(田中 美蘭:韓国ライター)

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 8月9日、「韓国情報機関と日本の極右団体が『不当取引』 韓国テレビ局があす報道へ」という聯合ニュースの記事が波紋を呼んだ。韓国MBCテレビの報道番組「PD手帳」が、韓国の情報機関である国家情報院と日本の右翼団体の間で不正な情報や資金の提供があったと報じたのだ。

 情報院が韓国を訪れた日本の右翼関係者を接待した上、北朝鮮に関連した情報を共有したと主張する内容で、日本の右翼関係者の代表的な人物として、ジャーナリストの櫻井よしこ氏の名前が取り沙汰された。日本語版でこの記事が配信されると、関係を指摘された櫻井よしこ氏の名前がTwitterのトレンド上位に上がるなど大きな反響を呼んだ。

 だが、実際の番組を見た立場として言うと、正当性や公平性があるとはとても言えないような内容だった。

 番組は、安倍政権時の話を主としており、安倍氏と櫻井氏の対談の様子などを織り交ぜながら、日本が安倍前首相や櫻井よしこ氏のような影響力がある言論人の存在によって右傾化していることなどを強調していた。

 だが、番組が進行しても、主題である「韓国の国家情報院と日本の右翼関係者のつながり」について明確なエビデンスが提示されることはなく、25年勤務した元情報員とされる男性の話を元に番組が進められるのみ。さらに、話は慰安婦問題に広がり、日本の右翼団体に韓国から情報が渡ったことで、市民団体の運動妨害に発展したと報じている。

 スクープ的な触れ込みではあったが、番組全体の構成は前後の脈略がなく雑だ。文在寅政権を擁護したいのかどうかを含め、何を言わんとしているのかが非常にわかりにくい内容だった。番組を視聴した50代の男性は「理解に苦しむ内容」と評した上で、「番組の構成が、かつて見た『主戦場』という映画を彷彿とさせた」という感想を述べた。

「韓国情報員と日本の右翼につながりがあった」というインパクトの強い見出しにするとともに、櫻井よしこ氏や安倍前首相の名を出し、韓国人が敏感に反応する慰安婦問題を織り込むことで、番組自体を大きく盛り上げようとしたのだろう。

反米・反政府デモに発展したPD手帳の“前科”

 これに対して、櫻井氏は8月11日に、自身のオフィシャルサイトで声明を発表。番組が指摘した櫻井氏自身と韓国国家情報院とのつながりや情報提供、資金提供を受けた事実を全面的に否定した上で、名誉毀損を毀損するMBCの報道を許されないと非難した。あわせて、自身のチャンネルである「言論テレビ」の音声や映像が無断で使用されていることにも触れ、抗議と謝罪、訂正を求めるとした(当該文面)。

 それでは、今回の報道や番組に対する国民の反応はどうだったのだろうか。もちろん、額面通りの受け取り方をして日本を非難する意見は見受けられた。また、『反日種族主義』の著者、李宇衍(イ・ウヨン)氏に対する厳しい意見もあった。同氏も同じ番組似コメントを寄せたが、過去に日本の右翼団体とつながりがあるという嫌疑をかけられた過去があったからだ。

※李宇衍氏の記事は以下をご覧ください
「慰安婦賠償判決」がまったくのデタラメである理由(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63614)
慰安婦に徴用工、どれだけタカれば気が済むのか?(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63712)
性奴隷説を否定した米論文にぐうの音も出ない韓国(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64066)
慰安婦は性奴隷ではないと理詰めで語る米論文の中身(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64113
ようやく崩れ始めた「慰安婦強制連行説」の虚構(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64355
朝鮮人業者と契約し慰安所を転々とした慰安婦の証言(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64369

 その一方で、意外にも冷静な反応を示す意見もあり、逆に政府や番組に対する不信感を述べる意見も目立っていた。

 そして、不可解なことに、今回の番組について報道したのは聯合ニュースによる記事のみであり、その他のメディアがこれを取り上げる様子がなかった。韓国インターネット大手ネイバーのようなポータルサイトでの聯合ニュースの記事の扱いも、比較的小さいものだった。

 こういった意外な反応の裏には、メディア自身が偏向しているという背景が見え隠れする。文政権下において、韓国のメディアの多くは「左寄りで政権寄り」と見られている。「PD手帳」に限らず、韓国メディアSBSの「それが知りたい」など、報道番組が全般的に偏った内容になっているという声が聞かれる。

 現に、北朝鮮から韓国に潜入した工作員が先日逮捕されたが、このニュースの扱いも小さいものだった。こうしたことを受け、「都合の悪いことは報道しない」というメディアの報道姿勢を批判する意見も見られた。

 今回の「PD手帳」も、2008年に米国産牛肉の輸入を巡って狂牛病の問題を特集した際に、誇張や虚偽の内容によって大規模な反米・反政府デモを生み出したという前科がある。

今回の報道は次期大統領選の布石か

「PD手帳」を放送しているMBCは、若年層から「国の恥」という声が上がるように、報道姿勢を巡り、批判の声が高まっている。東京五輪関連の報道でも、他国を揶揄、嘲笑したり、自国選手に対してデリカシーのないコメントをしたり、放送事故とでも言うべき問題がたびたび指摘された。社長が謝罪会見まで開いている。

 こうしたこともあり、番組の内容について「あのMBCだから」「狂牛病の頃から何も変わっていない」という声が聞かれたのも当然だ。

 マスコミが政府寄りで偏向報道が多いということをネットやYouTubeを通じて知る国民も多い中、PD手帳を含めた左派メディアの報道は来年行われる大統領選挙を見越した動きと見る意見も聞かれる。

 韓国では、右派と左派の対立がそのまま政治にも反映されている側面があり、選挙戦ともなると、両派の攻防がネガティブキャンペーン化し、候補者やその周辺のスキャンダル探しに躍起となるというのはよく知られたところである。

 また、韓国の国民感情によく見られるのは、経済やコロナ、ワクチンといった政策や対応策に対して、「政府は信用できない」と政府に対する不満や不信感を声高々に叫ぶ反面、窮地になった政府が国民の目先を変えるために日本叩きに走ると国民がすぐに同調してしまうことだ。

 今回、このタイミングでこの話題が放映された背景にも、「日本」や「右翼」といったキーワードを出すことで、左派与党の選挙戦を優位に進めていく狙いもあるのではないか。今回の「PD手帳」の報道が、大統領選挙に大きな影響を与えるとは思わないものの、こうした報道番組の動きには注視すべきだ。MBCが今度、櫻井氏の指摘に対してどのように対応するかも注目である。

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