさんを喜ばせることが目的なので。自由にやってもらうことにプラスして、リスナーさんの求めているものをなるべく反映していきたいと考えています。

ーーこれまでに特にリスナーさんから大きな反響があったことなど具体的にあれば。

恩田:「M-1グランプリ」の影響はすごく受けましたね。昨年だと決勝に進んだ錦鯉さんや、準決勝まで進んだランジャタイさん、キュウさんの再生ユーザーはとても増えました。

ーー準決勝にも進んでいるとなると、特にお笑い好きの人にとっては注目度は上がりますよね。リスナーさんはやはりお笑い好きの方がほとんどなのでしょうか?

恩田:そうですね。いわゆる「お笑い好き」の方が8割で、あとの2割は「その芸人さんが好き」という方と考えています。「お笑い好き」の方は全体的に聴いている方が多いのですが、「その芸人さんが好き」という方は“その芸人さん“しか聴かない傾向にあります。

ーーひとくちに「お笑い好き」といっても違いが出てくるんですね。「その芸人さんが好き」という方に他の芸人さんのコンテンツを聞いてもらう工夫などはしているんですか?

恩田:まだ開発中ではありますが、3~4分くらいの短いコンテンツを配信する予定です。データとしても1回聴いてもらえさえすればかなりの継続率があるので、まずは自分が知らない芸人さんでも聴いてもらえるきっかけを作ろうと模索してます。とてつもなく面白いのにあまり聴かれていないコンテンツもありますので……。

・ラジオ放送とは違う「Podcast」の強み

ーーGERAはPodcastという形で配信していますがメリットを感じたことはありますか?

恩田:地上波のラジオはradikoの存在も大きいですし、カーステレオに付いているなどの既に根付いているものの大きさはありますよね。でも大前提のつくりかたとして「時間帯」のしばりが大きいと思います。昼の12時の番組と深夜0時の番組は全然違うように、その時間帯に沿ってつくらなくてはならない。Podcastでいうと時間帯という概念はないので、誰に届けるかというところを選択してコンテンツをつくれるところは大きいのかなと。あとは深夜ラジオのようなコンテンツは、聴き続けていないと少し内容についていけないところがあるんですけど、Podcastであればアーカイブ化ができるのでリスナーの間口は広げられると思っています。

ーー音声に限らずですが、今はYouTubeやNetflixなどアーカイブが残るサービスが当たり前になってきましたよね。

恩田:そうですね。ただアーカイブ化にも課題はあると思っていて。ネット世代のユーザーにとってはたしかにアーカイブは便利なんですが、出演者側からしたら今まで1回きりの放送だったものが何度も聴けるような構造になることにまだギャップがあると感じます。

 メディアとしてはタレントさんにアーカイブを残していただく分の何かを貢献しないといけないというのは課題ですね。ただ、結局はユーザーの使いやすい方へ向かっていくとは思うので、時代の流れからするとアーカイブは残していこうというところに決着はしていくと思います。

ーー音声サービスの形式も様々になってきましたが、GERAとしては競合などはいるのでしょうか。

恩田:GERAはファンコミュニティを軸としているサービスなので、パーソナリティが「1対n」で発信しているコンテンツ、サービスは全て競合ですね。ファンコミュニティと音声コンテンツは相性が良いんですよ。それこそニッポン放送さんはファンイベントをかなり行っていますし、声優さんはファンクラブでラジオを配布していたりもしますし。クリエイター・エコノミーじゃないですけど、これからは何かを発信している人たちはこぞってファンコミュニテイをつくっていくと思います。

ーーClubhouseやTwitterのSpacesなどが登場したことで、パーソナリティとして知名度があれば自分1人で音声コンテンツやファンコミュニティをつくっていく人も多そうですが、「GERAでラジオをやる」ことのメリットはどう伝えていきたいですか?

恩田:音声コンテンツの制作や配信はそんなに簡単なものではないと思っていて、「音声を配信する」というタスクは工数的にいうと氷山の一角なんですよ。その氷山の下には大量の工数(面倒くさいこと)が埋まっているので、そこを手助けしていく。パーソナリティさんが配信しやすい適切なツールをお渡しして、リスナーさんが喜んでくれる仕組みをつくる。自分たちでできる人はどこへいってもできるので、それに対してより価値を提供するには、二人三脚で寄り添うことなのかなと。

・音声でどのような「生活の豊かさ」を提供できるかが鍵となる

ーーGERAはコロナ禍の真っ只中で始まったサービスですが、この音声サービスやコンテンツが広がったと言われているこの1年どうでしたか?

恩田:正直、コロナ禍は音声業界にとってきっかけではあったけれども、長引くのであれば効果はあまりないんじゃないかと感じました。というのもGERAの場合、長期休暇にユーザーが減るという現象があって。つまり通勤や通学が無くなると再生回数が減るんです。となると緊急事態宣言が明ける、明けないで習慣が崩れているこのコロナ禍での定着力はそこまで期待できないというか。習慣の力はものすごいので。一番ベストはリモートワークが増えても通勤が戻っても、その習慣化された生活のなかにラジオを聴くという行為がそのまま残ってくれていることですかね。

ーー習慣のなかでGERAを聞いてもらうにはどうすればいいのでしょうか。

恩田:GERAがいかに生活の中で価値を提供するかですかね。その価値の感じ方は人によって全く違うので、例えばYouTubeとNetflixの使い分けみたいに、しっかり長尺のコンテンツを観たいときはNetflix、10分暇つぶしをしたいときはYouTubeみたいにシーン別で選んでもらえるコンテンツをつくっていくべきだと思います。

 ただ、音声vs音声の争いの前に、それこそNetflix、YouTubeなどの様々な可処分時間の使い方があるなかで、音声コンテンツ以外のことに忙しいということは忘れてはいけないと思っていて。ユーザーのなかで音声の可処分時間を大きくする際には、そこと真正面で戦おうとするのではなく、音声でしかできないことはなんだっけということをまずは見つけないといけない。そこを履き違えちゃいけないというか。

ーー現代の人たちの時間のなかにどれだけ音声が入り込めるかは課題ですよね。

恩田:それでも、もう一回音声が注目されることにもなると思います。今はスマホに時間を取られすぎていて、SNSやYouTubeの通知だとかですぐ気を引きつけられてしまう。今も問題視はされていますが、画面から目を背けようという時代の振り戻しみたいなのは多分くると思います。その時に音声はどう生活を豊かにできるんだっけ?という回答は持っておかなきゃいけないと思っています。

ーー変わりゆく音声との付き合い方のなかで、GERAが提供していく「1対n」の音声コンテンツの面白さ、醍醐味はどうやって伝えていきたいと考えているのでしょうか。

恩田:これはもうすでに地上波ラジオにある文化ですが、自分たちもコンテンツに参加してつくり出しているんだという、パーソナリティとリスナーの関係性の素晴らしさを深掘りしていきたいです。リスナーのメールによって番組の内容が変わっていくことは、他にないすごいことだと思っていて。あと自分のメールが読まれるってめちゃくちゃ嬉しいじゃないですか。GERAではその関係性を大切にして、リスナーさんに喜んでもらって、よりコンテンツの面白さを深掘りして伝えていきたいと思っています。色々お話しさせて頂きましたが、まだ何も成し遂げていないので、引き続き頑張ります。(神崎真由)

写真=林直幸