クチナシの花と聞くと「い〜までは指輪も まわるほどー♪」という昭和のヒット曲が脳裏に浮かぶ、そんな中高年の方も多くいらっしゃることでしょう。花の香りがなんと「旅路のはてまで ついてくる」と歌われるクチナシは、ジンチョウゲ、キンモクセイと並ぶ三大香木のひとつになっています。海外では「ガーデニア」などと呼ばれ、幸せなシーンで大活躍している純白の花。ところが、日本ではどことなく幸薄いイメージも…それはもしかして、名前のせい!?


幸薄い花?世界で愛されるクチナシ!いまは花嫁さんにも大人気

梅雨どきに公園を散歩していると、ふわりと甘い香りがして思わず立ち止まる。見るとそこには真っ白な花が…。クチナシは、そんなふうに香りで存在を知らせる花です。
夜になると、濃厚さを増す香りと闇に浮かぶ白く妖艶な姿で、通りかかる夏の虫やヒトを誘惑(魅了)します。クチナシの香りを嗅ぐと気分が高揚するともいわれ、大人の女性に人気の香水にも使われています。
小さくて可憐な一重花や、白バラのようにゴージャスな八重咲きなど、さまざまな品種が楽しめるクチナシ。海外では、レイとして首にかけたり、男性が女性をダンスパーティに誘うときプレゼントしたりと、幸せなシーンで大活躍しているようです。
日本では、少し前まで「娘の嫁入りの《口》が無くなるから」と庭に植えたがらない人もいたといいます。「クチナシ」という名前が、なんとなく幸薄い響きを感じさせてきたのでしょうか。
ところがいま、クチナシはウエディングブーケとして人気上昇中。うっとりと甘い香りがする純白の花びら、そしてなんといっても花言葉が「私は幸せ」「喜びを運ぶ」「優雅」「清潔」…! 幸せな花嫁さんにぴったりではありませんか。


花より団子!? 平安貴族がクチナシの花を歌わない理由とは

クチナシの実は、古代から天然の染料として親しまれてきました。現代の私たちになじみ深い、沢庵やお正月のきんとん、お菓子など、さまざまな食品にも使われています。その黄色は「梔子(くちなし)色」「山吹(やまぶき)色」などと呼ばれ、僧侶の衣の色でもありました。
クチナシ」という名前は、実が熟しても実の表皮(口)が開かないことに由来するといわれています。花ではなく実を表す呼び名だったのですね!
じつは「そんなに魅力的な香りの花なら、平安貴族が残したクチナシの和歌などがたくさんあるのでは」と思い、調べてみたのですが、どういうわけか花の歌がみつかりません。「くちなし」はたいてい、「染まった山吹色」や、それを「染めた実」、それらが表す「口無し」として登場します。さらに、文(お手紙)に添えて植物を贈るようなときでさえ、クチナシの白い花のかわりにわざわざ「山吹の花」を添えて「くちなし(口では言わない)」を表現したりしているのです。
平安貴族にとってクチナシとは染料となる実のことであり、どんな花が咲くのかなんて興味なかったのか? とも思いましたが、おそらくそうではなくて、山吹「色」を介してクチナシ「花」を語っていたのでしょう。婉曲な美を好む人たちは、わざわざ花に言い及ぶまでもなく、名前や色に触れるだけで、クチナシの甘く誘う香りを共有できたのかもしれません。
「山吹の 花色衣 主や誰 問へど答へず くちなしにして」/素性(そせい)法師
山吹の花のような色の衣に、「持ち主はどなたですか」と質問するのだけれども、答えてくれない。その色を染めたくちなしの実と同様に、口無しであって。
これは『古今集』の和歌です。作者の素性さんは僧侶で、三十六歌仙のひとり。この日はお坊さんの集まりだったのか、同じ色の衣を着た人がたくさん来ていて、たぶん帰りがけに「これ誰のだよ〜」となった場面のようです(現代でもありがちなシーンですね)。山吹色に染めたクチナシの実と「口無し」をかけたウィットに富んだ歌で、お開き後の会場がもうひと盛り上がりしたのではないでしょうか。


秘すれば花。クチナシの花のような女性は口では言わずに…

囲碁・将棋盤には、おしゃれな足が付いていたりしますね。これはクチナシの実を象ったもので、第三者は口出し無用の「口無し」の意味があるとされています。
盤の裏には中央に「へそ」と呼ばれるへこみがあるのですが、一説によると、これは別名「血溜まり」と呼ばれているそうです。横から助言した者は、その場で首をはねられ、盤を裏返してそこに首を据えられるというのです(どっちみち対戦は台無しに…)。勝負の世界は命がけ。クチナシはその象徴なのですね。ちなみにへそは、石や駒を打ったときの音がよく響くように付いているともいわれています。
一方、渡哲也さんが歌って大ヒットした『くちなしの花』は、白い花とその香りしか語られていません。それは「おまえのような 花だった」といい、つまり恋人はクチナシのような女性だったようです。クチナシ色は「不言色(いわぬいろ)」とも呼ばれます。人の記憶に最後まで残るのは、匂いなのだそうです。口では言わぬかわり旅路の果てまでついてくる香り。なんという雄弁さでしょう! そして、品種改良されて美しく咲く大輪のクチナシは、結実しないのだそうです。
クチナシの花は、その姿がだんだん茶色くなっても香り続けます。迫ってくるような甘い香りは、雨の夜にとてもよく似合います。

<参考サイト・文献>
『くちなしの花』渡哲也 歌詞(Uta-Net)
『クチナシ』(みんなの趣味の園芸)
『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(27) 清少納言の再出仕(赤間 恵都子)   
『散歩で見かける草木花の雑学図鑑』金田洋一郎(実業之日本社
『古今和歌集』片桐 洋一/訳・注(笠間書院)
『群書類従 第15輯 和歌部』塙 保己一/編纂(続群書類従完成会)

梅雨に甘く香る!クチナシの花はクチナシ色ではないって、ご存じでしたか?