(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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「日本が台湾有事に軍事介入すれば、中国は即座に日本への核攻撃に踏み切る」という戦略をまとめた動画が中国全土に拡散した。

 この「日本核攻撃戦略」は米国、インド、韓国、台湾などで多数のメディアによって報道された。だが当事国の日本ではまだあまり報じられていない。中国政府や軍当局が公式に表明した戦略ではないにせよ、日本はこんな自国の存亡にかかわる威嚇を無視することはできないだろう。

日本は「核先制不使用」政策の例外

 まず、どんな動画なのかを説明しよう。

 その内容は、中国が台湾に武力を行使した際に日本が軍事介入すれば、中国は即座に日本へ核攻撃を仕掛ける──という趣旨である。

 動画は計5分50秒ほどの長さにまとめられている。制作にあたったのは中国の民間軍事評論グループ「六軍韜略」である。このグループ中国人民解放軍の幹部だった人物らを中心とし、独自のサイトを運営して、軍事の戦略や評論を頻繁に発表する。サイトは昨年(2020年11月に開設され、約130本の動画を掲載している。各動画は5万~2000万ほどの再生回数があり、影響力のきわめて大きな軍事情報サイトだという。

 その六軍韜略が、「核攻撃での日本平定」と題する動画を7月11日に一般向けの動画サイト「西瓜視頻」(Xigua Video)に掲載した。動画では女性のナレーションと映像で人民解放軍の日本に対する核攻撃戦略を解説していた。

 その骨子は以下の通りである。

・日本では安倍晋三前首相が進め、菅義偉首相が続けた極右反中路線や新軍国主義が蔓延し、中国に戦争を宣言する国民的な基礎を固めた。とくに最近では麻生太郎副首相が「中国が武力で台湾を併合しようとすれば、日本は米国とともに台湾を防衛する」と言明し、岸信夫防衛相、中山泰秀防衛副大臣らも同様の趣旨を語っている。

・中国は、日本が台湾有事に1人の兵士でも1機の軍用機でも送って参戦した場合、ただちに日本に核攻撃を行う。この戦いは全面戦争であり、日本が完全に降伏するまで核攻撃を続ける。日本はすでに核攻撃の被害を体験し、核には過敏に反応するから、中国の対日核攻撃はごく小規模でもその目的を達成できるだろう。

・中国は1964年核兵器を開発して以来、たとえ有事でも核兵器は戦争の相手国より先には使わないという「核先制不使用」の政策を明示してきた。核攻撃は中国が核の被害を受けた場合のみの報復に限るという方針だが、日本だけは例外とする。日本は日清戦争日中戦争と中国を2回も侵略し、日中戦争では3500万人の無辜の中国人民を殺し、今また中国を侵略しようとしているからだ。

・中国が日本を先制核攻撃の標的という例外にする背景には、近年の国際情勢の変化があり、これまでの不先制使用が時代遅れになったという面もある。また中国は日本への核攻撃の際には、尖閣諸島(中国名・釣魚島)と沖縄(中国側は琉球と呼称)を奪回する。両域とも中国の領土に戻すか、あるいは独立を認めるかは、その後、検討していく。

 動画は以上のような「対日戦略」を、菅首相や麻生副首相など日本政府の首脳や自衛隊の活動の映像を盛り込みながら展開していた。映像には、旧日本軍の中国での軍事行動や、中国側の核実験核ミサイル発射の光景なども使われていた。

 この動画は米国の中国系記者が報道すると、その2日後に西瓜視頻から削除された。ただしその2日の間に中国で合計219万人からのアクセスがあったという。そして同じ動画が中国北西部の陝西省宝鶏市の共産党委員会サイトに転載され、また誰もが視聴できるようになった(YouTubeアップされた動画はこちら)。

 この日本核攻撃論は中国政府の公式方針ではないとしても、共産党委員会サイトに転載されたということは、政府が暗に日本への威嚇の効果を認め、拡散を容認しているということになる。

憎悪に満ちたナショナリズムの扇動

 歴代米国政府は、同盟国である日本に対して「核の傘」の方針を誓約してきた。つまり、日本が外国から核兵器による威嚇や実際の攻撃を受けた際には、米国が抑止や報復にあたるという「拡大核抑止」の方針だ。

 そもそも日米安保条約に基づく日米同盟においては、中国の日本に対する軍事攻撃は核・非核を問わず米国への攻撃に等しいと見なされ、米国の反撃を招くこととなる。だから日本への核攻撃は、米国の中国に対する報復の核攻撃を招くことを意味する。この動画の主張のように、日本への核攻撃は日中間だけの戦いでは済まされないのだ。

 この動画の内容は、CNNニューウィークラジオフリーアジアRFA)といった米国メディアによっても詳しく報道された。米国政府はまだコメントをしていないが、たとえ「民間」とはいえ中国側の組織が日本への核攻撃を宣言したことは、同盟国の米国に波紋を広げた。

 中国研究の専門家たちも、多くが反応した。その一例として中国の軍事戦略に詳しい前米国海軍大学教授で現在はワシントンの大手研究機関「戦略予算評価センター」上級研究員を務めるトシ・ヨシハラ氏の見解を紹介しよう。ヨシハラ氏は次のような見解を述べた。

・米欧側では、「中国の政府や軍の公式の戦略ではない」としてこの動画を軽視する向きも出てくるだろう。動画が中国当局によりすぐに当初のサイトから削除されたことも軽視の理由になるかもしれない。だがこの動画が示しているのは、中国側全体の日本に対する国家的、国民的な感情だという大きな構図を見失ってはならない。憎悪に満ちたナショナリズムの扇動なのだ。

・この種の対外嫌悪は中国共産党政権により意図的に奨励されている。とくに日本の国家と国民に対する敵対心は中国の一般だけでなく、エリートと呼べる政策形成層にも深く根を下ろしている。この種の歪んだ対日観は、戦略的な危機に際して間違った判断、錯誤の決定を生む危険が高い。だから日米両国はともに中国のそうした歪みを是正する必要がある。

・さらに懸念されるのは、どのような条件下で中国当局が公式の核戦略から逸脱するのかという疑問を、この動画が提起した点だ。中国政府が日本への核の威嚇をどんな状況で行使するのかを、日米同盟として考えなければならない。近年、人民解放軍が核戦力を拡大し、とくに米国には届かないものの日本を射程に納めたDF-26のような中距離弾道核ミサイルの増強を急いでいることを日米両国は警戒すべきだ。

 以上のようなヨシハラ氏の分析をみても、今回の動画は日本側が決して無視することはできない中国側の新しい日本核攻撃論だといえよう。

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