東京五輪7月23日に開幕しましたが、東京は連日、猛暑が続いています。新型コロナウイルス流行の影響で、当初予定より来日が遅れたアスリートも多く、暑さに慣れる時間がないままの高温多湿環境下での競技では、2019年のドーハでの世界陸上のような熱中症の多発も懸念されます。

 2013年9月の招致レースの際、東京都などは立候補ファイルで、夏の東京について、「この時期の天候は晴れることが多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と書いていましたが、海外の選手からは「どこが理想的な気候だ」という声も出かねません。

「虚偽」ともいえる内容で五輪を招致したことについて、関係者に法的責任はないのでしょうか。万が一、熱中症で重症化する選手や亡くなる選手が出た場合、招致者の法的責任は問えるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

IOCへの申し立て

Q.東京五輪は夏の東京が「アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と立候補ファイルに書いて、マドリードやイスタンブールとの争いに勝って、誘致に成功しました。しかし、実際は連日の真夏日が続き、猛暑日に迫る日もあります。「招致の際に虚偽を書いていた」、法的責任を問うことはできないのでしょうか。

牧野さん「招致レースで落選したマドリードやイスタンブール東京都、あるいは国際オリンピック委員会IOC)に対して、招致決定の妥当性を争ったり、招致できなかったことで発生した損害(誘致活動に要した費用など)の賠償を要求したりできるかという観点で考えてみましょう。

その場合、まずは決選投票で残ったイスタンブールが(東京都に対して、ではなく)IOCに対して、招致決定の妥当性を争うことになります。オリンピック招致の経緯について紛争があれば、オリンピック憲章では、IOC理事会、もしくはスポーツ仲裁裁判所(スイスローザンヌ)へ申し立てて、判断されることになっています。

申し立てるためには、気候の要素が招致の判断に決定的に影響したことを証明しなければなりません。しかし、『アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候、という立候補ファイルの記述がなければ、イスタンブールが確実に当選した』ことの証明は難しく、さらに、いまさら、招致決定の取り消しも難しいので、それを前提とする損害賠償責任を問うことも一般には困難でしょう。

また、虚偽と考えられる内容を立候補ファイルに書いた東京都側の責任についてですが、やはり、『立候補ファイルの記述がなければ、イスタンブールが確実に当選した』ことの証明は難しいので、同様に責任を問うのは難しいと思います」

Q.五輪への立候補都市は減ってきていますが、サッカーワールドカップなど国際的スポーツイベントの招致は過熱する場合があります。虚偽の内容をアピールして招致活動をすることは、国際法などで問題になることはないのでしょうか。

牧野さん「虚偽の内容により誘致が決定された場合、本来は当然に問題とされるべきです。しかし、これまでに、虚偽の内容をアピールしたことが具体的に問題となった事例はないようです。先ほどの質問に対して回答したように、誘致決定の妥当性を争うことが非常に難しいためと思われます」

Q.では、国際的スポーツイベントを虚偽の内容をアピールして誘致した後、虚偽だったことが発覚しても、開催権を剥奪したり、誘致決定を取り消したりすることはできないということでしょうか。

牧野さん「先述したように、オリンピック招致の紛争は、IOC理事会かスポーツ仲裁裁判所へ申し立てて判断されることになりますが、実際には、誘致決定のIOCの判断を争うことは一般には難しいと思われます。オリンピック以外のサッカーラグビーワールドカップの誘致活動の場合も、いったん開催地が決まると、その妥当性を争うことは一般的に難しいといえるでしょう。

ただし、票の買収や汚職などの犯罪行為によって開催地が決まった可能性がある場合は、例外のようです。例えば、サッカーワールドカップでは、2022年のカタール開催決定について、票の買収疑惑などが刑事事件の捜査対象となったので、開催地見直しの可能性が示唆されているとの報道がありました」

Q.それでは、選手の被害についてお聞きします。猛暑の中での競技で選手が熱中症となって、重症化したり、万が一、亡くなったりした場合、IOCや大会組織委員会の法的責任は問えるのでしょうか。また、招致した東京都などの法的責任はどうでしょうか。

牧野さん「日本の法律では、主催者側の安全管理が不十分だったことで参加者に何らかの損害が生じた場合、『安全配慮義務違反』(1975年2月25日最高裁判決)として、参加者(この場合は選手)は主催者に対し、損害賠償を請求できる可能性があります。

IOCが主催者という前提に立てば、IOCが責任を負うことになるでしょう。ただし、日本オリンピック委員会(JOC)や日本パラリンピック委員会(JPC)、大会組織委員会、東京都、日本政府も事実上の共同主催者であり、安全配慮義務があるので、IOCと同様に責任を負う可能性があるでしょう」

オトナンサー編集部

東京五輪決定時、首相だった安倍晋三氏(2016年8月、AFP=時事)