さまざまなシーンで耳にするようになったAIは、スポーツでも活用されている。そうしたなかには、東京オリンピックでも使われている事例もある。この記事は、そうしたスポーツにおけるAI活用をさまざまな側面から紹介していく。

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・体操やビーチバレーのプレイを識別する

 大手メーカーの富士通は、体操の採点を支援する「AI自動採点システム」の開発を進めている。同システムは、1秒間に約200万回以上のレーザー照射を体操選手に対して行い、そのレーザーが反射して返ってくる時間を測定して、立体的な姿勢を測定する。こうした測定方法を採用することにより、選手にマーカーを付ける必要がなくなった。レーザー照射による測定は、iPhone 12 Proや自律自動車にも応用されている。

 測定した姿勢と体操の技のマッチングは、AIが実行する(下の画像参照)。この体操技識別AIは、男子では819、女子では549にのぼる体操技の特徴を学習している。体操技の学習にあたっては、国内外のトップ選手を集めて実際に試技してもらった。

 AI自動採点システムは、2024年までに体操全10種目で導入することを目指している。

 東京オリンピックビーチバレーでは、高級時計メーカーのオメガ社が開発したプレイ識別AIが活用されている。このAIは、スマッシュブロックなどを識別できるように訓練されている。同AIがビーチバレーの試合中に識別したプレイ情報は、解説や画面に表示するテロップ等に活用される。

 スポーツ競技の計測を担当するオメガ・タイミングのアラン・ゾブリストCEOによると、ビーチバレープレイ識別AIの開発でもっとも難しかったのは、選手の身体の影になったりしてカメラから見えなくなったボールのコースを正確に追跡することだった、とのこと。ボールが見えなくなった時はボールのコースを予測したうえで、再びボールが見えるようになった時に予測コースと実際のコースを統合するようにして解決した。

・スマホでのトレーニングや怪我の予防に活躍

 Googleオーストラリア法人は、オーストラリアで人気のスポーツであるオーストラリアフットボールのスキルをトレーニングできるアプリ「FootySkillsLab」を提供している(トップ画像参照)。同アプリは、スマホカメラの前でスキルをトレーニングすると、アプリがスキルの達成度についてスコアを付与してくれる、というものだ(以下の動画を参照)。

 「FootySkillsLab」に実装されたAIは、スマホカメラで撮影した画像のなかからオーストラリアフットボールに使うボールを認識できるように学習している。そして、ボールの動きを追跡することによって、各種スキルの達成度を評価している。

 プレイヤーの動作ではなくボールを認識しているので、「FootySkillsLab」は車椅子のプレイヤーでも使える。こうした仕様は、同アプリを年齢、能力、性別、場所、文化、社会経済的地位に関係なく使えるものとして開発したGoogleの意図が反映されている。

 大手メーカーのNECとスポーツ支援サービスを提供する株式会社ユーフォリアは、共同でスポーツ向けコンディション管理サービス「ONE TAP SPORTS」を開発・提供している。同サービスは、ウェアラブルデバイスで取得した生体情報やアスリート自身が入力したコンディションデータをAIが分析して、疲労や睡眠の質を評価するというもの。こうしたコンディション評価にもとづいて、トレーニングの強度や休養の頻度を調整することで怪我の予防につなげる。

 「ONE TAP SPORTS」には食事・栄養管理機能や怪我を記録する傷害報告書を自動集計する機能も実装されており、アスリートとスポーツチームを包括的にサポートできるようになっている。

 「ONE TAP SPORTS」はさまざまな競技で活用が進んでおり、最も活用されているのがサッカーで287の導入事例があり、全日本大学サッカー選手権大会では優勝9回を誇る筑波大学蹴球部も導入している。バレーボールやバスケットボールでの活用も進んでいる。

サッカーの戦術分析にもAIが進出

 データスタジアム株式会社とスポーツテクノロジーの研究・新規事業開発を行う株式会社Sports Technology Labは、AIスタートアップPreferred Networksと共同してサッカーの戦術分析に特化したツール「PitchBrain(β版)」を開発・提供している。同ツールでは、以下のような分析をAIが実行する(以下の動画も参照)。

・試合映像におけるプレイの類似度を判定して、オフ・ザ・ボールの局面を含めた各種シーンを分類する「自動ラベリング/シーン抽出」
・オン・ザ・ボールとオフ・ザ・ボールの両方の観点から各チームの特徴を分析して可視化する「チームスタイル分類」
サッカーの試合映像を使って学習したAIが、サッカー選手の姿勢を推定したうえでパスコースを判定する「パスコード判定」。

 PitchBrainの開発に関わるPreferred Networksは日本を代表するAIスタートアップのひとつであり、トヨタ自動車や国立がん研究センターとの共同開発実績がある。同社はまだ株式を公開していないが、株式を公開した場合には高い評価額がつけられると予想されている。

 Google傘下のAI研究機関DeepMindは今年5月に、AIサッカー分析システムを発表しまた。このAIシステムはサッカーのプレイをドリブルやパスを含めた19のアクションに分類したうえで、大量のサッカーの試合映像を統計的に分析するというものだ。

 以上のAIサッカー分析システムで実行できる分析のひとつに、ペナルティキックの分析がある。12,000のペナルティキックを分析した結果、ゴールの左右に向かって均等にキックするプレイヤー、あるいは左右どちらかにより多くキックするプレイヤーがいることがわかった。こうした分析は、ペナルティキック時のゴールキーパーのプレイに活用できるだろう。

 DeepMindは、AIサッカー分析システムをサッカーだけではなく、サッカーとルールが類似しているバスケットボールやホッケーに応用することも視野に入れている。さらには、試合を統計的に分析するという手法は、eスポーツの戦術分析にも活用できると考えている。

・AIによって変わるスポーツ報道

 共同通信社は、スポーツ報道写真のキャプション(写真の説明文)の作成に株式会社アドバンスト・メディアが提供する音声認識AI「AmiVoice Ex7 Business」を活用している。

 共同通信社は、報道写真のキャプション作成を迅速化するために、サッカーW杯ロシア大会よりキャプションを音声で吹き込む運用をしていた。音声で吹き込まれたキャプションに関しては、写真を記事に挿入する際には文字に書き起こす作業を行っていた。こうした業務プロセスでは1試合で500枚以上の写真が撮影されるため、音声データから文字を起こす作業が膨大になり大きな負担となっていた。

 以上のような業務プロセスを改善するために、共同通信社は音声データからの文字起こしにAmiVoice Ex7 Businessを導入した。文字起こしが自動化された結果、報道写真のキャプション作成が大幅に迅速化した。この新しい業務プロセスは2019年のラグビーW杯日本大会から始まり、更なる活用拡大を目指している。

 ロイター通信は2020年2月、AIスタートアップのSynthesiaと共同してAI駆動のキャスターが出演するスポーツ報道番組のプロトタイプを発表した。このプロトタイプは、フォトロアルなAIキャスターがサッカーの試合のダイジェスト動画の内容を読み上げる、というもの。ダイジェスト動画自体も、AIによって制作されている。

 Syntesia公式サイトによれば、AI駆動型動画制作システムにはフォトリアルなAIキャラクターがデフォルトで40種類用意されており、顧客が独自に制作したAIキャラクターも使える。音声は合成音声のほかに、実在の人間からサンプリングした音声も使える。また、同社のYouTube公式チャンネルには多数のサンプル動画が公開されており、そのなかには報道番組もある(以下の動画参照)。

 以上のようなAI駆動型動画制作システムを活用すれば、例えば視聴者ごとにカスタマイズされたスポーツ報道番組を配信できるようになるだろう。

 AIはスポーツのさまざまなシーンに応用されているが、そうした応用事例はAIが人間のアスリートや監督の仕事を奪うようなものではない。むしろアスリートや監督をサポートするものであり、AIが導入されたとしてもスポーツの主役は依然として人間であることに変わりないのだ。(吉本幸記)

YouTube「Footy Skills Lab - Made by Google」より