少子高齢化と人口減少が進むわが国の社会の質を維持し、さらに発展させるためには、データの活用による効率的な社会運営が不可欠だ。一方で、データ活用のリスクにも対応した制度基盤の構築も早急に求められている。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、これまでの経済、社会のあり方は大きく変わろうとしている。

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 その中で、日本が抱える課題をどのように解決していくべきか。データを活用した政策形成の手法を研究するNFI(Next Generation Fundamental Policy Research Institute、次世代基盤政策研究所)の専門家がこの国のあるべき未来図を論じる。今回は理事長の森田朗氏による、ネットにはびこる魔女狩りの心理と大衆扇動のリスクについて。(過去19回分はこちら)。

(森田朗:NFI研究所理事長)

 緊急事態宣言は沖縄を除き解除されたものの、首都圏では新規感染者のリバウンドが懸念される状況となっている。オリパラも人数制限をどの程度にするか、感染状況をにらみながら、ぎりぎりまで揉めそうだ。友人と楽しい食事も我慢を強いられ、なじみの店での一杯引っかけるのもままならない。コロナ疲れというか、ストレスが溜まり、多くの国民の気持ちがすさんできたように見える。

 そのやり場のない不満や怒りを、何かにぶつけて解消しようとする。自殺者まで生んだSNSの炎上、心ない言葉での非難は、こうした不満の発現だろう。極論すれば誰でもいいから、敵を作って攻撃しやっつけて、蓄積した不満を解消しようという行為だ。

 最初に誰かが、「○○は敵だ」「ケシカランことを言っている」「過去にも悪事を働いた悪い奴だ」と指さすと、皆一斉に同調する。そして、匿名で非難し、つるし上げる。それに対する反論も許さず、ネットやコミュニティから消え去るまで、いじめ抜き、抹殺を図る。そうした攻撃に耐えきれなくなり、自ら命を絶った気の毒な人が出るのも不思議ではない。

 こうした事件が報道されると、今度はSNSで攻撃をした者が社会の敵としてレッテルを貼られ、攻撃の対象となることもある。

 もともとが匿名での告発なので、その行為の正当性や攻撃の根拠などどうでもよい。ストレスの溜まった多くの人にとっては、社会の敵を非難することで、不満が解消され、一時的にも溜飲が下がれば、それでよいのだ。

 こういう心理パターンは、歴史上何度も見られた。ヨーロッパの中世における、あるいは過酷な環境にあったアメリカ大陸のニューイングランド植民地等でみられた「魔女狩り」もその一つだ。

 すべてのこの世の不幸の責任を何の罪もない者のせいにし、その者に「魔女」の烙印を押して、凄惨な方法で処刑する。それによって、人々の不安や不満を解消しようとしたのだ。米国マサチューセッツセーラムの魔女博物館を訪れた時、かつて行われていた魔女狩りの残虐さを知り、愕然としたことがある。

大衆心理を操作したトランプ前米大統領

 このような心理状態に置かれた人々は、他方で、恐怖心から逃れるために信仰にすがる。敬虔な信仰心が、他方で、魔女狩りと結びつく。それは、わが国でもオウム真理教の事件でも経験したことだ。

 トランプ前米大統領の言葉遣いにも、類似した要素がある。国民のうち、海外からの移民に職を奪われ、彼らに反感を持っている白人層、特に低所得の白人層の不満を煽って、外国からの移民を非難、攻撃した。SNSを使ってそれを拡散した点が新しいとはいえ、不満をもった国民の心理を操作して権力を拡大しようとした点は、古い手法そのものである。

 言うまでもなく、20世紀に入って、このような心理操作によって国民を動員しようとしたのがヒトラーである。

 ヒトラーに言わせれば、貧しい労働者が仕事を終えて帰る夕方、特にどんよりとした空模様で今にも雨が降り出しそうな時、つまり多くの人々が疲れて冷静に、ロジカルにものごとを考えて理解する能力を欠いた状態にある時、国民の不幸の原因がどこにあるのか、誰のせいなのかをわかりやすく説き、その者たちを打倒することを呼び掛けることが、心理操作において非常に効果的だという。

 大衆心理を操作するために訴えかける内容は、もちろん論理的なものではなく、反証に耐えうるものでもない。わかりやすくいえば「〇〇主義者」のレッテルを貼って、対象を具体化し、それを攻撃するにすぎないからだ。○○主義の何が悪いのか、なぜその人物がそのレッテルを貼られるのかについてはもともと説明する気もないし、説明することもできない。

 何でもない一言が悪の証拠として指摘され、それを口にした人物は、その者の思想や主義に関係なく、○○主義者だ、○○人だといって差別され、攻撃される。そして、この世から消えろという大合唱にさらされる。

ファシズムの根底にある「レッテル貼り」

 そのような無茶な論理の主張に対して、論理的な反論は容易だ。しかし、反証も反論も無視して、しつこく何度も何度も単純な理屈で、「この世の諸悪の根源は○○にある」「お前は○○主義者だ」と説かれると、最初はそんなことはないだろうと思っていた人たちの中にも、本気で信じ込む者も出てくる。そうではないと思っていても、反論して否定する気持ちは失せてくる。反論などすれば、場合によっては、その人も同類としてレッテルを貼られることになりかねない。

 こうしたヘイトスピーチを含むレッテル貼りの拡大、発想の連鎖が、まさにファシズムの根底にあると言える。今日でも、形態は異なるものの、国民の間に不満が蓄積してくると、やり場のない不満のはけ口を求めて、このようなレッテル貼りと非難攻撃はしばしば見られる。

 私も最近、「コロナ感染症の拡大が止まらないならば、要請で行動を自粛しない者に対しては強い手段を用いることもやむを得ない」「多数の国民を感染から守り、自粛要請に応じた正直な業者がバカを見ないようにするためには、私権を制限することもやむを得ない」といった趣旨のコラムを書いたところ、ツイッターなどで激しく非難され、罵詈雑言を浴びた。

「そのようなことをいうヤツは、民主主義や基本的人権を否定するとんでもない輩だ」「また日本を戦争へ導くつもりか」「ファシストだ」「狂っている」等々。言葉としての「私権制限」→「民主主義の否定」→「軍国主義者」→「右翼の学者」という飛躍のある連想の主張が多く、そこには理性の片鱗もみられない。

 ツイッターの場合、確かに数行の中に思いを述べ、主張を書き込まなければならないことから、表現は短絡的、過激になる。さらに匿名の投稿の場合、発言への責任は問われにくいから、ますます悪口に歯止めが効かない。

 私の場合、賛同してくれた方も非常に多かったので、傷つくことはなかったが、まさにこのような形でファシズムが生まれていくのかと痛感した。特に、非難する人間のプロフィールを見ると、博士の学位を持った大学教員も含まれており、ナチスオウム真理教の幹部の中に、その体制を支えた医師や科学者がいたことを思い出した。

 非理性的な非難や攻撃があるからといって、言論の自由が保障され、反証や反対意見の表明も自由にできる現代のわが国では、そうした主張が簡単に拡大することはないだろう。

SNSは国民にとって「武器」か「凶器」か

 しかし、言論の自由が保障されているとはいっても、SNSというツールが普及している現代では、逆に、こうした非難攻撃の波が容易に起こりうることは、頭の片隅で覚えておくべきであろう。

 権力の悪を暴き、権力の濫用を抑制する手段として使われる場合には、SNSは一般国民が持つことのできる強力な武器といえるが、その攻撃の矛先が横にいる一般人に向けられ、ヘイトスピーチや個人攻撃に使われる時、それは深刻な権利侵害の凶器となりうる。そのような場合には、すぐに政府に規制を求める声が上がるが、今度は、政府の統制が表現の自由を制約するものともなりかねない。

 コロナ禍でのこの1年、科学者の真摯な警告も、自粛を求められた一部の者の反発で、政府の政策に十分に反映させることができず、その結果、有効な対策が打てず、感染が長引いている。そのため、ますます不満が蓄積し、そのはけ口として言論の暴力が蔓延している。

 早く大多数の国民がワクチンを接種して元の暮らしに戻り、安心して過ごせるようになればよいが、それまではコロナによるストレス、それからくる不満をどのように社会としてコントロールするかという問題を考え続けなければならない。

 これといった妙案はない。しかし、まず理解すべきは、人間とは不満が溜まった時、そのように行動しがちであるということだ。そして、その理解に基づいて、自分の心を制御し、論理的、理性的に行動するように心掛けることだ。それが、社会において言論の暴力を蔓延させず、また政府による言論統制を招かない唯一の道である。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「緊急事態宣言」はもう効かない、より強力な私権制限に踏み切れ

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