大坂なおみ選手が東京オリンピックテニス女子シングル3回戦で敗退した日に、徳間書店の業務委託編集者が匿名の個人アカウントにて大坂選手を誹謗中傷するツイートを行った。わずか25文字に3つの異なる差別表現が含まれていた。

1)メンタル・ヘルス(心の健康)問題を抱える人を揶揄する「メンヘラ

2)黒人を指す「ゴリラ

3)外国人、または日本人と認めたくない人への「国に帰れ」

 このツイートは大きく批判され、早々に編集者の名が特定された。翌日、徳間書店は「人権侵害を伴う不適切な投稿」とする謝罪文を出し、当該編集者との契約を解除した。

五輪中途棄権に激しい賛否両論

 女子体操界の第一人者であるシモーン・バイルス選手もメンタル・ヘルスを理由に五輪を中途棄権した。大坂選手と異なり、米国チーム所属のバイルス選手に対する日本からの批判はそれほど見受けられない。しかし本国アメリカでは両選手の言動に激しい賛否両論が巻き起こっている。

 テキサス州の副検事長は、バイルス選手の棄権は「身勝手で子供じみた国家の恥だ」とツイートツイートには1996年アトランタ五輪で足首を痛めながらも跳馬に挑んで米国チームを優勝に導き、足をギプスで固め、コーチに抱きかかえられて表彰台に向かったケリー・ストラッグ選手の動画が添えられていた。

 公的立場にある者のこのツイートは批判され、副検事長は謝罪を余儀なくされたが、同じ映像は複数の一般人によってもSNSに挙げられている。

黒人女性は「耐え」て「尽くす」ものというステレオタイプ

 この2件は一見、オリンピックにおける「国を代表する資格が無い」、および「国を代表しておきながら安易な棄権は許されない」といった「愛国心」と「根性論」にまつわる批判に見える。だが、両選手が共に黒人、しかも女性であることに注目する必要がある。

 アメリカには奴隷制に由来する黒人、わけても黒人女性への固有の偏見と差別が今の時代にも根強く残っている。そのひとつに、黒人女性は「耐え」て「尽くす」ものだというステレオタイプがある。以下、このステレオタイプが生まれた背景を見ていこう。

 アメリカでは黒人は長らく奴隷だった。アフリカから強制連行されて白人奴隷主の農場、ひいてはアメリカの経済興隆のために一生を搾取された。奴隷労働のほとんどは肉体労働であり、強靭な肉体を持つ若い男性の奴隷は重宝がられた。しかし白人男性は彼らの身体的な強さを恐れ、暴力を用いて絶対服従を強いた。

 一方、白人男性にとって女性の奴隷は身体的に恐れる必要はなく、かつ白人女性に無い「エキゾチックさ」を持っていた。奴隷主は欲望を満たすため、そして産ませた子供を奴隷として使う目的で女性をレイプし続けた。生まれた子は黒人と白人のミックスだが、黒人奴隷として扱われたのだった。

 女性の奴隷の中には奴隷主の屋敷でメイドや乳母をさせられる者もいた。奴隷主の妻が子を産むと、奴隷の女性に授乳させることすらあった。レイプの場以外では触れることすら忌み嫌った黒人に、我が子に乳を与えさせたのだった。自身も子を産んだばかりの奴隷女性は奴隷主の子に母乳を与え尽くし、我が子には与えられないこともあった。

押し付けられる“ダブルスタンダード

 このように黒人女性は奴隷主に身体も、精神も、意のままに操られたが、忍耐の限りを尽くして耐えるしかなかった。白人男性にとって黒人女性は「耐え」て「尽くす」ものとなった。これが形を変えて現在にまで連綿と受け継がれている。

 したがって2021年の今も、強く、聡明で、何かに秀で、自立した黒人女性が現れると白人社会はそれを受け止められず、排除しようとする傾向がある。もしくは間違ったことを行なっていると断罪し、罰する。

 ミシェルオバマファーストレディになったばかりの頃、「袖なしドレスを着て腕を出すのは品性がない」と批判された。実のところ、50年近く前にジャッキーケネディノースリーブドレスを愛用し、ファッショナブルと褒めそやされていた。白人女性であるケネディの腕は白人社会で美しいと認知されるものであったのに対し、黒人で長身、筋肉質なオバマの腕は白人社会が受け入れられないものだったのだ。

五輪で不当な扱いを受けた、黒人女性アスリートたち

 今回の五輪において不当な扱いを受けた黒人女性アスリートは、大坂選手とバイルス選手だけではない。米国女子陸上の新たなスターであり、東京オリンピックでは100m走での金メダルを期待されていたシャカリ・リチャードソン選手は、五輪不出場となった。

 6月の米国代表選考会の薬物検査で陽性と出たために30日間の出場停止を命じられ、したがってオリンピック欠場となった。リチャードソン選手は代表選考会の数週間前にインタビューを受けた際に、記者から「生母の死」を知らされ、そのショックを和らげるためにマリファナを使用したと語った。

 生母の死を記者から知らされるという事態がどのようにして起こったかは不明だが、同情の余地は十分にあると言えるのではないか。かつ全米各州で次々とマリファナ合法化が進んでおり、リチャードソン選手がマリファナを使用したのも、すでに合法化されていた州だった。

 2016年リオデジャネイロ五輪の女子100mハードル金メダル獲得のブリアナ・マクニール選手も東京五輪への代表選考会を突破しながら、その後に出場資格を剥奪されている。マクニール選手は昨年1月に中絶手術を受けており、手術の2日後の薬物検査を受けられなかった。これにより5年間の出場停止となっている。

Soul Cap」問題も持ち上がった。ソウルキャップイギリスの黒人男性2人が立ち上げ、すでに米アマゾンなどでも販売されている黒人用の水泳帽のブランドだ。

 黒人特有のヴォリームのある髪が収まるよう一般的な水泳帽よりも大きなサイズとなっているが、素材は他のブランドと変わらない。にもかかわらず、同社がFINA(国際水泳連盟)に五輪でのソウルキャップ使用許可を申請したところ、却下されたのだった。

 FINAは水泳界の多様性を訴えながら黒人スイマー、特に長い髪を持つ女性スイマーが苦心して髪を水泳帽に押し込み、頻繁にずれるたびに直さなければならない不便を解消させなかった。

児童向けテレビ局は「シモーンとなおみに花束を」と

 米国の黒人スイマーが初めてオリンピックに出場できたのは2000年シドニー五輪だ。ヴィーナス&セリーナ・ウィリアムス姉妹が登場するまでテニスにも黒人選手はほとんど存在しなかった。体操も、2012年ロンドン五輪でギャビー・ダグラスが個人総合と団体で金メダルを得て一躍時の人となるまで、黒人選手は極端に少なかった。

 いずれの種目もアメリカでは公立学校で習う機会がなく、有料の教室は白人の生徒ばかりで黒人にはなかなか入っていけない世界だった。

 それでも時代が進み、黒人女性アスリートが活躍を始めた。選手が名をはせる程、私生活も明らかにされていく。バイルス選手の複雑な家庭環境、ADHDであること、なによりも米女子体操五輪チームの元医師による性的虐待の被害者であったこと。他方、大坂なおみ選手は日本人であり、ハイチ人であり、同時に黒人でもあるアイデンティティーを自覚し、批判されようともBLM活動を続けた。

 その2人が相次いでメンタル・ヘルス問題を抱えていると公表し、敗退/棄権した。米国社会とスポーツ界は「弱み」を見せたとして2人を激しく非難している。だが、これまでタブーだったメンタルヘルス問題を明らかにしたことで、多くのメディアが「ノーと言うパワー」などと2人を賞賛。各界の黒人女性たちも両選手への支持を表明している。

〈コリ・ブッシュミズーリ州選出下院議員)

私はシモーン・バイルスと共にある。/私は今も大坂なおみと共にある。/あなたたちの健康と平和は大切。あなたたちは黒人女性も自身のために必要な場を得られるのだと思い出させてくれている。〉

コールアーサー・ライリー(作家、講話家)

他者の「偉大さ」の定義のために自分自身を殺すことを断る黒人女性たちに感謝する。/あなたたちは共に価値がある。/あなたたちの境界線は聖域。〉

 同様のメッセージは黒人の幼い少女たちにも伝えられている。カートゥーンネットワークチャンネルは、シモーン・バイルス選手と大坂なおみ選手の『パワーパフガールズ』のイラストを製作した。米国および日本における黒人女性のあり方を、シモーンとなおみは大きく変えていくのである。

(堂本 かおる

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