医療技術の進歩によって「人生100年時代」と言われるようになりました。それに伴い、高年齢者雇用安定法が2020年に改正され、「70歳までの就業確保措置」が努力義務とされました。しかし、70歳以降、年金だけで暮らしていけるのか不安という人も多いのではないでしょうか。

また、コロナ禍によってテレワークが広まったことで考える時間が増え、このままでよいのか不安になり、新たに勉強を始める人も多いようです。

日経新聞の記事によれば、国もITや医療などの成長分野に人材を振り向けさせるため30万人規模の就労を支援するとしています。これには、再教育をすることで需要のあるスキルを持つ人材を育て、成長力を高める狙いがあります。

そこで、今回は、「公的な職業教育訓練」や「公的教育支援」にはどのようなものがあるのか、また、どのような課題があるのかについて考察したいと思います。

●公的な職業教育訓練

(1)求職中の訓練制度 求職中の訓練制度には、雇用保険を受給できる者が対象の「離職者訓練(公共職業訓練)」と「障害者訓練」があります。また、求職中であるけれど、雇用保険を受給できない人(雇用保険の受給が終了した人、自営業やフリーランスを廃業した人など)には「求職者支援訓練」があります。これらは、仕事を探している人を対象に就職に必要な職業スキルや知識を習得するための訓練を無料で行うものです。

①離職者訓練(公共職業訓練) 「離職者訓練(公共職業訓練)」は、訓練実施主体が国や都道府県が運営する公共職業訓練校か委託された訓練機関となります。訓練の内容は、事務系、IT系、サービス系の人気が高いですが、国や都道府県の訓練施設は工業系の訓練が多いため、製造系、建設系、介護系の訓練が多く実施されています。雇用保険を受給しながら無料で訓練を受けられるので、収入の心配をせずに訓練に専念できます。

②障害者訓練 「障害者訓練」は、求職中の障害者を対象とした訓練で、国、都道府県独立行政法人、民間企業などが連携して、職業訓練を実施しています。宿舎に入寮してリハビリをしながら職業訓練を受けることもできます。

③求職者支援訓練 「求職者支援訓練」は民間企業や学校などが実施しています。「求職者支援訓練」を利用するためには、ハローワークに求職の申込みをする必要があります。訓練内容は、事務系、IT系、サービス系が中心で、工業系の訓練は離職者訓練に比べると少なくなっています。

本人収入が月8万円以下(コロナ特例で、シフト制で働く場合は月12万円以下)、世帯全体の収入が月25万円以下などの一定の要件を満たした場合には、月10万円の生活支援給付金を受けながら無料で訓練を受けることができます 。この要件を満たさない場合、給付は受けられませんが、訓練は無料で受けることができます。

(2)高度なものづくりのための訓練制度 高度なものづくりのための訓練制度として、「学卒者訓練」があります。高度なものづくりのための訓練制度とは、主に「技術者」を養成するための訓練です。学校卒業者などを対象に、就職に必要な職業スキルや知識を習得させることが目的となっています。

学卒者訓練は、①普通課程、②専門課程、③応用課程の3種類があります。普通課程は、中学卒業者、高校卒業者などを対象にしており、専門課程は、高校卒業者などを対象にしています。応用課程は、専門課程修了者が対象になります。訓練期間は、普通課程が1年又は2年、専門課程と応用課程は2年となっています。費用は、課程や学校によって異なりますが、年間30万円〜60万円程度です。

普通課程には、OA 事務科、機械加工科、自動車整備科、木造建築科などがあります。専門課程には、生産技術科、電子情報技術科、電気エネルギー制御科などがあります。応用課程には、生産技術科、電子情報技術科、電気エネルギー制御科などがあります。

(3)スキルアップのための制度 スキルアップのための制度としては、「在職者訓練」と「生産性向上支援訓練」があります。会社の従業員などが、スキルを高めるための訓練です。

在職者訓練は、主に中小企業に在職している人が対象です。数日間という短期のものから2年間という長期のものまであります。内容的には、電気工事科、溶接科、機械加工科、機械製図科、情報ビジネス科など、技術系の訓練になります。費用は、コースによって様々です。

生産性向上支援訓練は、企業の生産性向上に必要な生産管理、IoT・クラウド活用、組織マネジメント、マーケティング、データ活用等などの知識を習得するための職業訓練です。在職者訓練が技術系の訓練であるのに対し、生産性向上支援訓練は事務・管理系の訓練になっています。費用は、コースによって様々です。

●公的教育支援制度

(1)人材開発支援助成金 人材開発支援助成金は、雇用する労働者に対して職務に関連した専門的な知識及び技能の習得をさせるための職業訓練をさせた場合や人材育成制度を導入した場合にその費用や訓練中の賃金を助成する制度です。次の7つのコースがあります。

①特定訓練コース(訓練効果の高い10時間以上の訓練を実施)
②一般訓練コース(専門的な知識及び技能を習得させるための20時間以上の訓練)
③教育訓練休暇付与コース(労働者が休暇を取得して訓練)
④特別育成訓練コース(有期契約労働者等の人材育成に取り組んだ場合)
⑤建設労働者認定訓練コース(認定職業訓練または指導員訓練のうち建設関連の訓練)
⑥建設労働者技能実習コース(安全衛生法などに基づく講習など)
⑦障害者職業能力開発コース(障害者職業能力開発訓練施設等の設置等)

(2)教育訓練給付金 在職している人が、自己のキャリアアップのために教育訓練を受けた場合にその費用の一部を国が支給してくれる制度です。受講する講座が厚生労働大臣の指定を受けている必要があります。

指定を受けている講座は、資格取得ための講座が多く、今の仕事に活かせるものはもちろん、転職や退職に備えてキャリアアップのために資格を取りたいという人も受給できます。

給付金の支給内容は、「一般教育訓練給付」は、受講費用の20%(上限10万円)ですが、厚生労働大臣の指定する速やかな再就職及び早期のキャリア形成に資する特定一般教育訓練を受講し、修了等した場合には、「特定一般教育訓練給付」として受講費用の40%(上限20万円)が支給されます。

また、中長期的なキャリア形成を支援するために「専門実践教育訓練給付金」というものがあります。これは、厚生労働大臣が指定した専門実践教育訓練の講座を受講し、一定の要件を満たす場合は、教育訓練施設に支払った教育訓練経費の最大で70%(最長3年間の訓練期間で上限額は168万円)を支給するというものです。専門実践教育訓練給付金の対象は、税理士や社会保険労務士などの業務独占資格の取得ための講座費用や専門職大学院の授業料などがあります。

●雇用システムの影響で、キャリアチェンジが進まない

今、日本で深刻なのはIT人材の不足です。本来であれば、需要のある業種は賃金も高くなるので、人材もシフトするのがセオリーなのですが、終身雇用の日本では転職する人は少ないため、キャリアチェンジが進んでいません。

また、採用する企業側も中途採用に積極的とは言えず、終身雇用が前提のためIT人材に高額の賃金を支払うことを躊躇しています。そのため、IT人材が確保できないという悪循環になっています。極端な話、IT人材に2000万円の年収を支払うと募集すれば、相当の応募があるはずです。それがわかればキャリアチェンジする人も増えるでしょう。

IT人材を養成するため、ようやく小学校でもプログラミング教育が必修化されましたが、子どもたちが成長するにはまだ時間がかかります。即戦力を養成するためには、公的教育訓練などで在職者を中心にITの再教育が必要だと言えます。

公的教育訓練では、最近こそIT関連の講座も増えてきましたが、相変わらず機械加工や溶接といった手工業的な訓練が多いのが問題です。職人などの養成も重要ではありますが、予算は限られているので国家として何に重点を置くべきなのか考えるべきです。

IT関連講座にしても、平日の日中に教室で学ぶようなコースが多く、働いていない人しか通えないという問題があります。本当にIT人材を養成したいのなら、ITに関する講義動画をサーバーに置いておいて、ハローワークのHPから誰でも無料でプログラミングなどのITスキルを学べるようにすればよいだけです。全国の教育訓練機関に国の予算をばらまくより低コストで実施できます。

もっとも、このようなことをすれば、教育訓練機関の利権が減ることになるので、政治家などが騒ぐ可能性があります。また、民間教育機関からは民業圧迫だと騒がれるでしょうから、厚労省はそのようなことはしないでしょう。

結局、日本の雇用問題の悪の元凶は「新卒一括採用」と「終身雇用」であり、この縛りがあるため、人材の流動化も進まないし、賃金の高額化もできないということです。簡単に解決する問題ではないため、当面は、ITの教育訓練の充実とIT人材への賃金をいかに上げるかを考えるしかないと思います。

<参考資料>

ハロートレーニング(離職者訓練・求職者支援訓練)

ハロートレーニング(学卒者訓練)

人材開発支援助成金(特定訓練コース、一般訓練コース、教育訓練休暇付与コース、特別育成訓練コース)

国の職業訓練や教育支援で「IT人材」の不足を解消、本当に可能なのか?