2018〜2019年に7人の女性を暴行したとして、強盗・強制性交、強制わいせつ致傷などの罪に問われた男性の裁判員裁判で、福岡地裁(溝国禎久裁判官)は7月29日、求刑懲役40年を上回る懲役41年の判決を言い渡した。

報道によると、男性は出会い系サイトを通じて知り合った女性を脅し、山中に車で連れて行って犯行に及んだとして起訴されたが、「合意があった」と否認していた。

男性は今回問われた事件の間である2019年10月、別の事件で執行猶予付きの確定判決を受けた。このため、刑法の規定により、判決の確定日前後で、懲役15年と懲役25年に分けて求刑されていた。今回の判決では「16年」(求刑懲役15年)と「25年」(求刑懲役25年)の合計で「41年」となった。

この裁判をめぐっては、有期懲役刑の上限「30年」を超える求刑だったことが「異例」などと報じられ話題となっていた。結果としてその求刑をも超える判決となったが、なぜこのようなことが起こるのだろうか。刑事裁判官を務めた経験をもつ片田真志弁護士に聞いた。

●求刑は一定の重みある「参考意見」

——求刑を超える量刑にすることは可能なのでしょうか。

法律上の刑の上限を超える判決をすれば当然違法ですが、求刑を超えても違法ではありません。求刑は検察官が相当と考える刑罰であって、参考意見にすぎません。

ただ、求刑は、法廷に立つ検察官が一人で決めたものではなく、検察官が「公益の代表者」であることを前提に、これまでの量刑動向を踏まえ、上司の決裁も経て決められるものですので、それなりに重みのあるものです。

なお、裁判員裁判では、弁護人の側も、たとえば「懲役3年が相当である」など具体的な刑の意見を述べることがありますが、こちらは担当した弁護人自身の判断で決めるもので、組織的な背景はありません。被告人とも相談して決められるのが通常で、過去の量刑動向に照らすとやや軽めの意見が述べられることが多くなります。

裁判員も過去の量刑データを無視できない

——裁判員裁判での量刑はどのように決められるのでしょうか。

量刑を決める際、裁判所は、求刑だけでなく、過去の量刑データを参照して刑を決めます。今回のケースでも、裁判員を交えた量刑評議の場では、裁判官から裁判員に対して同種事件の過去の量刑データが示されたはずです。

示されるデータでは、同種事件として絞り込まれた数十件から百件前後のグラフに加えて、その中でも量刑が重めの事件、軽めの事件、中程度の事件それぞれについて具体的にどのような内容であったかも紹介されることが通常です。

今回も、そうした説明を受けて、裁判員は過去の量刑の中で今回の事件がグラフのどのあたりに位置づけられていくべき事件なのかを検討していくことになったのではないかと思います。

——職業裁判官と裁判員とでは量刑に対する考え方が異なる点もあると思います。裁判員が求刑や過去のデータに縛られたくないという意見を述べることはないのでしょうか。

たとえば、過去のデータでは、5年から10年くらいの幅の中で判決が出ているような事件について、検察官が10年を求刑していたとします。検察官としては、同種事件の中では本件は最も悪質な部類だという評価をしているからこそ、求刑を10年にしたと考えられます。

その場合に、複数の裁判員が「過去のデータは全体として軽すぎる、本件は少なくとも12年くらいは当然だ」「われわれ市民が入った以上、市民感覚を反映させるためにも過去のデータに縛られるべきではない」といった意見を述べたとき、裁判官が歯止めをかけることは現にあります。

既に裁判員裁判が始まって10年以上が経ち、量刑データの大部分が裁判員の入った裁判で判決されたものになっており、過去のデータは「職業裁判官だけで裁判をしてきたときのもの」とはいえなくなっています。

そうしたことも説明した上で、裁判官は、裁判員に対し、「過去の量刑動向を全く無視した量刑をすることは、罪の重さと刑の重さは釣り合っていなければならない(同じくらいの重さの事件には同じくらいの重さの刑を科すべき)という罪刑の均衡に反することになってしまう」と説明するのが通常です。

罪刑の均衡は今の刑法が前提とする大原則ですので、これを無視することは許されません。

●「41年」の結論は裁判員だけでは決められない

——そのような説明を経ても、求刑超えの判決が出ることがあるのはなぜでしょうか。

一般論として、裁判員が、法廷で被害者やその遺族の声に直接触れ、被害の凄惨さを目の当たりにした時、どうしても心情として「これで懲役10年は軽すぎる」という思いを持たれることは不思議ではありません。

さらに、今回のケースでは被告人が否認しており、それがしりぞけられて有罪となっているので、その点、被告人が「反省していないばかりか、嘘の否認をして被害者をさらに苦しめた」という受け止めがされたことも想像できます。

グラフ全体が軽すぎる、性犯罪については今後一層厳罰化していくべきだという意見が出た可能性もあります。

——罪刑の均衡という大原則に従っても、求刑超えの判決が出ることがあり得るということですね。

今回の件で実際にどのような評議がされたかはわかりませんが、事件の悪質性や被害者の声、被告人の態度などを踏まえて議論が交わされた結果、求刑を1年超えた判決に落ち着いたのであろうと思います。

なお、裁判員法の規定により、裁判官全員が反対すると被告人に不利な量刑はできなくなっています(67条2項)。

先ほどの例でいえば、裁判官3人全員の最終意見が懲役10年以下の刑であったときには、たとえ裁判員6人全員が12年の最終意見を述べても評議の結論は12年にはなりません。

つまり、今回の求刑超え41年の結論には、裁判官が少なくとも1人は賛成したのです。裁判員が裁判官の歯止めを押しのけて決めたものではなく、意見交換の結果、少なくとも裁判官1人が賛成する形で多数意見が形成されたとみるべきでしょう。

【取材協力弁護士】
片田 真志(かただ・まさし)弁護士
弁護士法人古川・片田総合法律事務所 代表。大阪弁護士会所属。2004年大阪地裁にて裁判官に任官。2014年に退官して弁護士登録。元・刑事裁判官の経験を活かし、刑事事件にも力を入れている。
事務所名:弁護士法人 古川・片田総合法律事務所 大阪梅田事務所
事務所URL:http://www.fk-lpc.com/

求刑を上回る「懲役41年」判決は異例か? 元刑事裁判官に聞く「量刑の決め方」