東京五輪8月8日に閉幕します。日本選手のメダルラッシュで盛り上がった大会ですが、招致段階からさまざまな問題も起きました。新国立競技場デザインやエンブレムの撤回、猛暑による会場変更、コロナ禍での1年延期、組織委会長や開閉会式担当者の辞任・解任など…東京五輪の「危機管理」について、広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

「身体検査」なしの人選

Q.新国立競技場デザイン案やエンブレム案の白紙撤回など、一度決めた事項の撤回が相次ぎました。なぜ、最初から、妥当な選択ができなかったのでしょうか。

山口さん「新国立競技場と公式エンブレム、当初案撤回の直接の原因は異なりますが、妥当な選択ができなかった理由は共通していると思います。それは、専門的な知見を持たない選考者たちが応募者の受賞歴や業界での名声を『錦の御旗』として、自分たちに都合のよい政治的な選考をしたことです。

新国立競技場デザインコンペでは世界的な賞の受賞歴が応募資格の一つで、当初選ばれたのはイギリスで活躍した著名な建築家ザハ・ハディド氏のデザインでした。華やかで壮大で流れるように美しく、東京五輪招致のシンボル的なイメージとして大きな役割を果たしたと思います。

しかし、あるゼネコン幹部は当時、『こんな夢物語のような建造物を実際に造れるはずがない』と話したそうです。コンペの主催者は東京五輪の招致委員会(招致委)です。会長は当時の東京都知事・石原慎太郎氏。国内のスポーツ関係者から、政治家、芸術家まで多くの人々が名を連ねていましたが、建築関係者はたった1人だったそうです。

一方、公式エンブレムのコンペ主催者は、東京招致が決まった後に設立された東京オリンピックパラリンピック競技大会組織委員会(組織委)です。初代会長は森喜朗元首相。こちらのコンペも受賞歴など厳しい参加条件がありました。条件を満たして選ばれた佐野研二郎氏が盗作などするはずがないと組織委は思い込んでいたのでしょう。

しかし、佐野氏の作品はベルギーの劇場のロゴマークと酷似していると告発されました。本人は『そんなロゴなど見たこともない』と盗作を否定。組織委は佐野氏デザインの使用継続を表明しましたが、後に佐野氏の数々の盗作疑惑が表面化し、本人も一部を認めたため、選定は白紙撤回されました。

専門的な知見の欠如に加えて、もう一つの共通点は危機管理の発想の不在です。デザインの見栄えはよくても、本当に予算内、期限内に建設できるのか、受賞歴を誇る著名人は盗作しないと言えるのか。今日に至るまでの五輪に関わる数々の問題の原点は危機管理の不在にあると思います」

Q.新型コロナの流行が続く中、政府や組織委は観客を入れるかどうかの判断を何度も延期し、最終的にほぼ無観客となりました。

山口さん「この経緯も問題です。4月末の東京都、組織委などの5者協議の後、政府と組織委は無観客も視野に入れ、観客の上限を6月のできる限り早い時期に判断すると発表しました。しかし、原則無観客を最終決定したのは開幕15日前。判断の先送りが繰り返されました。

開幕後の7月31日東京都内の新型コロナ感染確認は4000人を超え、過去最多を更新。さらに8月5日には5000人を超えました。ひねくれた見方ですが、原則無観客を決めた関係者は、判断は正しかったと胸をなでおろしているかもしれません。一方、決定の遅れでホテルや交通機関、飲食店などは振り回されて多大な損失を被り、チケット当選者の期待も直前で砕かれました。

なぜ、当初の発表通り、6月の早い時期に最終決定しなかったのでしょうか。恐らく、有観客での実施が大前提で、その前提をぎりぎりまで捨て切れなかったからだと思います。危機管理の観点からは、全体を見ずに自分の都合だけを押し通し、結果的に国民の信頼を失ったといえます」

Q.開幕直前になって、小山田圭吾氏や小林賢太郎氏らの辞任、解任が相次ぎました。

山口さん「組織委の危機管理意識の欠如が最悪の状態で露呈したケースだと思います。開会式で楽曲を担当予定だった小山田圭吾氏や、開会式の構成を指揮するはずだった小林賢太郎氏のような人に対しては、選任前に、過去に問題がある発言や行動がなかったか確認することは危機管理上の必須事項です。俗に『身体検査』と呼ばれます。

SNSが普及した現在、極論すると、SNS利用者は誰でも『身体検査官』になれます。SNSの利用者数が莫大(ばくだい)なため、検査能力は絶大です。今回は小山田氏の過去のいじめや暴行の武勇伝、小林氏のホロコーストユダヤ人大量虐殺)を面白おかしく扱ったコントのネタが発見され、ネットは大炎上しました。

組織委の武藤敏郎事務総長は記者会見で『昔の行動まで調査するのは実際問題として困難』と述べたそうです。しかし、危機管理のアドバイザーである私には言い訳にしか聞こえません。日本には数百の『ネットリスク管理サービス』を提供する会社があり、著名人の過去の問題発言は簡単に確認できるはずで、料金は1件10万円以下だと思います。

組織委は身体検査を最初からやるつもりがなく、SNSが巨大な力を持つことにも気が付いていなかったのでしょう。危機管理上、大きな欠陥を抱えていたといえます」

危機管理は「0点」

Q.IOCや政府、組織委は「バブル方式で感染対策をする」と主張しましたが、入国後の隔離期間中でも、15分以内の単独外出が実質的に許可されるなど「穴」が次々に発覚しました。

山口さん「『15分以内の外出許可』は誰が考えても分かる、危険な抜け穴です。他にもバブル方式が機能していない事例は数えきれないほど報道されています。バブル方式が安心安全を担保できるかは、たくさんのルールの一つ一つが感染防止に十分か不十分かの評価だけでなく、ルールが守られているかどうかを誰がどう判断するのか、守られなかった場合の感染リスクはどの程度上がるかなどを総合的に判断しなければなりません。

五輪を契機とした感染拡大はまだ確認されていませんが、デルタ株が原因とされる感染が世界各国で急拡大している中での五輪開催が正しい判断だったか、問い続ける必要があります」

Q.ほかに問題点は。

山口さん「開幕直前まで続いた開会式を巡るトラブルの中で、演出統括責任者を巡る問題があります。もともと、開閉会式の演出は能楽師の野村萬斎氏が総合統括、電通出身のCMクリエーター佐々木宏氏や振り付け演出家のMIKIKO氏ら7人の演出企画チームが担う予定でした。しかし、2020年12月チームの解散が発表され、佐々木氏に権限が一本化されました。組織委はコロナ禍に伴う式典の簡素化を短期間で進めるためと説明しました。

当初、五輪開会式の執行責任者だったのはMIKIKO氏でした。彼女のチームの案はIOCにも絶賛され、総勢500人に及ぶスタッフキャストらとも、本番に向けて契約を結んでいたと週刊文春は報じています。同紙の別の記事によれば、案では、漫画家大友克洋氏が2020年東京五輪を『予言』した作品として話題となった『AKIRA』の主人公が乗る赤いバイクが会場を走り抜けるシーンで幕を開け、プロジェクションマッピングを駆使し、東京の街が次々と浮かび上がる内容。

AKIRA』の大ファンである私はこのシーンを想像するだけで鳥肌が立ちました。しかし、この案は佐々木氏のもとで、言葉は悪いですが“ごみ箱行き”。莫大な資金と真摯(しんし)な努力は水泡に帰したのです。佐々木氏はその後、女性タレントの容姿を侮辱する企画を提案したことが発覚して辞任しました。先述の通り、演出メンバーの辞任や解任ラッシュは開幕直前まで続きました」

Q.東京五輪のここまでの危機管理100点満点で評価すると、何点でしょうか。

山口さん「0点です。これまでに述べた問題のすべては危機管理の失敗が主な原因だと思うからです。そもそも、危機管理が必要だという発想が招致委や組織委にあったのか疑問に思います」

Q.五輪のような世界的スポーツイベントを開く際、危機管理の面で心得るべきことは。

山口さん「企画段階から、危機管理を『正しく』取り入れることが大切です。危機管理を『問題が発生した際の対応活動』と誤解している人が多いのですが、それは狭義の危機管理です。広義の危機管理リスク管理、狭義の危機管理危機管理広報の3本柱で構成されます。

リスク管理は発生するかもしれない危機、すなわち、潜在危機を洗い出し、発生しないようにする対策と発生した場合の対策を事前に講じる活動です。危機管理広報は潜在危機と、発生した危機の両方の現状や対応策を時と場合に応じて、しっかりと国民に説明し、理解と信頼を得る活動です。狭義の危機管理は危機が実際に発生した場合の対応活動です。この3本柱を実施しないと危機管理導入の意味がありません。

中でも、リスク管理は危機管理の重要な柱です。例えば、1人の人物に権限が集中したり、1つの企業に利権が集中したりした場合、深刻な危機をもたらす数々の事案が予想できます。これら予想できる事案が『リスク』です。危機管理のアドバイザーである私は、森前会長の問題発言や開会式の演出をめぐる混乱はリスクとして事前に洗い出し、対策を講ずることができたと考えています。

一つ一つのリスクへの対策をとっておけば、リスクが危機として顕在化する可能性は減少します。顕在化したとしても、よりよい危機管理対応をすばやく実施できます。『正しい』危機管理スポーツイベントに限らず、政府・自治体も含めたあらゆる組織・団体・企業等の活動を有意義な方向に導く羅針盤だと私は考えます」

オトナンサー編集部

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