特急列車サフィール踊り子」は、全車グリーン車で定期運行されます。東京と観光地・伊豆を結ぶ点で、大きな需要があるためですが、ではこのスタイルは他線区でも展開可能でしょうか。一路線を例に考察してみます。

そもそも「サフィール踊り子」とはどんな特急列車か

サフィール踊り子」は2020年3月14日にデビューした、「スーパービュー踊り子」に代わる特急列車です。JR東日本は新型のE261系電車を導入し、全車グリーン車の定期特急列車として、東京~伊豆急下田間で1日1往復運転しています。繁忙期などの特定日にも、臨時列車が1往復運転されます。なお、全車グリーン車かつ座席指定の定期特急列車は、国鉄時代も含めても「サフィール踊り子」が最初です。

「全車」という形態は“高級路線”ともいえますし、特急をワンランク上に押し上げた新たな姿とも言えるかもしれません。この形態は今後、他でも広がっていくのでしょうか。

サフィール踊り子」は1編成8両。伊豆急下田寄りの1号車は「プレミアムグリーン車」、2号車・3号車はグリーン個室であり、4人用と6人用の個室が備わります。4号車はカフェテリアであり、主にヌードルやスイーツが提供されます(2021年6月現在、新型コロナウイルスの影響で中止)。5~8号車は一般的なグリーン車で、5号車はバリアフリー対応とされています。なお、「スーパービュー踊り子」のグリーン車で提供されていたお手拭きやコーヒーのサービスは、「サフィール踊り子」では一切実施されません。

スーパービュー踊り子」は個室も含めてグリーン車が2両連結され、残りの車両は普通車でした。そして先頭車や2号車のグリーン車は、ダブルデッカー構造が採用されていた一方、「サフィール踊り子」は全車が平屋構造です。これは2000(平成12)年にバリアフリー法が施行されたこともあり、身障者や高齢者に対する配慮ゆえのことです。

ところで、先述の通り「サフィール踊り子」は全車がグリーン車です。客単価が高いグリーン個室や「プレミアムグリーン車」が導入されたとはいえ、定員が少なくなる上に1編成が8両編成と短くなっています。それならば「スーパービュー踊り子」タイプの電車を導入した方が、JR東日本も増収になることは確かでしょう。

オールグリーン車の定期特急、どこなら運行できそうか

JR東日本は「サフィール踊り子」の導入に際し、ゆったりとしたプライベート空間やくつろぎ感を重視しています。それゆえ普通車を設けずカフェテリアを設け、車内販売を実施しました。ただ「スーパービュー踊り子」で好評であった「子どもの遊び場」などは姿を消しています。

それでも「サフィール踊り子」が高級路線に舵を切ったのは、沿線に首都圏という巨大なマーケットを抱える上、向かう先が別荘地として有名な伊豆高原、高級温泉旅館の多い伊豆熱川、伊豆稲取だからです。「1日で良いから『非現実的な旅』をしたい」と思う、高額所得者による需要が多いことも確かでしょう。

では、このような全車グリーン車かつ座席指定車の定期特急列車を、他の路線で展開しようとすれば、どこで成り立つでしょうか。

結論をいえば、筆者(堀内重人:運輸評論家)は北陸本線を経由する大阪~和倉温泉間ぐらいかと考えます。北陸地方には、芦原温泉、粟津温泉山中温泉山代温泉片山津温泉、和倉温泉などのメジャーな温泉が点在します。特に和倉温泉の加賀屋は高級温泉旅館として有名であり、先述した伊豆のような「非現実的な旅をしたい」という需要が多くあります。

事実、国鉄時代から特急「雷鳥」に併結させる形で、全車グリーン車で構成されたジョイフルトレインゆぅトピア和倉」が運転されるなど、「サフィール踊り子」のような特急列車が育つ土壌があります。また特急「雷鳥」にはグリーン車が2両も連結されたほか、食堂車が健在であった期間も長く、食堂車が廃止された後も、一部の列車に和風車「だんらん」が連結されました。

温泉の宿泊客だけでなく、大阪~金沢間はビジネス需要も多いため、全車グリーン車かつ座席指定の定期特急列車も成立するかもしれません。しかし北陸本線は、2023年ごろに予定されている北陸新幹線敦賀駅延伸に際し、金沢~敦賀間が並行在来線としてJRから切り離されます。新しいタイプの特急が実現する可能性は低いばかりか、大阪や京都から和倉温泉などへ行く場合、敦賀と金沢で2回も乗り換えを強いられることになります。

もし大阪~和倉温泉で「サフィール」走らせたらどんな列車に?

ここからは、仮に大阪~和倉温泉間で「サフィール踊り子」のような特急を運行した場合のダイヤやサービスを考えてみます。

大阪~和倉温泉間で運行するとすれば、1日1往復とし、大阪駅の発車は午前10時半ごろ、和倉温泉駅の到着は14時半ごろの到着が望ましいでしょう。復路は和倉温泉駅15時半ごろに発車し、大阪駅着は19時半ごろになるでしょう。

列車は7両編成ほどが良く、1両は食堂車として、北陸地方の海産物などを使用したメニューを提供してはどうでしょうか。幸いなことに、金沢~和倉温泉間では観光列車「花嫁のれん」が運行されていることから、このメニューをさらにグレードアップしてみればと筆者は考えます。

残りの車両は、グリーン個室を2両、開放型のグリーン車を4両としてみます。グリーン個室は、洋風以外に和風も導入し、「乗車した時から、そこは高級温泉旅館」という気分を盛り上げる演出が必要でしょう。

開放型グリーン車は、大阪~金沢間のビジネスマンや用務客などの利用も想定します。新幹線では敦賀駅での乗り換えを強いられますが、直通の特急列車でも所要時間ではさほど短縮効果は見込めません。それならば、ゆったりとグリーン車で旅行したいビジネスマンもいることでしょう。

大阪~和倉温泉間に、「サフィール踊り子」のような定期特急列車を運行すれば、利用者のきめ細かいニーズへの対応、乗り換え解消の利便性の維持以外に、並行在来線を運営する第三セクター鉄道の活性化にも貢献すると思われます。新幹線の開業により、JRから切り離された並行在来線を運営する第三セクターは、稼ぎ頭の特急列車が無くなり、厳しい経営を強いられます。新しいタイプの特急が、その解決策のひとつになるのではと筆者は考えます。

特急「サフィール踊り子」に使われているJR東日本のE261系特急形電車(2020年3月、伊藤真悟撮影)。