最低賃金は景気動向に応じて柔軟に上げ下げすべきであり、不況下の引き上げは失業を増やす愚策である、と筆者(塚崎公義)は考えています。

政府は最低賃金を引き上げる模様

政府の審議会が最低賃金を3.1%引き上げると決めました。これにより、都道府県別の引き上げ幅が決められた後、秋から最低賃金が引き上げられることになりそうです。

安倍政権は賃金引き上げに熱心で、毎年3%程度の最低賃金の引き上げを行なってきました。アベノミクスによる労働力不足が問題となっている時期でしたから、これは妥当な政策だったと言えるでしょう。

しかし、新型コロナ不況で失業が問題となっているならば、最低賃金は引き下げるべきです。昨年は引き上げ率がほぼゼロでしたが、引き下げるべきでした。今年も、引き上げではなく引き下げるべきだと思います。最低賃金が高すぎると失業が増えてしまうからです。

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最低賃金は均衡賃金と等しくなるべき

したがって、最低賃金は均衡賃金と等しいところに定めるべきなのです。均衡賃金というのは労働力の需要(求人数)と供給(働きたい人の数)が等しくなる賃金水準のことです。

最低賃金が均衡賃金より高いと「最低賃金が高いなら雇わない」という企業が増えるので、失業が増えてしまいます。最低賃金労働者のためにあるのに、失業者が増えてしまってはかえって労働者を苦しめることにもなりかねません。

一方で、最低賃金が低すぎると、力関係的にも情報量的にも雇い主にかなわない労働者たちが、均衡賃金より低い賃金で酷使されることになりかねませんから、最低賃金が均衡賃金を下回らないことも重要なのです。

均衡賃金は景気動向によって変化しますから、それに合わせて柔軟に最低賃金を上げ下げすることが必要なのです。景気が変動してから最低賃金を動かすのではなく、景気変動を予測して先回りして最低賃金を動かすことができれば理想的ですが。

失業のダメージは経済面にとどまらない

失業者が少数しかいないのに、それを減らすためには最低賃金を大幅に引き下げる必要があるかもしれません。企業が「最低賃金にかかわらず雇用を増やすつもりはない」と考えている場合です。

そうした場合には、少数の失業者を救うために多くの労働者の賃金を引き下げるべきではありませんから、最低賃金は引き下げずに失業者には失業手当等を支給することで我慢してもらう、という選択肢もあるかもしれません。

しかし、それでも筆者は最低賃金の小幅引き下げは必要だと考えています。最低賃金をどれくらい下げたら失業者がどれくらい減るのかを予測するのは難しいので、とりあえず小幅に下げてみて、それでも失業者が減らなかったら失業手当を支給する、といった手順が好ましいと考えるからです。

もう一つの理由は、失業の増加は様々な問題を引き起こしかねないからです。失業している人は、賃金がもらえないのみならず、世の中に必要とされているという意識を持ちにくくなってしまうかもしれませんし、社会との接点を失うことで様々な問題が生じるかもしれません。

場合によっては、失業していない人の間でも、「失業者が増えてきたから自分も失業するかもしれない」といった不安が高まるかもしれません。これは決して望ましいことではないでしょう。

最低賃金引き上げで労働移動を促すのは無理

最低賃金を引き上げれば、安い賃金しか払えないような非効率な企業が雇用を減らすことになり、労働力が効率的な企業に移動する」と考える人がいるかもしれませんが、それは違います。

失業者が大勢いるということは、現在の賃金で労働者を雇いたいと考えている効率的企業は、すでに雇いたいだけ雇っているわけです。したがって、最低賃金の引き上げによって非効率企業が労働者を雇わなくなって失業者が「作り出された」としても、新しく失業した人は失業したままであり、効率的企業に雇われることはないのです。

「非効率企業には労働力を減らしてもらい、作り出された失業者に職業訓練をして、次の好況時に効率的企業で活躍できるようにしよう」ということであれば筆者も賛成ですが、そうであれば先に現在の失業者に職業訓練をしましょう。

現在の失業者の職業訓練が終わってから新しい失業者を作り出せば良いわけで、今ただちに最低賃金を引き上げるのは悲惨な結果をもたらしかねません。

国際的に賃金が安いことは引き上げの理由にならない

他の先進国と比べて日本の賃金が安いから最低賃金を引き上げよう、という考え方も正しくありません。賃金が安いことには理由があるので、賃金だけ上げても問題は解決しません。「元から絶たなきゃダメ」なのです。

一つの理由は、為替レートが円安すぎることです。しかし、その結果として日本人の賃金が安いのであれば、気にする必要はないでしょう。物価も安いはずですから。

もう一つの理由は、バブル崩壊後の長期低迷期に日本はゼロ成長が続き、貧しい国になってしまった、ということです。これは悲しいことですが、貧しい国の中で企業と労働者の取り分を争っても問題の本質的な解決にはならないでしょう。

日本経済を発展させてパイを大きくしてからパイの分け方を検討すれば良いのであって、まずは成長率を高めることを考えましょう。

そのためには、景気対策をしっかり行なって労働力不足の状況を作り出し、企業が省力化投資に注力するように仕向けることです。最低賃金を引き上げて失業者を増やすような政策は、これに逆行し、企業の省力化投資のインセンティブを奪い、長期的な日本経済の成長力を低下させる愚策だと筆者は思っています。

本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。

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