高齢で懲役は困難?

 東京・池袋で2019年4月、暴走した車に母子がはねられて死亡した事故を巡り、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪で起訴された飯塚幸三被告(90)=旧通産省工業技術院元院長=に対し、東京地検が7月15日、禁錮7年を求刑しました。「禁錮7年は起訴された罪の法定刑の上限」との報道もありますが、ネット上などでは「刑が軽い」「2人が亡くなっているのに軽過ぎる」といった声が上がっています。

 判決で「禁錮7年」より重い刑になる可能性はないのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

厳密には「懲役7年」が最上限

Q.今回、飯塚被告が起訴された罪では「禁錮7年」が本当に上限なのでしょうか。

佐藤さん「飯塚被告が起訴された罪は自動車運転処罰法(正式名称『自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律』)5条が定める『過失運転致死傷罪』です。過失運転致死傷罪の刑罰は『7年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金』と定められています。今回の事故では、母子2人が亡くなり、9人が重軽傷を負ったということですが、一つの事故によって多数の人を死傷させたとしても、過失運転致死傷罪の刑罰を加重することはできません。

そのため、『禁錮7年』は法律に基づき、自由を奪う期間としては『最長』であり、多くのメディアが『上限』と報じています。ただし、厳密には『懲役7年』が法律上の最上限になります。なぜなら、懲役と禁錮とでは、懲役の方が重いからです(刑法9条、10条)」

Q.懲役と禁錮の違いを教えてください

佐藤さん「懲役は刑事施設に拘置して、所定の作業を行わせる刑です(刑法12条)。それに対して、禁錮は刑事施設に拘置する刑です(刑法13条)。すなわち、両者の違いは刑務作業を強制されるか否かであり、先述した通り、刑務作業をしなければならない懲役の方が重い刑罰とされています」

Q.今回は懲役ではなく、禁錮の求刑でした。なぜ、懲役ではないのでしょうか。

佐藤さん「過失による交通事故の場合、検察官は懲役刑ではなく、禁錮刑を求刑することが一般的です。例えば、目まいを起こしたのに運転を中止せず、交通事故を起こし、2人を死亡させたというケースでも、検察は禁錮4年を求刑し、禁錮3年の実刑判決が下ったという裁判例があります。そのため、本件でも今までの慣例に従って、禁錮刑を選択したのではないかと考えられます。また、飯塚被告が高齢のため、懲役刑の刑務作業が困難であるということも考慮された可能性はあるでしょう」

Q.禁錮が懲役に変わるなど、求刑より重い判決が出る可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「一般論としては、検察官の求刑より重い判決を出すことはあり得ます。求刑はあくまで検察側の意見であり、裁判所がこれに拘束されることはないからです。しかし、今回のケースでは、自由を奪う期間としては法律上の上限に当たる『禁錮7年』の求刑であり、また、飯塚被告が高齢であることも考えると、裁判所が懲役刑に変更する可能性は低いでしょう。従って、飯塚被告の裁判において、求刑より重い判決が出る可能性はほぼないと思います」

Q.上限が7年の場合、それを超える刑を求刑したり、判決で出したりすることはできないのでしょうか。

佐藤さん「法定刑を超える刑を求刑したり、判決を出したりすることは法律上できません。もし誤って、法定刑を超える判決を出してしまった場合は裁判で是正する必要があります。今年1月、検察官が法定刑の上限を6月超える刑を求刑し、裁判所が6月超えた違法な判決を出したという事案がありました。

このケースでは、法律で定められた最高刑が『懲役2年、罰金250万円』だったところ、検察が被告2人に対し『懲役2年6月、罰金100万円』を求刑し、裁判所が『懲役2年6月、執行猶予4年、罰金80万円』と『懲役2年6月、執行猶予5年、罰金50万円』の判決を出したというものです。検察は違法な判決を是正するため控訴しなければならず、この件では、検察側からも弁護側からも控訴がなされました」

Q.法律上の上限とはいえ、今回の求刑について「7年は軽い」という声もあります。率直にどのように思われますか。

佐藤さん「2人の尊い命が奪われていることや、飯塚被告が客観的証拠に反する供述をし、そのことが被害者遺族をさらに苦しめていること、被害者遺族の処罰感情が極めて強いこと、ブレーキアクセルを踏み間違えるという過失の内容などを踏まえると、『7年は軽い』というのが国民の感情だろうと思います。

ただし、7年は法律で定められた上限ですし、過失運転致死罪の求刑は一般的に、長くても禁錮3年~5年程度が多いことを考えると、懲役刑を選択しなかったとはいえ、検察側としては、考え得る中で最も重い求刑をしたといえるでしょう。今後、判決へと進みますが、過失運転致死罪では執行猶予がつく判決も多く、裁判所の判断に注目したいと思います」

Q.被告が高齢のため、収監(刑事施設への収容)が難しいのではないかとの見方もあります。一方で、遺族感情や、実際に車を運転して事故を起こしたことから、収監すべきとの見方もあります。高齢という理由で収監されない可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「刑事訴訟法482条は『刑の執行によって、著しく健康を害するとき、または生命を保つことのできないおそれがあるとき』や『70歳以上であるとき』など一定の場合に、検察官の判断で、刑の執行を停止することができると定めています。仮に、飯塚被告の実刑判決が確定したとすると、飯塚被告は70歳以上ですから、この規定に該当し、検察官の判断次第では、刑事施設に拘置されない可能性もあります。

ただし、刑の執行が停止されるのは、よほど重大な事由がある場合に限られており、年齢だけでなく、健康状態、治療の要否なども考慮されるでしょうし、犯罪の重大性や社会的影響、被害者の処罰感情なども考慮される可能性が高いです。従って、実刑判決が確定した場合、車を運転することができていた飯塚被告の刑の執行が停止される可能性は低いでしょう。

仮に刑の執行が停止されたとしても、逃亡は許されず、健康状態や治癒状況など定期的に確認されます。また、停止の事由が消滅すれば、執行停止が取り消され、刑事施設に収容されることになります」

オトナンサー編集部

飯塚幸三被告(2019年6月、時事)