第3回となる今回は、タイの製造拠点における仕組みづくりをテーマに、高い生産性を実現する製造プロセスをつくる上での大切なポイントについて説明しよう。

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製造プロセス立ち上げにある2つの問題

 タイで製造拠点を展開している企業は、多くの場合、日本国内での製造プロセスを移管している。しかし、日本国内の製造プロセスのように正常な生産ができていない企業が多いのが実態である。これらの課題について製造プロセスの立ち上げという観点で2つの問題についてみていこう。

◆新しく生産ラインや設備を設置するときの課題

 1つ目はプロセスそのものを立ち上げる、すなわち新しくラインや設備を設置して量産していく上での問題だ。

 タイにおいて新しくラインや設備を設置する上で非常に大切なのは、単純化・標準化された作業設計となるように工程設計を行うことである。

 日本国内の製造プロセスをそのまま移管すると問題が起こることがある。日本国内のプロセスは古くから小集団活動やQCサークルなどを通じて現場の工夫が多く盛り込まれており、高いスキルを持った熟練作業者を前提とした工程になっていることがある。過去からの改善ノウハウや熟練者の作業を前提条件として、タイに製造ラインを設置すると、多くの場合、不具合が発生し、管理ができない状態になることが多い。

 筆者もそのような現場を数多く見てきた。例えば、日本でセル生産を行っている組み立て作業があり、タイにそのまま移管したところ、生産性は一向に上がらず不良も減らないという問題が継続し、日本でかつて行っていたようなライン作業(分業)体制をあえてつくったという企業もあった。日本国内では作業者が図面を読み取り、それを組み立て手順に展開し、実行するという作業を行っていたが、それには高いスキルとノウハウが必要だった。そのため、タイでその生産方式は十分に機能しなかったのである。

 過去には日本でも生産方式に関して、ライン生産方式とセル生産方式のどちらがよいのか、という議論があったが、その本質を知らずに今の生産方式をそのまま移管してしまうと無理が生じる。海外で新しく生産ラインや設備を設置するときには分業レベルを考慮して工程設計を行うことが重要である。

 また、別の企業では鋳造設備を導入して鋳造部品を生産していたが、1回の切り替え時間に数時間もかかるため稼動率が低下、さらに生産しても金型に起因する不良が多発している状況であった。

 切り替え作業の方法や金型のメンテナンスに関しては日本国内で標準手順書を作成し、その英訳版を作業者に読ませて作業させていたが、作業者が英語で書かれた作業標準書を正確に理解できない上に、内容そのものも表面的な手順の記載しかなかった。

 本来のノウハウは高いスキルの作業者に属人化していたため、タイの拠点には技能が伝承されなかったのである。これは、ある意味では日本国内(日本の作業者)の生産性の高さを裏付ける事例だが、海外で生産ラインや設備を立ち上げる際にはノウハウやスキルも含めて標準化が進んでいないと大きな問題を引き起こす可能性がある。

◆新製品やモデルチェンジ製品を立ち上げるときの課題

 2つ目は新製品やモデルチェンジ製品の量産を行っていく、いわゆる量産立ち上げの問題だ。

 既存ラインや設備を用いながら、新製品やモデルチェンジ製品の量産を立ち上げる上での問題について整理しよう。

 タイ製造拠点の展開が進んでいるとはいえ、設計/開発部門は日本国内にある、という企業が多いのが現状である。試作までは日本国内で行い、量産試作、量産を現地で行うという企業が多いと思う。量産試作、量産立ち上げは日本人技術者が現地に出張して行うことも多く見受けられる。

 実際に起こる問題としては、量産試作、量産立ち上げを日本人の出張者が行い、量産を現地メンバーが行うときのつなぎが不足し、日本人技術者が現地で設備を操作し加工して良品を製造するが、その際の製造条件がしっかりと現地に引き継がれないということである。

 具体的には、NC加工機で使用するツール、プログラム、求められる精度を出すための条件設定、精度を確認する検査方法など、設定しなければならないことは多岐にわたるが、当初決めたものが量産段階で守られないということが起こる。

 このようになる原因は複数考えられる。日本人技術者(出張者)の条件設定の甘さ(単純な設定のみで、量産時の変動を加味していない)や、日本人技術者(出張者)と現地メンバーとのコミュニケーション不足、量産段階での現地メンバーのマネジメント不足などである。

どうすれば安定した製造プロセスを早期に実現できるか?

 これまで説明してきたように、単純化・標準化したプロセスを設計し、守るべき標準や製造条件を現場で順守させることが安定した製造プロセスを早期に実現するために必要なことである。

 新規にラインや設備を設置するときには、現地の作業者の技能レベルを見極めた上で、ライン(分業)方式を検討することも必要だ。また、量産立ち上げにおいては量産時を想定した製造条件を設定し、順守できるような現場への落とし込みと順守されるように管理することが非常に重要である。

 これらのことを実現するには、現地の努力だけでなく、生産技術部門や開発設計部門を中心とした日本からの支援方法や体制を改める必要がある。例えば、現地の技術者、管理者を交えた工程設計や立ち上げのプロセスを確立する、現地生産技術者を強化するための実践教育を強化する、量産開始時点だけでなく安定生産までを常駐してフォローするなど、これまでのやり方を見直してみることだ。

 今回はタイ製造拠点の製造プロセスの立ち上げという観点でどのような問題が生じているか、その問題を解決するために大切なことは何かを解説した。次回は立ち上げたプロセスをより高いレベルに改善する「製造プロセスの生産性向上」について、具体的な事例を交えて整理したい。

コンサルタント 角田賢司(つのだ けんじ

生産コンサルティング事業本部
プロセス・デザイン革新センターセンター長
兼 デジタルイノベーション事業本部 シニアコンサルタント

IEをコア技術として収益向上のコンサルティングに取り組んでいる。自動車(部品)、化学プラント、樹脂成型、建材、食品等、多業種で収益向上の支援を実施。現場の生産性向上、品質向上、調達コストダウンや在庫削減等複数テーマを同時に展開、マネジメントの支援を行う。近年はタイ・中国等の製造拠点支援として生産性向上や品質向上の成果実現と併せ、マネジメントの仕組みづくり、ローカル人材育成を実践

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