本書は、戦時中の教科書『初等科地理』上下巻の合本で、当時の小学校における地理教育の、驚くべきレベルの高さを示す内容となっている。上巻では日本地理、下巻では大東亜の地理を扱う。本書には、戦後75年以上が経過して日本の各地域がどう変化したかを理解できる、郷土史料的な側面もある。
内地篇では、記述は産業地図の俯瞰が続くかと思うと、さりげなく源頼朝が幕府に選んだ土地の地政学的重要性を挿入している。なかなかの工夫である。戦略上、河川、橋梁、道路、鉄道、そして発電所は国防上重要なポイントであるが、そうした背景も自然なかたちで表記されている。つまり戦略的発想を植え付ける教育が巧みに施されていたのだ。
戦後の地理教科書で、本書に見られる「国防上非常に大切なところ」という記述にお目にかかったことはない。いや、文科省の教科書検定官はこういう記述を不合格の口実にしかねないほど現代の文部行政は怪しくなっている。
外地篇では西欧列強の植民地支配の残酷さ、その桎梏を取り払った日本の勇敢さと今後の使命が語られている。これらの地域のほとんどを筆者は取材した経験があり、端的に戦略的資源分布を、戦時中の教科書がしっかり教えていたことに驚きを禁じ得ない。
この教科書を解説するにあたって筆者は二回読んだ。読めば読むほどに味が深く、しかも当時の小学生は、これほど高いレベルの地理教育を受けていたのかと感動を深くした。
宮崎正弘(評論家)
【書籍情報】
書名:[復刻版]初等科地理
著者:文部省
仕様:A5並製・240ページ
ISBN:978-4802401234
発売:2021.07.05
本体:1700円(税別)
発行:ハート出版
商品URL:http://www.810.co.jp/hon/ISBN978-4-8024-0123-4.html
配信元企業:株式会社ハート出版
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