ポーランドがアメリカ製戦車「エイブラムス」最新型を大量購入すると発表しました。同国はドイツ製「レオパルド2」戦車のほか、旧ソ連T-72戦車も運用中です。兵站の不利を差し置いたこの決断、背景にどんな事情があるのでしょうか。

ポーランド 現「世界最強戦車」を大量取得へ

ポーランドのヤロスワフ・カジンスキ副首相は2021年7月14日、ワルシャワ近郊の第1機甲旅団「ワルシャワ」が駐屯するウェソワを訪問した際、「非常に良いニュースをお知らせします。早ければ来年には現在世界で最も近代的な『エイブラムス』戦車を大量に導入します……少なくとも4つの戦車大隊を編成するのに十分な数になります」とスピーチしました。M1A2エイブラムス」戦車の最新バージョンであるSEPv3(システム拡張型バージョン3)を250両、購入することを発表したのです。

M1A2SEPv3」は、2015(平成27)年10月にメーカーのゼネラルダイナミクイスが公開したM1A2の最新バージョンです。主に防御力を強化して生存性を高め、デジタル機器がアップデートされたほか、外見上、遠隔操作式銃塔(リモートウエポンステーション)が追加されているのが特徴です。アメリカ陸軍でも2020年7月から配備が始まったばかりです。

ポーランドのマリウシュ・ブワシュチャク国防相は、M1A2 SEPv3戦車について「最高の装備で利用可能な戦車、戦闘実績のある戦車、最新のロシアT-14『アルマータ』戦車に対抗するために作られた戦車」と述べました。このスピーチは、ポーランドの安全保障環境を物語ります。

ポーランド第2次世界大戦後、ソ連を中心とする東側陣営のワルシャワ条約機構に属して、アメリカを中心とする西側陣営のNATO(北大西洋条約機構)と対峙していました。しかし1991(平成3)年7月にワルシャワ条約機構は解散、その年の12月にはソ連が崩壊します。ポーランドはその後、1999(平成11)年にかつて対峙していたNATOへ加盟し、今度は対ロシアの最前線となりました。

東西の代表的戦車が並ぶポーランド なぜいま「エイブラムス」なのか

東側から西側へ「鞍替え」しましたが、ポーランド軍の兵器や装備はまだ旧ソ連製が多く残っています。NATO標準に更新したいところですが、それには大変なコストと時間が掛かります。戦車もまだ旧ソ連製のT-72シリーズが過半数を占めており、旧式化していますが予算の制約もあって、近代化改修してPT-91という形式で運用を続けています。

T-72の更新としてポーランド陸軍が導入したのは、ドイツの「レオパルド2」です。レオパルド2A4バージョンを130両、レオパルド2A5バージョンを105両購入しました。さらに2A4はポーランド版近代化改修型レオパルド2PLの準備を進めています。ポーランド陸軍の「虎の子」です。

そして今度は、アメリカからM1A2エイブラムス」を買い入れるというのです。取得するM1A2は、第18機械化師団の第1機甲旅団「ワルシャワ」と第19機械化旅団に配置されます。同師団はレオパルド2A4と2A5を優先して受け取っていた第一線部隊です。

レオパルド2の追加購入ではなく、なぜM1A2という選択になったのでしょうか。T-72シリーズ、レオパルド2シリーズにM1A2エイブラムス」という3本立ては、ランニングコスト的にも不利に思われます。

たとえばT-72とレオパルドはディーゼルエンジンですが、M1A2ガスタービンエンジンで、使用する燃料が違います(M1A2は一応、軽油も使用できますが通常は航空機用ジェットエンジンと同じJP-8を使います)。ましてやM1A2は燃料を「バカ食い」する燃費の悪さもあり、兵站には負担になります。

それでもM1A2を購入する理由は、2015年に登場したロシアT-14に対抗できて、すぐに手に入る戦車の選択肢が少ないということです。ポーランドドイツフランスが共同開発している次世代のヨーロッパ標準主力戦車(MGCS)に関心を示していますが、完成まで時間が掛かります。

アメリカの「外交カード」としての「エイブラムス」

もうひとつ考えられるのが、アメリカと西欧諸国との外交バランスです。

NATOといっても一枚岩ではありません。現在トルコはアメリカや西欧と対立していますが、れっきとしたNATO加盟国です。ポーランドなどNATOに新加盟した東欧諸国と古参の西欧諸国とのあいだには溝があります。歴史的にもお互いに砲火を何度も交えており、82年前にポーランドドイツ軍(とソ連軍にも)攻め込まれています。一方、アメリカにこうしたしがらみはありません。

またアメリカは、M1A2を装備した機甲旅団戦闘団をローテーションでポーランドに駐留させ、毎年アメリカ軍が基幹となったNATO演習も行われています。ポーランドの国防にアメリカ軍の存在は必須であり、アメリカと同じ戦車を保有することはインターオペラビリティ(相互運用性)からも有利です。

M1A2は名実ともに「世界最強戦車」とうたわれるだけあって、アメリカの外交的なカードとしても使われます。トランプ前政権は2019年7月に、台湾へM1A2T(台湾向け改修型)108両の売却を決定して、中国に圧力を加えるツールとしました。ポーランドM1A2の導入を決めたことは、間違いなくロシアへの外交的メッセージになります。アメリカの対ロシア圧力とポーランドのアメリカに頼りたい事情が合致して、今回の商談成立となったようです。

費用について公式発表はありませんが、車両本体と乗員訓練とロジスティックパッケージ、弾薬も併せて233億ズロチ(約60億ドル)といわれています。注目されるのは、今回の調達費は閣僚会議の決議に基づいて国防予算外から計上されるということです。カジンスキ副首相が「非常に良いニュース」と述べたのは示唆的です。

一方2021年3月4日ロシアのショイグ国防相がT-14の本格量産を開始し、最初の生産分が2022年から部隊に引き渡されると発表しています。新冷戦はまだ続きます。主力戦車3本立てとなり不利と前述しましたが、そういえば島国日本も74式戦車90式戦車10式戦車の3本立てでした。

ポーランドで行われたNATOの演習「ディフェンダーヨーロッパ」に参加したアメリカ軍のM1A2SEPv3「エイブラムス」戦車(画像:アメリカ陸軍)。