(篠原 信:農業研究者)

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 政治家や官僚は、いつでもマスコミの格好の攻撃対象。

 この二者はいくら批判しても構わない。彼らは権力者だから。批判にさらされなければ必ず腐敗するから。こんなイメージが、日本では共有されているように思う。

 私自身は、政治家や官僚をさほど悪い人たちだと思っていない。生来の悪人なんて、そうそういないと考えている。楽観的すぎると叱られるかもしれないけれど。

 実際に政治家や官僚たちと接すると「やっぱり同じ人間だな」と思う。彼らも、人々を幸せにしたい、笑顔にしたいと願って日々働いている。自分が担当する権能をそのために行使したいと考えているのが伝わってくる。

 ところが、意外なほどに彼らは現場に疎かったりする。大きな声の陳情は耳に入ってくるけれど、声なき声は彼らには届かない。陳情≒有権者の声と勘違いしてしまうようだ。特定の声の主に対して便宜を図った結果、それが「利権まみれ」と批判されることになったりもする。

陳情は誰の声?

 では、政治が「現場」を知るにはどうすればいいのだろう。

 職場やくらしの最前線で頑張っている人は、目の前の状況を何とかすることで常に精一杯。慌ただしい毎日に忙殺されていては、声を上げたり、行動に移したりするゆとりはない。

 ましてや、政治家に何かを頼みに行くというのは、自分の利益だけを考えた、なんだか後ろ暗いことをしているようで、ためらわれる。わざわざ政治家や官僚に訴えようとは思わない。

 その一方、あからさまに利益誘導を意図する人は、陳情することにためらいがない。利権に群がる人がご相談と称して政治家の下を訪れ、その他大勢の市民の実情はますます見えなくなる。そんな構造があるのではないだろうか。

 あるいは、構造とまでは言わなくともそうした「イメージ」が広く認識されているように思われる。「ご相談」を持ち込む腹黒い大人たちと政治家の事件を、私たちはニュースでも映画でも飽きるほど見てきたから。

超会派で「現場の人」のもとへ

 一部の声の大きい人ではなく、最前線で働く人たちの声なき声に、どうしたら政治家は耳を傾けることができるのだろうか。

 たとえば市議会議員なら、有志が党派・会派を超え、現場の様子を聞きに行く座談会を継続的・持続的に開催してはどうだろう。

 例えば、現場で働く保育士の皆さん、あるいは現場で奮闘している介護士の皆さんが働くところに自ら出向き、ざっくばらんな現場の話題を聞かせていただく。

 これまでも現場の声を聞く機会として、保育園の経営者や介護施設経営者を招いた会議はあっただろう。だが経営者の意見は、あくまで経営の観点からの意見。最前線で働く現場のスタッフには、現場ならでの気づき、意見があり、経営側がその点をあえて黙していることもあるだろう。

継続開催が参加者に変化を生む

 現場で頑張る方々は、真面目な人が多い。疑問を感じることがあっても、自分達の我慢と頑張りによって乗り越えるしかない、と諦めてしまっていることが多い。唐突に議員から「何かお困りごとはないですか」と訊かれても、とっさには思いつかず、言葉が出てこないことが多い。

 気軽に現場のグチや面白い体験談も話せる座談会を継続していると、思わぬ効果を示すように思う。回を重ねるうちに「これを次の座談会のネタにしよう」と、現場の気づきを意識する人が出てくるだろう。参加者に変化が生まれることが期待できる。

 参加者が、「声を上げる」という大それた気持ちを持たずに、現場の気づきを気軽に話せること、議員は現場の空気を肌感覚で知ること。そこからがスタート。現場の空気を議員が味わえれば、そして参加者が心を開けば、改善というのは「意見」を述べるような大それたものではなく、現場のちょっとして気づきの積み重ねから生まれるものだということが共有できていくように思う。この間、議員は聞く側に徹し、「現場の空気」というものを味わわせてもらうことに専念したらよいだろう。

経営と現場、どちらも大切

 最前線で働く現場スタッフには、議員は経営者など声の大きい人や地位の高い人としか付き合わない「高みの存在」に映っている。

 けれどきっと議員の方々も、この状況を寂しく感じている方が少なくないように思う。現場の方々はとても慎ましく、意見を言うことははしたない、それよりも自分の出来ることを精一杯やろう、という人が多い。だから、身構えないで済む継続的な空間がないと、現場の問題を汲み取ることは難しい。

 もちろん、経営者の話も聞く必要がある。保育・介護施設経営者の抱える人材確保や経営問題といった課題もおろそかにはできない。経営側の声も、現場の人たちと同様、one of them(たくさんの中の一人)として等しく耳を傾ける必要があるだろう。

 現場にも、経営側にも、耳を傾けられるチャネルを、議員の側から超党派でつくる。市議たちが現場を訪れて耳を傾ける姿勢を示し続けば、経営者も、現場重視の「聞く」経営に重心が移ってくるのではないだろうか。

市議会版「無料相談窓口」を

 現場に耳を傾ける座談会の他に、もう一つやってみてはと思うアイディアがある。「相談窓口」だ。

 弁護士会は、無料の法律相談を定期的に開催し、市民の相談に応じている。特定の弁護士との付き合いがない人にとっては、貴重な機会だ。弁護士会に所属する弁護士が、当番制で担当するようにしているらしい。

 ならば市議会も、街の困りごと相談窓口を毎週当番で担当してはどうだろう。週末に、気軽に市民に相談に来てもらう窓口。議員は、政党を問わず、当番制で順番に窓口を担当する。受け付けた相談は全議員で情報を共有し、対応方法を探る。

 そんな相談しやすい機会があれば、市民の声を驚くほど拾えるようになるのではないだろうか。

「聞きに行く」ことで、現場改善の政策を

 現場や社会と触れ合う接点が増えれば、一部の陳情に偏ることなく、多面的に実情がつかめるようになるだろう。陳情が現場の声を反映しているかも確認できる。何より、最前線で汗を流す人たちを笑顔にする政治を実践できる。政治家として、これほど達成感が感じられるものはないだろう。

 どこかの地方議会で、こんな取組みが始まらないだろうか。

 市町村議会議員がこうした活動を始めたら、その動きは県議会議員、そして国会議員などにも影響を与えるかもしれない。その時、民主主義というものが本当の姿で機能し始めるのでは、とひそかに期待している。

 議員の皆さん、いかがでしょうか。やってみませんか。実施することになりましたら、教えてください。取材に参ります。

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