イギリスの新型装甲車の乗り心地が酷すぎるということで、大きな問題になっています。昔の戦車や装甲車などのほうが居住性はよほど酷そうですが、この新型装甲車が大問題となっているのには、現代ならではの納得な理由がありました。

イギリス陸軍期待の新型装甲車の評判は

「乗り心地は悪すぎるし、うるさ過ぎる」「これでは訓練にもならない」――散々な言われようですが、これはイギリス陸軍期待の最新型装甲車である、ゼネラル・ダイナミクスUK(GDUK)製「アジャックス」の、ユーザーレビューの一部です。イギリスデイリーテレグラフ紙が最初にリークしました。

2021年6月現在、試験中にある「アジャックス」ですが、騒音対策のため速度は32km/h以下、1回の走行時間は90分以内、乗員はイヤープロテクター必携、下車後は聴力検査を行っている状態だといいます。イギリス国防省は「トライアル中の新装備にある不具合のひとつであり、メーカーと協力して適切な対策を行う」と発表していますが、具体的な原因や対策は明らかにされていません。

イギリスは、言わずと知れた戦車の発明国です。しかしその製造は2009(平成21)年に止められています。「アジャックス」は久しぶりの新型装甲車ではありますが、イギリス国産ではなく輸入車で、スペインオーストリアが共同開発した「アスコッド」装甲車イギリス向けバージョンであり、イギリス国内で製造されます。

また、2017年からイギリス軍へ引き渡される予定でしたが、開発スケジュールが大幅に遅延しており、イギリス議会庶民院でも問題にされています。2009年以降、散逸してしまった戦車(装甲車)製造ノウハウの再獲得は困難で、国産はおろか輸入車の自国仕様への改造にすら苦労しているようです。

「アジャックス」はイギリス陸軍の機甲戦力近代化プログラムにおける「目玉」装備で、ストライク旅団(Deep Recce Strike Brigade、深部偵察攻撃旅団)向けの偵察装甲車に決まりました。今年中には実戦部隊でも使えるよう初期運用能力獲得を目指し、王立装甲軍団(Royal Armoured Corps)の王室騎兵連隊(Household Cavalry Regiment)にてトライアルされてきたものの、聴覚障害や関節炎を起こすような乗り心地に連隊が音を上げてしまい、トライアルは一時中止される有様だったようです。

期待の新型車なのに先の思いやられる話です。戦車や装甲車は従来、狭くてある程度、乗り心地が悪くて当たり前のものでしたが、現代では大問題になります。乗車する歩兵(機械化歩兵)の任務が複雑化し、乗り心地が下車後の戦闘力に直接、影響するからです。

ひと昔前の歩兵とはワケが違う現代歩兵の装備

アメリカ陸軍はM2「ブラッドレー」歩兵戦闘車を機械化歩兵部隊に配備しており、演習では車外にたくさんのリュックサックをぶら下げている様がよく見られます。防弾やカモフラージュ効果があるとは思えません。多すぎる装備が車内に収まりきらないのです。

歩兵は小銃の引き金さえ引ければよい、という時代はとうに終わっており、現代の戦場は複雑です。ゲリラ戦や市街戦などの非対称戦には、高度に専門的なスキルと装備が必要です。火力も強化されましたがその分、火器や弾はかさ張ります。任務にもよりますが、戦場マネジメントシステムと通信端末、カメラ、無人機、ロボット地上車などなど、リスト化が追い付かないくらいの携行品があります。

アメリカ陸軍には、一般的な歩兵が最適なパフォーマンスを発揮できる限界重量負荷は50ポンド(約23kg)という指針があります。ところが、アメリカのシンクタンク「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」が2018年9月に発表した「The Soldier's Heavy Load(兵士の重すぎる荷物)」という報告書によると、イラクアフガニスタンでの戦闘で歩兵は日常的に119ポンド(約54kg)の重量負荷を経験しており、戦場で医療救助を受けた3分の1の兵士が脊髄や結合部位、筋骨格障害で、戦闘による負傷の2倍に達したといいます。重量負荷のおもな原因は、防具とモバイルデジタル機器です。

防具のボディーアーマーやヘルメットは生存性に直接関わるものですし、モバイルデジタル機器は部隊の情報共有に必須ですが、その負荷で医療救助が必要になるようでは本末転倒です。現代歩兵が、いかにギリギリの重装備であるかという現実を示しています。主力戦車が重くなりすぎて運用限界になった事情ともよく似ており、現代戦のジレンマといえるでしょう。

装甲車の居住性重視はなにより実利的理由から…?

「アジャックス」は先に紹介したように、ストライク旅団(深部偵察攻撃旅団)向けの偵察装甲車で、歩兵は深部偵察任務で長距離、長時間を乗車することになります。しかし強力な火器を載せ、厚い装甲を被せて、最新のデジタル機器を詰め込んだ新型車でも、重装備を抱える歩兵が騒音で乗りもの酔いするようでは到底、受け入れられるはずはありません。開発が遅延しているなか、新型車に試乗した現場部隊がクレームを出したのは健全といえます。

装甲車も乗りものです。ユーザーである兵士の安全と健康を守るのは基本です。各メーカーが居住性向上の技術開発にしのぎを削っているのは乗用車メーカーと全く同じ事情ですし、それが装甲車の技術進歩に繋がっています。

アメリカ陸軍のM2の、車外にくくり付けられたたくさんのリュックサックは、はた目にも行動中に落とさないか心配になります。下車して自分のリュックサックが無くなっていたら、とてもショックでしょう。「アジャックス」がリュックサックの収納まで配慮されているかはわかりません。

イギリス陸軍が公表したトライアル中の「アジャックス」装甲車。カモフラージュネットで覆われてシルエットが分かりにくい(画像:イギリス国防省)。