◆地元でも応援の声が多数

 浅草の街を揺るがすレトロ商店街の危機。浅草寺の境内に隣接する伝法院通りの商店街が台東区から立ち退きを要求されている問題は、多くのメディアが報じ注目を集めている。

 台東区が商店街が道路の不法占拠にあたると主張していることから、商店街が違法に居座っているかのような印象を持つ人もいる。しかし、取材してみると見えて来たのは過去の約束を反故にして撤去を強行しようとする台東区の無法な姿だ。

 仲見世商店街と交差する伝法院通りは多くの人が行き交う観光スポットだ。立ち退きを求められているのは仲見世通りの西側、浅草寺の境内に連なる32店舗である。店舗は玩具店や雑貨、舞台衣装など様々なものを売っており雑然とした浅草の雰囲気を残している。

 その商店街で今起こっている立ち退きの問題は、台東区が「不法占拠で建てられた時から違法状態」と主張、対して商店街側は「区に認められていると認識してきた」とし、真っ向から意見が対立している。問題は双方ともに、当時の経緯がわかる資料が残っていないことだ。

 だが、それでも台東区の主張が無理筋なのは、いくら「資料はない」と主張しても当時の経緯を覚えている人はまだ大勢いるからだ。

◆当時の区長と話し合いで……

 32店舗でつくる「浅草伝法院通り商栄会」の西林宏章会長によれば、建物が現在の形になったのは1977年のこと。

「区役所が移転し跡地が浅草公会堂になるにあたって、街並みを整備することになり内山区長との話し合いで、現在の建物を整備することになったんです」

 現在の形になる前の浅草には戦前から続き、よしず張りで境界を仕切ったようなバラック然とした露店が数多く存在していた。シャッターなどないから、毎日リヤカーで品物を運んできて並べ、店じまいするとまた積み込んで帰る商店ばかりだった。それを整備してシャッターもある鉄筋の建物することになった。ただ、費用は各人の負担。当時で100万円程度を出資する必要があり、多くの露店の中でその費用を用意できたのが現在の32店舗というわけである。

 安くない費用だが、街の整備という目的に当時の露店は協力を惜しまなかったという。というのも、内山区長の自宅は伝法院通りから天ぷらの名店・大黒屋の角を曲がった奥にあった。そこから、毎日徒歩で区役所に通っていたから界隈はみな顔なじみである。ツーカーで意見が交わせる関係だからこそ、話は順調に進んだようだ。

 この時に、商栄会の32店舗は地代を支払う意思を見せたが内山区長の「いらない」という判断で無償で使用することになったという。

「露店だった時には、台東区に地代を支払っていました。それがどういうわけだか、不要になり現在まで続いて来たのです」(西林会長)

 どうも、当時の内山区長は建物を新築する費用を店舗側に負担させたため、地代は不要と判断したようにみえる。整備の行われた1977年は大卒初任給9万7003円、ラーメン280円、国鉄初乗り60円の時代である。少なくない費用を負担したのだからという思いがあったのだろう。

◆地代を払う用意はあるが台東区は立ち退きの一点張り

 こうした経緯があったため、商栄会では台東区に感謝の気持ちを持ち続け伝法院通りの舗装を整備する時にも寄付を惜しまなかった。もし台東区が地代を払うことを求めれば応じる意思はある。しかし、台東区は地代の支払いを求めるわけでもなく立ち退きの一点張り。話し合いにも応じる気配はない。

 これまで台東区は一度もまっとうに交渉を行ってはいない。2014年頃から立ち退きを求める動きが出て以降、台東区一方的な通告や説明を読み上げるだけで「話し合いを行った」とカウントしているという。

 台東区の担当部署である道路管理課も、問題が持ち上がってから課長は何度も人事異動で入れ替わっているが商栄会側の話し合いを求める声は引き継がれず「立ち退け」の一点張りである。

 さらに、台東区側は弁護士を立てて直接の交渉を拒否する姿勢を見せている。それでも、商栄会側は話し合いを求めているが、最近は新型コロナウイルスの感染拡大を理由に逃げの一手だという。

◆退去させて“オシャレ”な浅草に!?

 今回の取材で見えて来たのは「資料がない」として不法占拠だという台東区の主張が、実はほころびだらけなことである。台東区は、既に44年も前のこと、重要な当事者である内山区長も故人となった今では不法占拠で押し通せると目論んだのかもしれない。

 しかし、当時のことを記憶している人はまだ数多く存命している。なにより浅草の街で「あそこは、地代も払っていない」と悪し様にいう人は、まずいない。露店だった時代から、長らく地域に根付いてきたことは誰もが知っているのだ。

 そうした事情を知っていながら、台東区が強行に立ち退きを求める理由は判然としない。ただ、浅草では、これまで浅草らしさを支えてきた雑多でちょっと怪しげな雰囲気を取り払い、観光客が喜びそうな日本文化を感じる施設や鎌倉の小町通りのような小洒落た食べ歩きが出来るものを売る店舗を中心の街並みにしたいと目論む勢力もあるらしい。浅草の持ち味を消して、インバウンド需要のありそうな施設を建設して稼ごうと考えているのだとしたら、あまりに愚かである。

 西林会長は「複数の地元の人から、こんな話があったのですが……」とある噂を語ってくれたが、それとて噂の域を出ていない。

 存続に向けて今年5月から商栄会では署名活動も始めた。ゴールデンウィーク以降は土日のみ、かつ直筆署名を集めているだけなのだが、既に1万筆を超えているという。小洒落た感じもなく真に浅草の雰囲気を味わえる、この一角を支持する人は意外に多いようだ。台東区には猛省が求められる。

取材・文/昼間たかし

【昼間たかし
ルポライター1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿。著書に『コミックばかり読まないで』『これでいいのか岡山』

「不法占拠」として立ち退きを迫られている浅草・伝法院通り商店街