(舛添 要一:国際政治学者)

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 東京五輪が始まった。東京に緊急事態宣言が発出され、首都圏新型コロナウイルス感染者うなぎ上りとなる中での開催である。

 東京都の20日の感染者数は1832人、前週の水曜日より683人増、21日には1979人で前週の木曜日より671人増と、前週の1.5倍のペースで増えている。このスピードで感染が拡大すると、大会期間中に2000人を超えるのではないかと心配になる。緊急事態宣言の効果もなく、途中で中止にもなりかねない綱渡りの五輪である。

 しかも、連日の猛暑である。屋外での競技は、アスリートの健康にとってはマイナスで、五輪の意義も失われてしまう。

なぜ酷暑の時期に開催されるのか

 コロナ禍での五輪強行開催によって、これまでタブー視されてきたオリンピックの様々な問題点が浮き彫りになってきている。心ある者は、問題を認識していたが、それを公にするとIOCをはじめスポーツ関係者から非難されるので口をつぐんできたのである。しかし、非常識がまかり通る実態に、市井の人々から率直な疑問の声が高まっている。

 第一の問題は、なぜ酷暑の夏に五輪を開催するのかという点である。

 真夏に五輪を開催するのは、放映権料を支払うテレビ局の都合である。NBCは10回の放映で1兆3000億円を支払うことをIOCと契約しており、このカネが運営費の大部分を賄うために、局の意向に沿わざるを得ないのである。

 テレビ局は、視聴率がとれる花形スポーツ夏休みのときに、穴埋めのために五輪を放映するのである。オリンピックなら視聴率はとれるし、その分CM収入も増えるので採算が合う。

開催時期も競技時間もNBCの都合優先、選手にとってのコンディションなど二の次

 すべては、テレビ放映を中心に回っている。マラソンと競歩の会場は、東京の暑さを考慮して札幌に移されたが、都知事時代の私は、東京で行うことを前提に、競技時間の設定を考えた。深夜は昼間の熱が残っているので、まだ暑い。

 そこで、朝4時にスタートすることを提案した。そうすると、6時半頃には終わるので、一日の中で最も涼しい時間帯を選んだことになる。しかし、これはIOCの承認するところとはならなかった。それは、まだ薄暗いので、カメラを回しても選手の顔が鮮明に見えず、テレビ放映には相応しくないという理由であった。そこで、撮影に向くように明るくなってからということであった。暑い時間になっても、選手の健康よりも、カメラ撮影が優先なのである。

 しかし、2019年9月〜10月にドーハで行われた世界陸上で、高温多湿な気候のため、女子マラソンでは、68人の選手のうち、28人が途中棄権し、男子50km競歩でも約4割が棄権した。気温30度・湿度75%以上という「地獄」で、「死なないためには棄権しかなかった」と棄権した選手は言ったという。男女ともマラソンは、真夜中に出発したが、棄権者数で記録を更新した。

 東京は、ドーハ以上に苛酷な気象条件であり、IOCマラソンと競歩の札幌移転をドーハ大会直後の10月16日に決めたのである。マラソンは、フィナーレを飾る五輪の華である。東京の名所を走りながら、全世界に東京の歴史と現在をアピールし、その魅力を伝える一大イベントなるはずであった。それが、札幌に移るのなら「東京五輪」と言い難いはずである。

 しかし、ドーハの苦い経験から、さすがのIOCも「背に腹は代えられない」という気分になったのであろう。そうしなければ、東京大会がドーハの二の舞になって、棄権者や故障者が続出し、アスリート・ファーストが建前だけの嘘であることが露呈してしまうからである。

 テレビ放映権の問題で、どうしても夏の開催が動かせないのなら、夏でも涼しい都市(日本では北海道のみ)で開催すべきであり、平均気温30℃以下、湿度50%以下といった基準を設けて、開催都市への立候補要件とすべきである。そうすると、北半球では亜寒帯より寒冷な地域に限定される。南半球では、夏と冬が逆なので多くの都市が候補となり得る。

 1964年東京五輪は秋の寒からず暑からずという最高の気候の下で行われた。しかし、1984年ロサンゼルス五輪以来、オリンピックの商業主義が進行していったのである。とりわけ放映権料の高騰は甚だしく、開催時期もテレビ局の意向に沿わざるを得なくなった。

 このような商業主義の行き過ぎについて、検討を加えるべき時期に来ているのではないか。スポーツ振興にはカネがかかる。五輪の収入も、各種のスポーツ団体に配分される。興行収入、つまりチケットの売り上げが多いサッカーラグビーのようなスポーツは自力で生き残れるが、その他多くのスポーツは政府などの援助がなければ発展させることは不可能である。その意味でも、五輪のイメージ低下は大きな打撃となる。

あまりにも特権的なIOCの立場

 第二の問題は、IOCと主催都市の力関係である。五輪の主催者は国ではなく、都市である。つまり、東京都であり、日本国ではない。組織委員会は大会の運営を行うために、東京都JOCが作った組織である。

 組織委が財政的に運営が困難になったときには、まずは東京都が補填し、それでも不可能な場合、日本国カバーするという約束がIOCとの間で交わされている。たとえばチケット収入である。今回はほとんどの会場が無観客となったために、900億円と見込まれていた収入が27億円に激減している。その補填は、組織委には無理なので東京都、つまり都民の税金で補うことになる。東京都の財政規模からすると、国に頼らなくても大丈夫だと思うが、コロナ禍で思わぬ負担増が生じてしまった。

 IOCは一切負担しないという恵まれた立場にある。IOCと主催都市の関係は、平等な関係にはほど遠く、主従関係と言っても過言ではないくらいに、IOC優位になっている。それは、五輪開催地に立候補する都市が多く、いわば買い手市場で、いくらでも価値を釣り上げることができたからである。

 2013年9月のブエノスアイレスIOC総会で、IOC委員の投票により、イスタンブール、マドリードに競り勝って東京大会の招致が決まったが、その過程における票の獲得競争には激しいものがあった。IOC委員を買収してでも開催を勝ち取ろうとする不祥事も起こり、毎回のように贈収賄疑惑が起こっている。竹田恒和前JOC委員長フランス司法当局の捜査の対象になったことは周知の事実である。

 誘致する側は、単にスポーツ振興といった善意の理由からではなく、経済波及効果を狙っている。1964年東京五輪は、日本の戦後復興を後押しした。つまり、これは発展途上国が「離陸」するための推進力である。しかし、開催費用の高騰から、もはや発展途上国が五輪を開催することは不可能になっている。

主催者は開催都市なのに「最終決定権はIOCにある」とはどういう理屈か

 Tokyo2020の場合、33兆円の経済効果があるというのが錦の御旗であり、それを旗印にして3兆円もの開催経費を正当化したのである。IOCにとっては、五輪開催の利点を吹聴することが可能となり、「五輪を誘致すれば金儲けができる。だから自分たちの言うことを聞け」という態度になるのである。

 私の経験からすれば、IOCは、都知事に対して「主催者は東京都なのだから経費を負担するのは当然だ」と言いながら、「最終決定権限はIOCにある」と言い張る。まさに自分の都合によいように言い方を変えるのである。

 しかし、そのような態度をとれる時代は終わりになりつつある。ワシントンポスト紙が「ぼったくり男爵」とバッハ会長を揶揄したように、IOCの傲慢な態度が白日の下にさらされている。しかも、巨額の経費のかかる五輪誘致に手を挙げる都市が激減している。市当局が立候補を表明しても、住民投票で葬り去られる。

 2024年夏季五輪のハンブルクがそうで、バッハ会長の母国ドイツである。また、2026年冬季五輪については、カナダのカルガリー、スイスのグラウビュンデン州で、住民投票によって否決されている。

 このような傾向は今後とも続くと考えられており、IOCも危機感を抱いている。そこで、2024年はパリ、2028年ロサンゼルスと、2都市を同時に決めて2回分を事前に押さえておくという異例の手法を用いたのである。そして、2032年オーストラリアのブリスベンに「何となく」決まってしまった。複数の候補都市による競争も、選挙もなかったのである。

いつパンデミックが発生しても不思議でない時代、今こそ開催方法を考え直すべき

 第三の問題は、パンデミックのときに五輪をどうするかという問題である。戦争の時には、1916年のベルリン大会が中止、1940年の東京大会は返上、ヘルシンキ大会は中止、1944年ロンドン大会は中止、冬季五輪は、1940年の札幌が返上、サン・モリッツは返上、ガルミッシュ・パルテンキルヘンが中止、1944年のコルチナ・ダンペッツォが中止になっている。

 それでは、今回のようなパンデミックのときにはどうするのか。「1920年のアントワープ大会はスペイン風邪のときに挙行しているので、パンデミックに見舞われても構わずに開催すべきだ」という主張もあるが、それは当時の状況を理解していない者の間違った議論である。これについては、6月19日の本欄で解説しているが(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65734)、すでにヨーロッパではスペイン風邪は収束していたのである。

 地球温暖化、そして異常気象は今後5〜6年に1度は病原体が新たな感染症をもたらす。その度に、今回の東京大会のように混乱するのは、御免被りたいものである。そこで、上記記事でも触れたように「パンデミックが起きた場合、開催6カ月前までにWHOパンデミック収束宣言を出さない限り、五輪開催は4年後に先送りし、その後の五輪は順送りする」という“6カ月ルール”を作るべきである。そのルールが出来ていれば、今回だと2024年東京、2028年パリ、2032年ロサンゼルスとなる。

 このルールを決めれば、今回のように、直前になって調整したり、選手がコロナ感染で棄権したりするというような混乱は生じないであろう。いずれにしても、五輪やIOCのあり方を世界中で議論すべき秋がきている。

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