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5ブランドを統括する自動車デザイナー

text:Richard Bremner(リチャード・ブレムナー)
translator:Takuya Hayashi(林 汰久也)

ほとんどのデザイン責任者は、モーターショーのプレスデーに、輝かしくうっとりするようなコンセプトを1つ出して驚かせたいと思うだろう。しかし、2019年のジュネーブ・モーターショーで、クラウス・ブッセと彼のチームは、最も優れているとされる2つのコンセプトを打ち出した。

【画像】クルマの美しさがここにある【トナーレ、MC20、500eをじっくり見る】 全104枚

1つは、来年登場見込みのアルファ・ロメオ・トナーレ、もう1つはフィアット・セントベンティである。電動式のセントベンティは、フィアットの創業120年を祝うと同時に、次期パンダの外観とパワートレインについても強い示唆を与えていた。

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フィアット・セントベンティ

アルファへの称賛は、主にそのハンサムなプロポーションと繊細なディテールにフォーカスしていたが、セントベンティは2020年代に必要な都市型コンパクトカーのあり方を追求しており、それがEVである理由でもある。顧客と環境のニーズに合わせて開発することは、画期的なコンパクトカーを生み出してきたフィアットの歴史にふさわしいものであり、かつてイタリア自動車産業を特徴づけていた、より思慮深いデザインの復活といえるだろう。

トナーレとセントベンティの後には、2つの注目すべき市販モデルが登場する。全く新しいEVのフィアット500と、シェイプアップされたミドエンジンマセラティMC20は、最近のフィアット・ティーポや短命なマセラティギブリよりも明らかに刺激的である。

クラウス・ブッセは、アルファ・ロメオマセラティフィアットだけでなく、アバルトやランチアデザインも担当している。この5つのブランドについて、ブッセはイタリア自動車デザインの本質と、10年前、15年前に比べて「劇的に進化」した社会の中でのクルマのあり方について、じっくりと考えてきた。

ブッセは次のように述べている。

「当時は、クールで美しく、注目されるようなものを作ろうとしていました。デザインがすべてであり、中心でした。もちろん、パッケージや顧客のこと、機能、品質も重要でした。しかし今日では、社会の中でのわたし達の役割が非常に重要になっています」

500ではそれがわかりやすいですが、MC20でもわかるでしょう」

移り変わる時代とクルマ

電動化された新型500では、ブッセが率いるデザインチームは、現在アイコンとされているものに取り組んでいた。

「単に新しいデザインを検討するのではなく、1957年の社会に目を向けました。当時の500はモビリティの民主化とラ・ドルチェヴィータ(気ままで自由な生活)の象徴であり、一方、2007年500ポップカルチャーと『YES WE CAN』の政治運動の象徴でした。世の中には前向きな姿勢がありました」

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フィアット500e

「数年前、開発作業が始まったとき、わたし達は『さて、社会の何が変わったかな』と考えました」

500の電動化の理由として、ブッセは当然ながら環境意識を挙げており、パンデミック前からこのような考え方があったものの、社会にはすでに「冷静な意見」があったと付け加えている。

テクノロジーがどこに向かっているのかわからないという不安がありました」

ブッセのチームに課せられた課題は、この変化を新型500デザインに反映させることだった。1つの方法は、洗練されたカラークルマデビューさせることだった。「より敬意を持ったアプローチを反映したもの」だという。

それよりも明らかだったのは、500の顔を作り直すことだった。リアにエンジンを搭載した1957年モデルと同様に、EVの500にはフロントにエアインテークが必要ないため、この作業は容易に思えた。

3つの案が出て、すぐに2つに絞られた。1つは2007年モデルヘッドライトの位置を維持し、「非常に楽観的なルック」を作り出すというもので、もう1つは1957年モデルのようにライトを直立させ、その上にボンネットのシャットライン(パネルとの隙間)を設けるものだ。

「そうすることで、よりシリアスな印象を与えることができますが、人々は『1957年に戻っただけだ』と言うでしょう。どちらも好きなんですが、どうやって組み合わせたらいいのだろうか?」

ブッセが提案したのは、ライトを上下に分割し、その上部をボンネットと一緒に持ち上げるデザインだった。

「上が『眉』、下が『目』ですね。コストはかかりましたが、みんな賛成してくれました」

環境に価値を与えるデザイン

微妙な変化ではあるが、ブッセが言うように、「社会の成熟とともにクルマも成熟してきた」のである。

この考え方は、マセラティMC20でも同じだ。

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マセラティMC20

「MC20はスーパーカーですから、社会的な部分が非常に重要です。今日、スーパーカーを適切なものにするのははるかに困難です。このクルマを見た人は、経済的に恵まれた人が買ったものだと思うかもしれませんが、わたし達は環境に視覚的な価値を加えたかったのです」

「人々が評価し、実際に街中で見たいと思うような、環境を豊かにするローリングスカルプチャーを作りたかったのです」

そのために、このクルマは派手さを(少し)抑え、マセラティの洗練されたエレガンスにふさわしい繊細さを備えたスーパーカーとなっている。他の多くのスーパーカーとは異なり、MC20は「エアインテークやエアアウトレットが優先ではない」という。もちろん、エアインテークやエアアウトレットは装備されているが、純粋でミニマルな形をしている。

「それらは彫刻の一部になっています」とブッセは言う。

重要なのはクルマが作られるプロセス

大げさに聞こえてしまうかもしれないが、ブッセはイタリア自動車デザインに大きな影響を与えたものとして、ルネッサンス時代を挙げている。

「ミケランジェロにとって、美は彫刻を作ることにありました。それはアルファ・ロメオにも当てはまります。進化の過程で、角ばった鋭利なものが無意識のうちにネガティブインパクトを与えるのに対し、張りのある柔らかい形状の物体に美が見出されるようになりました」

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アルファ・ロメオ・トナーレ

ダ・ヴィンチマセラティに与えたインスピレーションは、彼がエンジニアだったのか、それともアーティストだったのかという問いに起因している。

「彼の芸術は、テクノロジーの研究から生まれたものだと言えるかもしれません。わたしにとってはそれがMC20の指針となりました。確かに、クルマの表面には純粋で彫刻的なアプローチがありますが、同時に中には生のエンジニアリングに近いものがあります」

そんな中、ブッセはイタリア人ではない自分がイタリア車をデザインする権利について悩んだことがあった。

「ですが、トリノの広場で好きなエスプレッソを飲んでいたある日、エスプレッソ豆はイタリア産ではないことに気がつきました。わたしだけでなく、他の多くの人々も、自分たちをコーヒー豆とみなすことができることに気づいたのです」

「重要なのは、材料の原産地ではなく、イタリア文化を象徴する飲み物を作るためのプロセスなのです」

偶然からメルセデスで学んだブッセ

51歳のブッセは、ドイツのミンデンという地域の出身で、本人によると「クルマの文化に触れる機会が少ない地域」だったという。その代わりに、「Magnum PI」や「The Fall Guy」などのテレビ番組では、フェラーリ308 GTBやGMCトラックなどが活躍していて、クルマに興味を持った。

アートスクールに通っていた彼は、2人の友人とともに、「たまたまプフォルツハイム大学の卒業制作展に行くことになった」。そこでひげを生やした男を見つけ、講師に違いないと判断した彼はポートフォリオを見せてもらえないかと頼んだ。すると偶然にも、そのひげを生やしたスーツ姿の人物は、メルセデス・ベンツデザインインターンシッププログラムの責任者だったのだ。

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マセラティMC20

「ポートフォリオを見せても意味がない」と言われたにもかかわらず、ブッセたちはメルセデスに招かれ、インターンシッププログラムについて話を聞き、検討を重ねた結果、参加することになったのだ。

3人はブラウンシュヴァイク大学に進学したが、1年後、ブッセはこのコースに物足りなさを感じ、代わりに英国のコベントリー大学の工業デザインコースに参加した。そこでは「本当に楽しい時間を過ごした」という。その後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの自動車デザインプログラムに入学した。

1995年、ブッセはメルセデス・ベンツに入社し、マイケル・マウアー、スティーブ・マティン、ステファン・シーラフ、ピーターファイファー、ムラット・ギュナクといった著名人から学んだ。

デザインだけでなく、マネジメントリーダーシップについても多くのことを学びました。とても参考になりました」

メルセデスでの10年間はブッセの「形成期」であったが、「1つのデザイン」を自分のものだと主張することはできないという。「常にチームワークであり、チームのために戦っていた」と彼は言う。

チームを率いる責任感

特に重要な出来事は、2001年に発売されたR230メルセデスSLの原寸大のインテリア案をブッセが作成したときだ。

わたしは予算を管理しながら、すべての作業を行いました。その作業には、トリノのStola社に委託した実物大モデルの製作の監督も含まれていました」

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フィアット・セントベンティ

「初めてStola社に足を踏み入れた時のことを覚えています。工房のドアを開けると、そこにはわたしのSLのインテリアの実物大モデルがありました。5、6人の人がわたしを見て『よし、どうすればいいか教えてくれ』と言ってきました。その時になってようやく、期待と責任があることに気づいたのです。それにしても、信じられないような瞬間でした」

結局、ブッセのインテリア案は採用されなかったが、その後、次のSLでインテリアデザインマネージャーとして働くことになった。しかし、その計画は中止となり、夢の実現が危ぶまれたブッセは、ダイムラークライスラー社の米国事業所への異動を希望した。

そこで彼が何をしたかは後述するが、メルセデスのSLに携わる仕事とは明らかに違っていた。しかし、それは貴重な変化であり、最終的にブッセはトリノに赴き、5つの歴史的なイタリアンブランドの世界に浸ることになる。

ステランティス社との合併により、彼が「殿堂」と呼ぶデザイナーたちが集結したこともあり、ブッセはこれらのブランドに対して「非常に楽観的」であるという。しかし彼は、自分がチームの一員として働いていることを改めて強調する。

「彼らはわたしを良く見せてくれます。インスピレーションを与えてくれますし、大変な仕事もしてくれます。そして、FCA時代よりも多くの製品がショールームに並ぶことを期待したいと思っています」

クライスラーでの仕事

2007年ダッジ・ラムの車内を見てみると、シンプルプラスチッキーなダッシュボードに、白い文字盤を持つ一連の計器類が存在感を示している。とても安っぽく見える作りだ。2010年のラムのダッシュボードを見ると、その違いがわかる。今日の基準ではそれほど特別なものではないが、先代と比べればその差は歴然。先代モデルにはなかった洗練されたデザイン性が加わっているのだ。

ブッセがクライスラーに加わったとき、彼はインテリアデザインを専門とする部門がないことに気づいた。当時はエクステリアデザインに次ぐものと考えられており、2000年代前半に販売されたジープクライスラーダッジ(覚えているだろうか)のキャビンが時に悲惨なものであったのは、こうした考え方によるものである。

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クラウス・ブッセ

デザイン部門の責任者であるラルフ・ジルは、この状況を変えたいと考え、ブッセにチームを編成してエンジニアリングを変革するように命じた。数年後には、ブッセは「兄弟のような」チームを率いて、ジープダッジ、ラム、クライスラーのすべてのクルマの内装を作り直していた。

彼らの仕事が見逃されることはなかった。

「新車が発売されると、海外の市場ではインテリアデザイナーにプレゼンテーションを依頼することがありましたが、それは話題が豊富だったからです」とブッセは言う。

素晴らしい成果でした」


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