客からの暴力や暴言など「カスタマーハラスメントカスハラ)」。〝加害者〟はよほど怒りっぽい人間なのかと思いきや、必ずしもそうではないという。

小売やサービス業などの労働組合でつくる「UAゼンセン」で、長年この問題を扱ってきた安藤賢太さんによると、カスハラは同業者からのものが少なくないという。

「サービスはこうあるべきとの思い込みがあるため、不具合があったとき、怒りに変わる。正論で詰める『ロジハラ』になりやすい分、対応が長引き、現場が困る傾向にあります」(安藤さん

当事者だからこそ、相手の粗が見えやすいというわけだ。〝カスハラの連鎖〟を止める手立てについて聞いた。(編集部・園田昌也)

●同業者だからこそ許せない?

カスハラで記憶に新しいのは、今年5月にあった東京都の弁当屋「キッチンDIVE」のケースだ。酔った男性2人組が店員を怒鳴り、硬貨を投げつけるなどした映像がテレビなどで紹介され話題になった。

硬貨を投げつけた男性は「俺も接客業よ」と明かし、店員の態度が悪いとして、「こんな口のききかたするか、客に向かって」などと声を荒げていた。

過去にはこんな事件もあった。2014年に大阪府で起きたファミリーマート土下座事件。グループ客が店員の態度を理由に、土下座させたうえでタバコ(6カートン)を脅し取るなどしたというものだ。男女4人が恐喝・恐喝未遂で有罪判決を受けた。

このうちの一人は営業職が長く、法廷では「謝る際には土下座をし、財物を渡すのが普通だと思っていた」と自身の経験も交えて話している。また、別の一人は弁当店を経営しており、「経営者の立場から店側の態度がおかしいと思った」と述べていた(産経WEST、2014年12月24日)。

仮に店員の態度に落ち度があったとしても、暴力や暴言、金品の要求などがNGなのは言うまでもない。

●「カスハラの大半は中高年男性」の意味

「相手の職業が必ずしも分かるわけではないので、明確な統計はありませんが、同じような職種の人からカスハラを受けたという声は多く寄せられています」と、安藤さんは語る。

示唆的なデータはある。UAゼンセンは2020年にサービス業の組合員約2万7000人にアンケートを実施した。その結果によると、性別では男性客からのカスハラが74.8%を占めた。また、年齢別ではカスハラの約90%は40代以上と思しき相手からだった。合わせて考えると、カスハラ客の大部分は中高年男性だとみられる。

買い物は女性客のほうが多いので、意外な結果でした。しかし、一般的に男性のほうが、会社組織の中で年齢とともに責任ある立場を任されることが多いので、この仕事はかくあるべき、という思いがより強くなっていくのかもしれません。その結果、中高年男性のカスハラが多くなるのではないでしょうか」

中でも高齢男性からは、単に怒鳴られるだけでなく、サービスや態度などについて説教されるカスハラが増えているという。

「知識や経験、何より時間的な余裕がある。社会との接点を求めているのか、『教育してやる』となりがちです。短期的な怒りだけではない分、長時間化しやすい。百貨店の組合員からは、外商で9時間も拘束されたという報告もありました。高齢者の居場所問題も絡んでいると思います」

そして、こうした理不尽なストレスにさらされ続けた労働者が、ふとした瞬間にカスハラの加害者になってしまう可能性もあるのだ。

●「けど、自分もやっているかも…」

実際、安藤さんたちもハッとする経験があったという。

「数年前、カスハラ関連の会議の打ち上げで居酒屋に行ったんですが、乾杯のビールがなかなか来なくて。私自身も、店員さんに『早く持ってきて!』と声をかけた。そこで、あれ、我々も一歩間違うとカスハラじゃないかと感じたことがあります」

UAゼンセンがつくったカスハラの啓発チラシには、悪質クレームに苦しむ労働者のイラストが並ぶ中、「けど、自分もやっているかも…」などの文言も掲載されている。

こうしたカスハラの連鎖を断つにはどうしたら良いのだろうか。安藤さんの答えは、カスハラに苦しむ労働者をとにかく減らすことだ。

「企業がカスハラに対して、きちんと対策をとる必要があると思います。毅然とした態度で、労働者を守る。そうすることで、悪循環から抜けられると考えています」

長引く不況の中、日本では競合との差別化を図るため、サービスが過剰になった部分がある。反対に2009年の消費者庁設置など、消費者保護は強まってきた。消費者寄りに傾き過ぎた針を徐々に戻し、労働者側とのバランスを保つことも重要だという。

「土下座して謝れ」暴言客の正体は「クレームに苦しんできた労働者」の場合も カスハラの連鎖