保育園や企業の中には、施設内での新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、「本人や家族がPCR検査を受けた場合は登園前(あるいは出社前)に必ず報告すること」といったルールを定めている所もあります。ところが中には、こうしたルールを守らない人もいるようで、例えば、首都圏のある保育園で、体調不良でPCR検査を受けた保護者がその旨を保育園に一切報告せずに子どもを預け、その後、本人や家族の感染が判明した事例がありました。

 保育園や企業が定めるPCR検査の報告ルールを破って登園、または出社しその後、感染が判明した場合、責任は問われないのでしょうか。施設閉鎖や集団感染などの事態に発展した場合、法的責任は生じるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

因果関係証明が壁?

Q.「本人や家族がPCR検査を受けた場合、登園前や出社前に必ず報告すること」といったルールを定めている保育園や企業がありますが、こうしたルールに効力はあるのでしょうか。

佐藤さん「保育園が『本人や家族がPCR検査を受けた場合は登園前に必ず報告すること』といったルールを定めているのは、保護者に対する協力要請でしょう。新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)4条は、事業者、および国民が感染予防や感染拡大防止に努めるとともに、感染対策に協力する努力義務を定めており、保育園の保護者に対する協力要請は法の趣旨にかなうものであり、有効です。

また、PCR検査の結果が判明するまでには2日から3日かかることもあり、その間に保育園が検査を受けた事実を把握した場合、検査結果が判明するまで登園を控えるよう要請することも可能です。

事前報告のルールは企業でも有効です。労働者は労働契約上、企業秩序を守る義務や、使用者(雇用主)の利益に配慮して誠実に行動する義務を負っています。そのため、使用者は事業遂行上必要、かつ相当な範囲であれば、業務命令を発することができ、事前報告の要請についても『業務命令』として行える場合もあるでしょう」

Q.PCR検査の報告ルールを破った保育園の利用者や企業の社員に対して、保育契約解除や懲戒処分などのペナルティーを科しても問題ないのでしょうか。

佐藤さん「保育園の利用契約書には『保護者が事業者や保育所従業者、または他の利用者に対して、重大な背信行為をすること』を禁じ、違反した場合に保育契約を解除できるとする条項が入っていることがあります。

しかし、保護者が事前報告のルールを破ったことのみを理由として、保育園が保育契約を解除することは難しいでしょう。なぜなら、事前報告のルールを破っても、結果的に陰性だった場合、他者への感染リスクが高まるわけではありませんし、感染発覚前の登園のため、『重大な背信行為』とまではいえない可能性があるからです。

企業で業務命令違反に当たる行為があった場合、就業規則上の懲戒事由に該当すれば、懲戒処分の対象になり得ます。ただし、処分が重過ぎると、社会通念上の相当性を欠き、処分は無効となります。事前報告をしなかっただけであれば、口頭や書面による注意や指導にとどめるべきでしょう。ただし、行政はPCR検査の結果が出るまでの間は、登校や出勤などを控えるよう求めているので、PCR検査を受けた人はその後の行動には十分注意する必要があります」

Q.では、報告ルールを破って登園、または出社した後に感染が判明し、施設の閉鎖や施設内での集団感染といった事態に発展した場合、法的責任を問われるのでしょうか。

佐藤さん「報告ルールを破った後に感染が判明し、施設の閉鎖や集団感染に発展しても多くの場合、保育園や企業は感染者に対して法的責任を追及しないと思われます。損害賠償を請求するためには、因果関係などを明らかにする必要がありますが、例えば、施設内で集団感染が起こった場合、保育園側や企業側の衛生管理体制に問題がある可能性もあり、必ずしも、1人の感染者の行動が原因であるとはいえないことも考えられるためです。

ただし、PCR検査を受けたということは、感染しているリスクが高いことを認識しながら、登園や出社をしたといえるため、感染者側の過失が認められる可能性がありますし、感染者の登園や出社と『施設の閉鎖』との間の因果関係はあるとして、法的責任を追及される可能性もあります。コロナ禍で多くの人が苦しんでいる中、感染拡大を引き起こす危険性の高い行為は厳に慎むべきです」

Q.PCR検査で陽性が判明した後も、保育園や職場に結果を伝えずに登園や出社を続けた場合はどうでしょうか。

佐藤さん「PCR検査で陽性となり、医師が感染を確認した場合、法律に基づいて行政に報告しなければなりません。実際には、医療機関が保健所に発生届を提出し、保健所が感染者への対応や濃厚接触者の調査などを行うことになります。そのため、通常はPCR検査で陽性が判明後、登園や出社を続けることは困難です。

一方、PCRの自費検査を受け、医師の診断を受けなかった場合、検査結果が陽性だったとしても、行政に届け出るルールがなく、感染者が医療機関を受診しないまま、登園や出社を続けるといったケースも起こり得ます。感染症法上、感染者に対して宿泊療養や自宅療養の協力が要請されますが、従わない場合、入院勧告・措置がなされることがあります。それでも従わない場合、罰則(50万円以下の過料)の対象になります。

なお、新型コロナウイルスに感染した男性が入院施設を抜け出し、感染の事実を隠して温泉施設を利用したとして、偽計業務妨害罪などの疑いで逮捕された事例もあります。感染判明後に無責任な行動を取れば、感染症法上の責任だけでなく、民事上、刑事上のさまざまな法的責任を追及される可能性があります」

Q.保育園や企業の側が感染対策を怠った場合や感染対策が不十分だった場合、法的責任を問われる可能性は。

佐藤さん「保育園や企業が感染対策を怠った場合や感染対策が不十分だった場合、法的責任を問われる可能性はあります。保育園や企業は園児が安全に保育サービスを受けたり、労働者が安全な環境で働いたりできるよう注意しなければならないという安全配慮義務を負っています。そのため、社会通念上、必要と考えられる感染対策を怠り、感染者を出せば、安全配慮義務違反として損害賠償請求訴訟を提起される可能性があります」

オトナンサー編集部

「PCR検査は報告」無視したら?(2020年12月、時事通信フォト)