韓国で企業に勤めるサラリーマンなら、誰もが知っていて加入者も多い有名なネットの「電子掲示板」がある。

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「ブラインド」という閉鎖型SNSサイトで、現在韓国のサラリーマンたちの不満のはけ口として機能している。

 2013年12月に「チームブラインド」という会社が起業して立ち上げたサイトだ。

 サイトオープンした時の趣旨は、サラリーマンたちのコミュニケーションを図るために匿名で話し合える閉鎖型SNSであった。

 人気が人気を呼び加入者がどんどん増え、企業があまり公開しない年俸や内部事情などを実際に勤めている人から得られるとあって、転職の際に利用する人も多い。

 そして、今では企業内のパワハラを告発したり、企業の闇を暴くケースも増えている。

 現在、同サイトの利用者数は、約510万人(2021年)で、内訳は韓国人350万人、米国人150万人となっている。

 韓国人が立ち上げた会社で韓国人が多く利用しているが、本社は米国のサンフランシスコにあり、サーバーも米国にある。

 各企業内にもイントラネットなどがあり、それらがコミュニケーションツールとして使われることもあるが、社内の不満や事件事故などを書き込むと、すぐに誰だかばれてしまうので、多くのサラリーマンたちが「ブラインド」を使っているという。

 加入するには、該当の会社の社員であることを証明するために会社のアカウントで申請し、検証されなければならない。

 最近では、サラリーマン以外に大学生も加入できるようになっているという。

 元々、大企業のサラリーマンたち内で隠密に流行っていたこのサイトが、一般にも知られるきっかけとなったのは日本でも有名な2015年の「ナッツリターン」事件である。

 当時、大韓航空の離陸を遅延させたナッツリターン事件を真っ先に知らせたのが「ブラインド」であった。

 その書き込みが一般に公開され、「ナッツ姫」ことチョ・ヒョナ副社長は「航路変更罪」の容疑で収監された。

 また、日本ではあまり知られてないが、スターバックスコリア事件がある。

 以前も記事にしたことがあったが、韓国では「スターバックス崇拝者」が多く存在する。

 スターバックスコリアが提供するノベルティ狙いで、徹夜で行列する人もいる。そんなスターバックスマニアを卑下する内容がブラインドに書き込まれた。

 書いたのはスタバックスコリアの従業員。そしてサイトは炎上した。

 スタバックスのタンブラーを購入するために朝から行列して買う人を非難したり、スターバックスのノベルティ狙いでポイントを稼ぐために飲み物を数回に分けて買う人のことを「ポイント乞食」などと中傷したという。

 ブラインドへの書き込みが従業員の仕業とはいえ、スターバックスコリアは対処に追われる羽目になった。

 また、斗山(DOOSAN)財閥の系列である斗山インフラコアが経営悪化し、リストラのための希望退職者を募った際にもブラインドに書き込みがあってサイトは炎上した。

 希望退職者を決める際に、その年に採用した新入社員も入れたことで、若い社員たちが不満を持ち、ブラインドに書き込んだのだ。

 書き込みはそのままマスコミに公開され、社会的な問題として取り上げられた。

 ことの深刻さを知った斗山グループの会長が「グループ全体の新入社員に対する保護措置を指示する」に至った。

 当時、斗山グループは新入社員をモデルに「人が未来だ」というコピーでCMを打ち出していただけに、CMに出演している新入社員もリストラ対象者だということで、「人が未来だ」というコピーが白々しいと散々な評判であった。

 KBS(韓国放送公社)理事会は、6月30日にKBS・TV受信料調整案を議決すると発表した。

 しかし、今年1月にもKBSは受信料を引き上げると発表している。その時、世論は受信料引き上げに反対のムードが強かった。

 この時、ブラインドにKBSの社員が次のような書き込みをして炎上した。

「KBSに不満があるようだけど、どうせ受信料は電気代に加算して請求されるから、払うしかないんだ」

「KBSの社員は定年が保障され、平均年俸は1億ウォン(約1000万円)超えだ。それに、出来高制ではないから、実際に社員の半分が1億ウォン以上もらっている」

あんたらに能力があるならKBSの社員になればいいじゃないか」

 ちなみに韓国のKBSの受信料はNHKとは異なり、毎月の電気料金に含まれている。韓国でも受信料を払いたくないと拒む人がいるので、強制的に徴収するための措置だ。

「KBSは国が保障する会社で、つぶれることはないし、定年も保障されている。年俸も何も努力しなくてもサラリーマンたちの憧れである1億ウォン超えだ。悔しかったらKBSに入社すれば。どうせ無能なあなたたちは入れないだろうけど・・・」

 というように世間を嘲っているわけである。

 韓国のサラリーマンが置かれた立場は、日本よりはるかに厳しい。

 40歳を超えると肩を叩かれて退職を迫られることが多く、定年まで勤め上げるのは非常に難しいとされている。

 特に、2020年はコロナ禍で倒産する会社も多かったため、職を失った人も多かった。

 そうした苦しい立場に立たされている人たちからすると、「KBSは自分たちでは何もしないで受信料を勝手に上げようとしている」と考えて当然かもしれない。

 また、韓国のマスコミも「日本のNHKは、支出削減に努め、昨年から受信料を値下げするというのに、KBSは何の努力もしないで何事か」と大衆を煽った。

 そこで、政治家たちも与野党関係なく受信料の値上げに反対し、「KBSは、受信料の値上げを主張する前に、放漫な経営を正す姿勢を示せ」となった。

 その結果、値上げ案は引っ込んだが、半年ほど経てばほとぼりも覚め、バカな大衆は前のことを忘れてしまうと思ったのか、また値上げ案を出してきたわけである。

 そして、この受信料どころの騒ぎではない、もっと韓国人を怒らせた事件もこのサイトによって大炎上した。不動産に関する不正疑惑である。

 LH(韓国土地住宅公社)は、韓国の土地開発を取り扱う公的な機関である。その会社の役職員たちが新都市開発予定地を膨大に買い占めていたという事件である。

 これまで何度も記事にしたが、現在の韓国で不動産に関する不正は、韓国人の逆鱗に触れることだ。

 特に、今回LHの社員たちが買い占めていたのは、農地であった。

 韓国で農地を買うためには、農地法により農地取得資格証明書を提出する必要がある。

 そのためには、農業経営計画書を当該地方自治体に提出し、当該自治体は申請した人の営農力、意思、居住地、職業などを考慮して計画書の内容が実現可能だと判断した場合農地取得資格証明書を発給する。

 だが、LH社員はいとも簡単に農地を購入し、購入して2年以内に開発発表を受けて、LHに売り渡している。

 社員の家族親戚がこぞって不正に関わっているという疑惑もある。

 姑息にも、農地には木を植えこみ、その補償金までもLHに請求している。普通では考えられない密度で苗木を植えている場合もあるという。

 つまり、木を育てるつもりはさらさらないことが伺えるのである。

 農地は、住宅地に比べ銀行からの借り入れもしやすく、さらにここ10年間で新都市に開発された農地の場合、10倍ほど値上がりしたという。

 初めからぼろ儲けが約束されていたわけである。

 そのため、事件が発覚するや韓国人はLH社員に対して怒り心頭に発した。

 そうした世間の声を知ってか知らずか、LH社員が「今回のことは、内部情報を活用したことでもないし、光明(クァンミョン)や始興(シフン)の再開発なんて誰でも知ってたことじゃないの」とブラインドに書き込んだ。

 世間の怒りに火に油を注いだ格好となり、もちろん大炎上した。

 この書き込みで一部の社員だけの逸脱ではなく、会社全体がモラルハザード状態であるという印象を与えた。

 これには、政府も動き出し、投機に加担した人たちを裁くために乗り出している。

 いま、韓国の経済界では、「ブラインド注意報」という言葉がよく聞かれる。

 在職の従業員がブラインドに書き込んだだけで会社の根幹が揺るがされれる危険性があるからだ。

 LHのような特別な企業だけではなく、一般の大企業、IT企業、公的企業など、大手の企業が、ブラインドの書き込みに戦々恐々としている。

 社員がブラインドに個人の本音を書き込んだせいで炎上し、その個人だけではなく会社全体に大きな被害が出る状況が多発しているのだ。

 会社側もこのサイトに注目し、何かあればすぐ対応できるように常に監視する部署を作っている企業もあるという。

 一方、社内のパワハラを社員がブラインドに告発して、会社がパワハラした本人を突き止め対応するケースもある。

 この場合には、企業はブラインドの恩恵にあずかっているわけで、実はこのサイトの作用は、正負どちらの場合もある。

 ブラインドは、現在韓国のサラリーマンたちの「王様の耳はロバの耳!!」と、大声で叫べるような森であることに間違いはない。

 だが、企業側としては、ブラインドに書き込むのは、少数の意見であり、彼らが会社を代表すると思われることに対してはかなり当惑気味である。

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