
“派遣社員は「電話に出てはいけない」”
“シャンプーなしの格安ヘアカット店も洗髪台を設置しなければならない”
“CMタレントが栄養ドリンクを飲むのは「ピンチ脱出後」でなくてはいけない”
これらのちょっとおかしなルールは、どれも実際にある規制です。
派遣社員でもオフィスワークをしている限りは電話に出る必要があるでしょうし、カット専門店なのにシャンプー台を置かなければいけないというのもおかしな話。
どうしてこのように変な規制ができてしまうのでしょうか。世の中にはびこる“ちょっとおかしな”ルールを集めて解説した『「規制」を変えれば電気も足りる』(小学館101新書/刊)の著者、原英史さんにお話を伺いました。
―原さんが、本書『「規制」を変えれば電気も足りる』で取り上げているような「おバカ規制」に違和感を持ち始めたのはいつ頃のことだったのでしょうか。
原「日本では、法律の条文は基本的に役人が作っています。政府提出法案といって、政府が法案を閣議決定し、国会に提出して成立させるのですが、その条文を作るのが役人です。僕は元々、通商産業省、今の経済産業省に勤めていて、そこでそういう仕事をやっていました。
法律を作っていると、いかにも変な作り方をしているのがわかるんです。
例えば、“日本にはこういう問題があるからここを変えなければいけない”という議論は実はあまり関係なかったりする。法律を作る時って内閣法制局っていう法律の総元締めのような組織が審査をして、それを通ったものが法案として出ていくんです。そこでまずチェックするのが“外国に同じような制度があるかどうか”ということ。日本でどういう必要性があるかということよりも、外国に同じような制度があるかどうかが重視されているんです。アメリカとヨーロッパに同じ制度があります、ということであればそれだけでその法案は通ってしまったりします」
―欧米に同じような制度がない場合は審査を通りにくい、と。
原「そうですね。明治以来、脱亜入欧を掲げていた頃からの伝統で、ヨーロッパやアメリカの法律を真似て作っちゃえばいいだろうというのが今も続いてしまっていると思います。次に、既存の他の法律との整合性をギッチギチにチェックする。他の制度との関係で混乱したり矛盾が生じたりしないか、ということですね。それを2カ月ほど毎日徹夜するくらいの勢いで、みんなで寄ってたかってチェックするんです。それだけ時間をかけるものだから、物凄く精緻な法案ができあがるのですが、それが世の中で通用するかというと、社会の実態が予想とは全く異なっていて機能しないということが多々あった。これは法律の作り方からしておかしいな、と。そういう思いはずっとありましたね」
―作ったものの結局は世の中に出した時に機能しない法律がある、ということですが、法律を作る現場では、作った法律についてのフィードバックはされているのでしょうか。
原「しないですね。作るところまでが仕事ですからそこから先はやりません。民間の企業であれば経営戦略や営業戦略を作って実行して、利益を上げてはじめて評価されるわけですよね。でも政府の場合、法律や制度を作ったところで終わっちゃうんですよ。それが実際に世の中でどう機能したかということはあまり考えられていません。
個別の法律や制度は、長期的にみれば経済の成長などに跳ね返って、法人税収が下がったりというようなことをもたらしますが、なかなか個別の政策の成果として見えにくいですよね。見えにくいから評価もされないという」
―本書で紹介している「おバカ規制」の中で、原さんが最も衝撃を受けたものはどの規制でしたか?
原「それぞれの分野でそれぞれにおかしいんですけども、一つあげるとしたら理髪店で1000円カットなどの新規参入を排除するために洗髪設備の設置を義務付けるという規制でしょうか。「おバカ規制」って、昔作った変な規制がまだ残っているという種類のものもたくさんあるんですけど、今も作られているんです。今でもまだ新しい業態を排除しようという規制がどんどん作られている実態があるのはショックでしたね」
―今おっしゃっていた理美容業界についての記述に“新規参入組を排除するために理容組合・美容組合が自治体に規制強化をはたらきかける”というものがあります。こういったことは、どの業界でも起こりうることかと思いますが、具体的にどのような方法で“はたらきかける”のでしょうか。
原「このケースでいえば議員にかけあって、“こういう条例を作ってください”というような陳情の形が多いです。
昔からよく言われるのが“政官業のトライアングル”というもので、業界は政治家に強く、政治家は役所に強く、役所は業界に強いというジャンケンの関係になってしまっています。なぜ業界が政治家に強いかというと票をもっているからですよね。このケースで言うと、理美容組合の人は数が多いので、選挙で不利になることを気にした政治の側から条例を作ろうという動きが起こり、役所がそれに追随した、ということが考えられます」
―原さんがかつて通産省(経済産業省)にお勤めされていた頃を振り返って、省の内部から「おバカ規制」ができてしまう土壌を正していこうという動きはありましたか?
原「これは結構あって、90年代の細川護熙内閣あたりから規制改革がテーマになって、しばしば議論はされていました。当時の通商産業省はその規制改革の旗手というところがあって、他の役所が作っている規制に口を出して文句をつけているということが言われた時期もあったんですね。でも、それをやってもなかなか物事が進まず、結局は外に文句をつけることもしなくなってしまったのが現状です」
―日本に「おバカ規制」がはびこってしまうことになった原因としてどのようなことが考えられますか?
原「端的にいうと政治家がサボっているというのが大きいと思います。
「おバカ規制」って誰が作っているのかと考えた時に、役人が作っていると思っている人が多いです。政治家の中にもそう思っている人がいて“役人が変な規制を作っていてけしからん”と言って役人バッシングをしている人もいるわけですけども、それって本当はおかしいですよね。
規制って根っこは法律なんですよ。省令や通達など、役人が決められる細則もありますけど根っこは全部法律です。だから本当は国会議員や地方議員などの政治家が規制を作る立場なのであって、細則レベルで役人が変なことを決めているならそれは政治家が正せばいいんですけども、それがわかっていない。
国会の審議でも、たとえば野党の議員が“こういう政策をやったらいいんじゃないですか?”と大臣に質問をすると、それに対して大臣は“法律でできないことになっている”と答弁をすることがよくあります。これもおかしな話で、国会はそもそも法律を作る場なんだから、ルールがおかしいなら変えればいいだけなんです。でも政治家は法律や規制、制度は変えられないものだと思い込んでしまっているものだから変えようとしない。そういうことがあって、本当は政治家が規制を作るべきなのに役人まかせにした結果が「おバカ規制」がたくさんある世の中だと言えると思います」
―本書を通して原さんが読者の方々に伝えたかったことは何ですか?
原「要するに民主主義ということですね。本来、制度や政策を作り上げていくのは役人の仕事ではなく国民に選ばれている政治家の仕事。さらにいえば、その政治家を選んでいるのは有権者である国民ですから、ドブ板の選挙活動ばかりしてないで政策をよくしていく活動をもっとしっかりやってください、それがあなたがたの仕事でしょう、ということを国民が政治家に言っていくことが必要だと思います。
この本で取り上げている“身近なところにある変な規制”は、そういったことを考えるきっかけになればいいなと思いますね」
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現在ベストセラーとなっている『日本中枢の崩壊』(講談社/刊)、『官僚の責任』(PHP研究所/刊)の著者である古賀茂明氏(経済産業省大臣官房付)と元同僚である原さんは、古賀氏の2冊の著書の中でも、“一緒に仕事をして信頼できる”“仕事ができるが、上におもねるところがなく、筋の通らないことは平気で断る人物”として、高く評価されています。本書はそんな原さんが役人時代に感じていた違和感が一冊にまとまったもの。役所の内部から見た役所や役人の実態を、本書からは垣間見ることができます。
(新刊JP編集部/山田洋介)

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