2002年6月、サッカー日韓W杯で日本代表を指揮したフィリップ・トルシエ監督をサポートしていたフランス人男性、フローラン・ダバディ氏(46)は、19年の時を経た今、「東京オリンピック2020」の取材をしている。スポーツ紙「レキップ」の特派員として、「日本人が見る東京大会」を社会面用に取材し、フランス国営テレビリポーターとして、夕方のハイライト番組「JO CLUB」に生出演している。充実の日々を過ごしているが、決められた「バブル方式」の中で苦戦もある。新型コロナウィルス感染防止対策の中で、日本側が繰り広げたかった「おもてなし」とは程遠い現場のリアル。日本在住通算24年のダバディ氏が、3年後に開催が予定されるパリオリンピックに向けての思いも踏まえて指摘した。

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メディアプレスセンター内の食事に嘆く海外プレス

 ダバディ氏は今、仕事に入る前にコンビニスーパーマーケットで食料を買い込んでいる。理由は明確だ。

「昼も夜も、ちゃんと食事をできる環境にないからです。メディアプレスセンター(MPC・IBC)内で提供される食事は、高い上においしくない。また、大会公式スポンサーVISAカードしか使えません(パンデミックの中で現金を持ち歩かない海外記者が多い)。日本での食事を楽しみにしてきた海外プレスは皆、嘆いていますよ」

 MPC内の食事については、すでに複数の海外記者がツイッターなどで不満を漏らしている。フランス人記者は開会式の前からハンバーガーの写真を掲載し、「MPCバーガー。ゴムのような肉、冷たいパン。合わせて1600円」とつぶやいた。現実に食事メニューは6種類で、最も安いのがビーフカレーサラダ付き)で1000円自販機ペットボトル500ml)のお茶が280円もする。

「少しの救いは、MPC・IBC内にもコンビニがあることで、そこで何とかしている記者も多くいますが、欧米人はなかなか『仕事が忙しいから食事はどうでもいい』という発想にはなれませんよ。食事制限をしている人や、アトピーなどの添加物アレルギーがある人にとっては厳しい試練です。バブルの外にある飲食店には、隔離の2週間を終えるまでは行けないわけですから」(ダバディ氏)

食事以上の問題は「移動手段」

バブル方式」では、東京オリンピックを機に入国した海外関係者は、入国から14日間は行動をホテル、MPC、競技会場内に制限される。公共交通機関を使えず、ホテルからMPC、競技会場への移動は、専用のバスかハイヤー、TOKYO 2020専属タクシーに限られている。タクシー券は1枚1万円で、1人14枚まで購入できる。だが、ダバディ氏は「食事以上に問題なのが、この移動手段の問題」と訴える。

「現実に開会式近くに入国した海外プレスはすごく多いんですよ。ということは、大会期間中はほぼ動きを制限され、ホテルの近くにあるりんかい線(TWR)やゆりかもめなど、一切の公共交通機関が使えません。なので、専用のバスでMPCや競技会場に行くことになりますが、この本数が少なすぎて、場所によっては1時間に2、3本だったりします。競技会場からホテルに戻る時も行列ができていて、すごく待たされる。そして、ラッシュの際に乗ったバスの中は密になる。競技場内のプレスセンターで原稿を書き終えて早くホテルに戻りたくても、待たされるし、相当、体に応える。だから、イライラしていろんな不満ツイートが出てくるんですよ」

「バスがなければタクシーを」という発想は「パンがなければケーキを…」と同じ

 そして、ダバディ氏は大会側の「バスがなければタクシーを」という姿勢にも強く異議を唱えた。

「チケットが用意されるテレビ局や全国紙はともかく、フリーの記者たちは経費を少しでも節減するようになっているので、簡単にタクシーは使えません。海外も日本と同じで紙の売り上げが落ちているからです。武道館国立競技場から台場までは、数千円かかりますよね。そんなのは、本当に急いでいる時の1回しか許されません。だから、『バスが足りないならタクシーに乗れ』というのは、とりわけフリーランスは極めて厳しいです。それは、フランス革命の前、ルイ16世の王妃であるマリー・アントワネットが言ったとされる『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』という発想と同じです」

感染者4000人程度で…」フランスベテラン記者の不満

バブル方式」は、東京オリンピックを開催する上で決められたことで、決まりを破ればすぐにIDを没収される。ただ、ダバディ氏が「今、東京は1日に約4000人の感染者が出ている。日本でコロナ禍が始まって18カ月で最悪の状況」と伝えても、60歳のフランスベテラン記者はこう不満を漏らしたという。

東京都の人口が約1400万人にいる中の4000人程度でなぜこんなに厳しいのか理解できない。4万人なら分かるが、決められて泊まっているホテル内でもレストランに入れないし、朝食は簡単なサンドウィッチが部屋に届けられただけ。私は日本に来る前にちゃんとワクチン接種を2回受けて、証明書も持っているのに」

 こうした現実を見ると、東京オリンピック招致が発表された2013年9月7日滝川クリステル氏が訴えた「お・も・て・な・し」が、海外プレスに対して実現しづらくなる。

ホテル、移動、食事のケア以外の運営は素晴らしいが…

「仕事をする上で、MPC内の運営は素晴らしいスペースもしっかりあって、無線ランを含めて設備は完璧。取材のアポイントも手伝ってくれます。そういった意味での『おもてなし』はできていますが、多くの海外プレスは、ホテル、移動、食事がちゃんとケアされていないことで、帰国しても『東京オリンピックは素晴らしかった』とは思ってくれないでしょうね。残念ながら」(ダバディ氏)

 ダバディ氏自身は、ゆりかもめのテレコムセンター駅近くにある「フランス国営テレビ特設スタジオ」に滞在する時間が長いという。「食にこだわるフランス人」ゆえに、スタジオ内では、夕食用フルコースフランス料理が準備され、国営テレビ局員は無料で食べることができる。ただ、ダバディ氏自身は契約のリポーターゆえに、1食につき約3500円を支払う必要があるため、「週2回程度にしています」と苦笑いする。

「現代日本の文化」をフランスに伝えるコーナーには手応えあり

 それでも、「JO CLUB」でプロデュース(制作・出演)をしている自身のコーナーには手応えを感じている。「まさにオリンピックハイライト番組で現地時間夕方6時~7時の放送です。私はラスト5分に登場し、事前に作ったVTRで日本や東京の文化を紹介するのです。J-POP特集で東京事変椎名林檎)のインタビューや、黒川紀章NAKAGINカプセル、代々木上原の有名なラーメン店『蔦』など、現代日本の文化を幅広く全国のフランス視聴者に紹介しています。今、番組は視聴率20%以上の人気ですし、私という存在がフランス国内で多くの人に知られる機会になりました」

 実はこの出演機会も、自分を売り込む努力でつかんだ賜物だったといい、今後は日本を離れてフランスで活動していくことも視野に入れているという。

「私はWOWOWリポーターとして毎年、テニスの全仏オープンに行っていますが、いつも隣のブースがフランス国営テレビで挨拶に行っていました。で、東京オリンピック開催が決まった頃から、『期間中に何かの形で手伝ってほしい』と言われ、この番組につながりました。そして、私の作ったVTRリポートも反響が大きいので、東京オリンピックを日本での集大成にして、これから母国で仕事をする希望を持っています」

3年後のパリオリンピック大丈夫

 思えば3年後の2024年には、パリオリンピックが開催される。特殊な形で開催された東京大会をきっかけに、オリンピックの在り方を再考する流れを感じてか、フランスマクロ大統領は、7月25日付の「レキップ」で、パリオリンピックの開会式をセーヌ川で行う考えを明らかにし、「全ての人に開かれ、ユニークな体験を生み出す式にしたい」などと語っている。果たして、パリオリンピックはどんな状況で開催されるのか……。

 ダバディ氏は、その際に現地入りした日本を含む海外のメディアが、ホテル、移動、食事や移動で不満を漏らすことがないように祈りつつ、「視察に来ているパリ2024関係者曰く、東京2020の競技場はみな最先端で、全てにおいて機能性が素晴らしい。既存のインフラを使うパリは同じ高いレベルハードウェアを提供できるのか、心配です」と話している。

(「文春オンライン」編集部)

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