(篠原 信:農業研究者)

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 農林水産省が、化学肥料からの脱却と、有機農業への推進に本腰を入れ始めた。令和3年5月、農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を策定した。

 とある農業系SNSでは、この戦略に懐疑的な見方をする人が多かった。とても本気とは思えない、また一時的な打ち上げ花火ではないか、と。

 というのも、つい最近も大きく打ち上げたものの尻すぼみに終わった事例があるからだ。

「選手村で有機野菜提供」は絵に描いた餅に

 東京五輪招致が決まった当初、選手村で提供する青果はすべて有機農産物とする話が出た。ところが日本における有機農業の普及率は全耕地面積のわずか0.2%(2018年時点、『有機農業をめぐる事情』農林水産省、令和2年9月)。とても選手村での消費量は賄えないとして、話が立ち消えになった経緯があった。

 有機農家は、ようやく風が吹いてきた、と思ったところで空振りに終わり、落胆した。

 ただ、今回はどうも様子が違う、と私は感じている。緑の食料システム戦略は、有機農業の推進というよりも、化学肥料への依存度を下げることに主眼を置いている印象を受けたからだ。

代替エネルギーへと加速する、世界の脱炭素化

 ではなぜ、化学肥料を減らそうとしているのだろうか。

 エネルギー問題の専門家、大場紀章氏が衝撃的な記事を書いている。記事によると、石油文明を供給・消費の両面から推奨してきたIEA(国際エネルギー機関)が、今後は、石油含む化石エネルギーへの投資はゼロでよい、という、これまでの主張とは正反対のレポートを発表したという。

(外部リンク)IEA「石油投資ゼロ」が衝撃なワケ
https://news.yahoo.co.jp/byline/obanoriaki/20210527-00239752/

 そういえば、気になる動向が他にもある。石油・石炭等の化石エネルギーの大量消費は発展途上国として当然の権利だ、と主張してきた中国が、急に電気自動車への転換を決定した。2035年にはエンジン車の販売を禁止するという、これまでの中国からは考えられないような政策へと舵を切った。

 日本も、化石エネルギーに依存した社会像を捨てきれずにきた。低コストだからという理由で、二酸化炭素の排出量が多い石炭火力発電を推進してきたことからもそのことがうかがえる。

 日本政府は化石エネルギーへの依存を続けるつもりだろうと思っていたら、2050年には二酸化炭素の排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指す、という意欲的な目標を掲げた。これらの動きは、何を意味するのだろうか。

原油が思うように採れない未来が見えてきた?

 ここまでお読みの読者の皆さんはお気づきだろうか。ある一点が語られないままであることに。

「石油が採れづらくなっているのかも?」という点だ。各国政府やIEAなどには、これまでのような安価な原油産出は困難になる未来がはっきりと見えてきているのかもしれない。

 この点を核にして考えると、これらの流れの全体像が明確に理解できる。

 石油資源の枯渇は、私が幼いころから繰り返し警鐘を鳴らされてきた。当時は「あと30年で枯渇する」と予測されていた。新油田の開発や採掘技術の発展等により、枯渇する予測は先へ先へと延ばされていった。まるでオオカミ少年の寓話である。

 確かに、石油が「枯渇」することはなかなか起きないかもしれないが、採算が合わなくなるのは、それほど遠くない話かもしれない。

確実に原油は採れにくくなっている

 石油エネルギーを10得るのに、100エネルギーを投じたら、まったく採算が合わない。エネルギー収支が合わなくなる。こうした、エネルギーを得るための収支をEROI(Energy Return on Investment)あるいはEPR(Energy Profit Ratio)という。

 昔は石油が噴き出すような油田もあったそうだが、従来型の油田からの産出量が減り、現在は水などで圧力をかけてようやく吸い出せるシェールオイルに代表されるような採算性の低い油田への依存度が高まってきている。この傾向が続けば、2030年には1のエネルギーを投入してようやく10のエネルギーが得られる程度(EROI=10)にまでエネルギー収支が悪化すると言われている。確実に石油を採りづらくなっていくわけだ。

 このEROIの数値さえ明らかであれば、石油採掘がいつまで採算がとれるのか、予測を立てやすい。

 ところが、世界最大の産油国(2019年時点で12.7%)サウジアラビア2019年に「初めて」外部企業に埋蔵量の調査を受けたというくらい秘密主義で、情報公開は進んでいない。産油国が公表するデータは、精度の観点で統一性があるとは言えず、状況証拠をもとに推測せざるをえないのが実情のようだ。

国際社会で相次ぐ脱炭素政策への転換

 状況証拠なら、様々なものが見て取れる。

 中国、アメリカ、日本といった、化石エネルギー依存度が高い国々が、続々と政策転換を表明したこと。

 石油文明を礼賛していたIEAが「もう石油への投資はせんでいい」と言い出したこと。

 農林水産省が、大量の化石エネルギーから製造される化学肥料の使用を減らそうと政策転換したこと、等。

 各国の状況証拠を照らし合わせると、いよいよ、石油が潤沢に手に入る時代は終わりを告げようとしているようだ。石油依存から脱却した、新しいルールに基づく世界を現実化せねばならないところに立ち至っているのかもしれない。

脱石油はゲームチェンジャー

 石油に依存しない社会。これは農業にとっても激震だ。日本は化学肥料や化学農薬、トラクターなど、石油化学・化石エネルギーを前提とした技術体系を構築してきた。長年の慣行と技術体系は容易に転換できない。脱石油となれば、ほぼゼロからのスタートを余儀なくされるといってよい。

 農業研究者で、化石エネルギーに依存しない技術体系を研究している人はほとんどいないからだ。

 もし本稿の推測が正しいとすれば、農業以外の産業においても産業生態系が大きく変わる。現代において化石エネルギーに依存しない産業など、ほぼないと言っていいからだ。

 もちろん、ある日突然化石エネルギーが供給ゼロになるわけではない。むしろ、こうした政策転換をきっかけに、石油の消費量が減少傾向に転ずれば、結果的に化石エネルギーの資源は予想以上に長続きするかもしれない。だから、極端に恐がる必要はないだろう。

 ただ、バレーボールをしていたはずが急にサッカールールが変わる、それくらいの大転換、激震になる可能性がある。

 次の時代はゲームルールが変わる。これを意識できるかどうかが、産業生態系の変化に生き残れるかどうかのカギとなるかもしれない。

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イラク南部のバスラ油田。2017年1月撮影(写真:ロイター/アフロ)