千葉大学大学院融合理工学府博士前期課程(研究当時)の福原 大輝 氏、大学院融合理工学府研究生のMoses T. Joseph氏、大学院工学研究院の糸井 貴臣 教授、大学院理学研究院の泉 康雄 教授らの共同研究グループは、再生可能エネルギーの一つである光エネルギーによる有機物質の酸化反応の経路を解明することを目的として、銀ナノ粒子と酸化チタンから成る光触媒でアルコールの酸化が進む過程を、銀ナノ粒子にX線ビームを照射して追跡することで、詳しく観測しました。その結果、アルデヒドを生成する条件と、メタンCO2、水に光分解する条件を明らかにしました。
 本研究で明らかとなった反応過程は、光エネルギーによる化学反応を制御して必要な化学物質のみを取り出す際の指針となります。また、本研究で用いたX線ビームによる追跡(局所X線温度計:注1)は、反応の過程で最大で約6倍の粒子径の変化があった本研究でも的確に局所温度を計測することが可能なため、今後様々な触媒や機能物質の反応経路の解明への応用が期待できます。

  • 研究の背景
 再生可能エネルギーを用いて、有機物質を自由自在にコントロールすることができれば、有益な中間物質を生成することができ、また一方で環境負荷になる物質をCO2メタンや水にまで分解することが可能となります。地球上に届く太陽光エネルギーの1時間分は、人類が1年間に地球上で消費するエネルギーに相当するとされており、光エネルギーを再生可能エネルギーとして活用することは、とても理にかなっています。
 このような背景から、光触媒を用いた有機物質の酸化反応に関する研究は広く行われてきましたが、光触媒の酸化反応の詳細は不明であり、その制御は困難とされていました。
  • 研究成果

 本研究グループは最もよく用いられる銀ナノ粒子と酸化チタンから成る光触媒を使用し、アルコールが酸化されてアルデヒドが生成される反応と、アルデヒドからさらにメタンCO2、水に分解される反応のそれぞれの経路の分かれ道を検討しました。化学反応活性化(注2)は一般的にまず反応温度によって決まることから、本研究は局所X線温度計を用いて光触媒の温度状態を観察しながら行いました。


図:銀–酸化チタン触媒によるアルコールのアルデヒドへの変換、およびメタンCO2、水への光燃料化経路
(a) 酸化チタン表面の酸素種、(b)C2H5OHがC2H5OとHへと解離して吸着、(c) O2が活性化された種(詳細不明)、(d) C2H5OHが銀表面でもC2H5OとHへと解離して吸着、(e) C2H5Oがさらに1つH原子を失ったアルデヒドとなり中間生成物となる、(f) CH3CHOのC–C結合が切れて生じたメチルおよびカルボニル種、ここからメタンCO2、水が生じる
 アルコールを光触媒に加えて紫外線と可視光線を照射した際には、銀ナノ粒子が404 K(約130℃)に加温されながら、中間物質のアルデヒドを生成することを発見しました(図 (a,b))。一方、アルコールと酸素を光触媒に加え紫外線と可視光線を照射した場合は、酸化チタンで活性化された酸素種により、銀ナノ粒子の加温は363 K(約90℃)に抑制されながらメタンCO2、水に分解することが分かりました(図 (d)–(f))。
 アルコールのみを加えた光反応条件では、0.65ナノメートル径の銀ナノ粒子が集まっていくことで3.6ナノメートル径にまで徐々に結晶成長してゆき、同時に温度が404 Kに達しました。この加温の原因は可視光線によるものであることが、紫外線のみを当てた対照実験により分かりました。
 アルコールと酸素を1対2の圧力比で加えた光反応条件では、同様に0.65ナノメートル径の銀ナノ粒子が集まっていくことで3.1ナノメートル径にまで徐々に結晶成長したものの、加温は363 Kに留まりました。このときに、X線を局所温度計として利用するのと同時に局所分析にも用いて、酸素ガスによる銀ナノ粒子の酸化が生じていないことを確認しました。銀ナノ粒子の表層が非常に薄い酸化銀で覆われて可視光線を遮ったのではなく、酸化チタンで活性化された酸素種(図 (c,c‘))が銀ナノ粒子表面に移行し(図 (f))、可視光線の吸収を弱めたものと考えられます。銀表面での可視光線の吸収は、銀の電子が集団で可視光線の波長に共鳴して起きる(注3)ことが知られており、活性酸素種が直接影響するのは大いにあり得るからです。

 これらのことから、アルコールから中間物質であるアルデヒドへの酸化は、紫外線による酸化チタンから(図(a,b))に加え、可視光線による銀ナノ粒子(図(d,e))でも進むことが分かりました。さらに、アルコール中のC–C結合切断を伴うメタンCO2生成には、363 Kに加温された銀ナノ粒子と酸素活性化を担う酸化チタンとの協奏(図(f))により進むことが明らかになりました。本研究では、局所X線温度計を用いることにより、アルコールの光酸化反応の分かれ道が世界で初めて明らかになり、また光反応中の銀ナノ粒子が可視光線で温められ続けるものの、すぐに酸化チタン→反応容器の順に放熱し、熱平衡(注4)に達する様子が認められました。
  • 今後の展望
 本研究で分かった反応過程は、光触媒による持続可能な反応条件を用いて様々な中間物質を選択的に取り出す際の指針となります。また局所X線温度計は、本研究で粒子径が0.5ナノメートルから3.6ナノメートルへと変化していく際にも表面熱振動の自由度の変化を考える上で適用可能であり、粒子径に大きく依存して触媒作用が変わる金–酸化チタンをはじめ、様々な触媒や機能物質の局所温度を測る際に適用が期待できます。
  • 用語解説
注1) 局所X線温度計:身近に用いられるアルコール温度計はアルコールの熱膨張率を基にして温度を測るが、試料にX線を照射した際のX線吸収度を調べると理論的にX線を吸収した原子およびその近くに存在する原子の熱振動度が分かる。熱振動度を基に温度が求められるので、研究グループではこの方法を局所X線温度計、と名付けた。
注2) 化学反応活性化:化学反応は峠を越える移動に例えられ、反応温度の上昇によって起こりやすくなる。これは、熱により峠を越えるためのエネルギーをもらうからである。この峠の高さを活性化エネルギーと呼ぶ。
注3) 局在表面プラズモン共鳴:金や銀のナノ粒子の表面電子の振動と可視光線の波長が共鳴することで、表面電子が集団で励起されること。
注4) 熱平衡:物質に熱が加わる速度と物質から熱が逃げていく速度が釣り合って、物質が一定温度に達すること。
  • 論文情報
 本研究成果は、米国化学会刊行The Journal of Physical Chemistry Cで2021年7月1日(アメリカ東部時間)に電子出版されました。
論文タイトル:Local Silver Site Temperature Critically Reflected Partial and Complete Photooxidation of Ethanol Using Ag–TiO2 as Revealed by Extended X-ray Absorption Fine Structure Debye–Waller Factor
雑誌名:The Journal of Physical Chemistry C
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpcc.1c04076

配信元企業:国立大学法人千葉大学

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