恐ろしい火災と戦う消防車はいつ見てもかっこいいものだが、この世には一般概念から著しく逸脱した消火マシンが存在する。
ハンガリーのある企業が手がけた特殊な消防車『Big Wind(ビッグウィンド)』は、油井の火災を鎮めるために造られ、湾岸戦争の油田火災で活躍した経歴を持つ。
古い戦車の砲台を外し、戦闘機のジェットエンジンとノズルを乗せたという魔改造めいたダイナミックなフォルムは、このマシンならではの壮絶かつ破壊的な消火力の表れでもある。
史上最強ともささやかれる型破りな消防車ビッグウィンドがどのように働いているのかを見ていこう。
The Most Powerful Fire Truck in The World - Big Wind
湾岸戦争が終盤に差しかかった1991年2月、後退中のイラク軍がクウェートの油井700以上に火を放ち、地獄さながらの風景をもたらした。
これにより、一日最大600万バレルもの石油が30週間にわたって燃え続け、高さ90メートルもの炎から吐き出される黒い煙が砂漠の空を覆った。
1000℃を超える炎渦巻く最悪の現場。その気温は340℃にも達し、何人たりとも寄せつけぬ灼熱のエリアに豹変した。たとえ誰かがどうにか接近できたとしても、まともな消火活動などできるわけがない。
ところがなんと、この世にはこんな事態にこそ役に立つ特殊車両が存在した。そこに現れたビッグウィンドの使命はまさに油井の火災を鎮圧することだった。
ソビエトのアイデアをもとに戦車とジェットエンジンを融合
最強消防車ビッグウィンドはハンガリー生まれ。だがそのアイデアの源はかつてのソビエト連邦(1922年-1991年)にあるという。アメリカの車雑誌CAR and DRIVERによると、当時ソビエトでは戦闘機のエンジン活用が積極的に行われており、大型トラックの荷台にボルトで固定したミグ15戦闘機ジェットエンジンでガス井や油井の火災を吹き飛ばしたり、飛行場の雪を除雪したりしていたそうだ。
そんなおそロシア的アイデアに触発されたハンガリーの企業MB Drillingが、よりタフな戦車を土台にし、砲台があった所に2つの強力なジェットエンジンをストラップで固定した改良版を開発。このクレイジーな消防車が後のビッグウィンドだ。
クウエートの油田火災で名をあげたビッグウィンド
ビッグウィンドの本体は第二次世界大戦から冷戦にかけてソビエトで使われた戦車T-34で、砲塔部分がソビエトのミグ21戦闘機のエンジン2つと6つの放水ノズルに置き換えられている。まるで昔のSFに出てきそうな見ためだが、古めかしいエンジンを作動させるとさらにレトロフューチャーな趣が味わえる。
いろんな意味でインパクトばつぐんなこのマシンは当初、ハンガリーの油井専用の消防車とみなされていた。
ところが1991年、クウェートの壊滅的な火災を鎮めるため現地に飛ばされ、わずか3人の消防士と9つもの油田火災をどうにか鎮火。さらに油田を元通りに封じる作業までやってのけ、その偉業を世に広めた。
石油の流れを断って炎を鎮め再燃を防ぐ
油井火災用に設計されたビッグウィンドの強みは、ジェットエンジンの強力な噴流とエンジンの上のノズルから出る消防用水が混じった噴射だ。一般に油田から噴き出す石油は酸素と混じって発火するが、高さ5~6メートル程度の噴出なら酸素が不十分なため燃焼に至らない。
ビッグウィンドのねらいはその酸素の遮断にある。強力噴射で噴出を抑えれば炎が消え、その後も容赦なく吹きつける水で周辺の空気を冷やして再燃を防ぐのだ。
消火どころか破壊?普通の消火活動には向かない消防車
この時点ですでに察しがつくかもしれないが、ビッグウィンドは住宅など一般的な火災の消火にはまるでむかない、というか使うべきではない。規格外の消防車であるビッグウィンドは、ジェットエンジンの噴流とノズルの水から成る最大風速312メートルの噴射で炎を鎮める。しかもその放水量は1秒間に約830リットルというからもうわけがわからない。
そんな勢いで古い家屋の消火活動にあたられようものなら、窓やドアも壁も打ち壊されてしまうだろう。
なお破壊的な消火スペックを誇るビッグウィンドは今も現役で、ハンガリーの大手石油会社MOLグループの消火器役を任されているという。
その仕事柄、次の出番を期待するのははばかられるが、史上最強としか思えないモンスター消防車ビッグウィンドの存在は今後も語り継がれるにちがいない。
References:odditycentral / izismileなど /written by D/ edited by parumo
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