外国人技能実習生の失踪が増加し、社会問題化している。警察庁によれば、昨年、犯罪に関与した外国人実習生の検挙数は前年比786人増の2889人で、統計を取り始めた2012年以来最多だという。

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 国籍別に見ると、最も多かったのはベトナム人の2202人で検挙数の7割を占めている。彼らを始め、ベトナム人の元技能実習生たちが足繁く通う施設があった。

 前回の拙文「失踪したベトナム人技能実習生、遁走先で聞いた『意外な真実』」では、2年半ほど前に来日して北関東にある会社で働いていた、ベトナム人の元技能実習生「ユキさん」の話を紹介した。

(参考)失踪したベトナム人技能実習生、遁走先で聞いた「意外な事実」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66084

借りた「日本への渡航費用」を返済しつつ親元へ仕送り

 ユキさんが働いていたのは、とんでもないブラック企業だった。心身ともに追い詰められた彼女は、その会社から遁走して在留中国人が経営する「チャイナエステ」で働いている。

 来日前、彼女は渡航費用や紹介料などで100万円の借金を背負っていた。ところが、来日前には20数万円の給与を約束されていたのに、日本に来て働いてみると家賃やら光熱費やらが引かれて実際に手元に残るのは月額5万円程度だった。借金返済はほぼ不可能だった。しかも朝から晩までの長時間労働で休日は月に1~2日程度。

 ユキさんはたまらずその会社を逃げ出した。現在は、知り合った中国人男性が経営する「チャイナエステ」で働いている。その仕事だって楽ではないはずだ。

 だが、ユキさんは笑顔でこう語っていた。

「オ金ヲ貯メテ借金ヲ返シナガラ、家族ニ送金シテイマス」

 借金返済や送金のための資金は、文字通り彼女が身を粉にして働いたカネであることは容易に想像が付く。しかし、どうやって母国へ送金しているのか。

ベトナムへの送金は「地下銀行」経由で

 実は、前回は紹介出来なかったが、彼女は“逃亡者”でありながら、ある銀行のキャッシュカードを持っていた。

 ご存じの通り、日本人でも以前ほど容易に銀行口座を開設することはできない。それは金融庁マネーロンダリングやテロ資金供与の防止のため、銀行業界に身分証明書の提出などを求めさせるように指導しているからだ。

 ユキさんに銀行口座を開設した経緯を聞いてみた。

「前ノ会社ニイタ時、社長サンニ銀行ヘ連レテ行カレマシタ。ソコデ書類ヲ沢山書イタラ、数日後ニ社長サンカラ通帳トキャッシュカードヲ渡サレマシタ」

 つまり、彼女の給与振り込みのために作られた口座だったわけだ。実は、金融庁マネーロンダリングやテロ資金供与の防止を強化する一方で、銀行界へ円滑な外国人技能実習生の銀行口座開設を促している。

 ただ、その元外国人技能実習生たちが作った銀行口座が“オレオレ詐欺”やマネーロンダリングに利用されていると言うのだから、何とも皮肉だ。

 話をユキさんの送金に戻そう。彼女は、“逃亡者”なので、日本の銀行を使うのはリスクが高いのではないのか。

 再びユキさんに尋ねてみた。

「別ノ銀行。新宿ニアル銀行デス。今ノ社長サンガ紹介シテクレマシタ」

 今の社長とは、ユキさんが働く「チャイナエステ」を経営するリュウと名乗る在日中国人男性だ。キャッシュカードを持っていることも驚きだったが、ベトナムでへの送金はそれとは別の銀行を利用しているのだという。

 彼女への取材に同席していたリュウさんに銀行名を問うと、

「日本の金融当局には認められていない、いわゆる“地下銀行”です」

 と苦笑しながら流暢な日本語で答えた。「地下銀行」の響きにがぜん興味がわいてきた。

「地下銀行の責任者を紹介してもいいですが、一人で行くのはチョット危ないかもしれません。私も一緒ならば・・・」(リュウさん)

思いのほか、当りが柔らかだった地下銀行主宰者

 数日後、リュウさんに“ガードマン”になってもらって一緒に訪れたのは、新宿区内にある雑居ビルの一室だった。むろん、ビルの外に地下銀行の看板はなく、ビル内にある部屋の入り口には日本語学校と思しき看板がある。どうやらワンフロアを“学校”が借りているようだった。が、不思議なことにその日は生徒の姿を一人も見かけることはなかった。

 部屋に入ると、

「ようこそいらっしゃいました。わざわざ、お越しいただいてありがとうございます。暑かったでしょう」

 満面の笑みを浮かべて丁寧に挨拶してくれたのは、外見からは日本人とも、中国人とも、ベトナム人とも判別のつかない容貌の中年男性だった。

グェンと言います。中華系ベトナム人です。銀行? ああ、ユキさんのような同胞が母国へ送金するためのお手伝いをしているので、うちを銀行と呼ぶ人もいますね」

 ビルへ入る直前にリュウさんから「絶対に怒らせないように。特に、彼の名前や出身国、パーソナルな話は聞かないように」と釘を刺されていたので、少しばかり拍子抜けした。

カネのやりとりは「口座」介さず「現金持参」で

 グェンさんが「話せることは何でも話します」と言ってくれたので、本題である「地下銀行」について尋ねてみた。

「元は、リュウさんと同じ様な在留中国人が経営していたものを、私が譲り受けました。時期はかなり前です。私の代になって、主にベトナム人相手になりましたが、今でも中国人のお客さんは少なからずいます」

 送金の仕組みはどのようなものなのか。

「先代からノウハウも引き継ぎました。お客さんから日本円でお金を預かり、電話やザロを使ってベトナムの部下に受取人の名前と送金額を伝えます。ベトナムにいる部下がレートを計算して、(ベトナム通貨の)ドンを母国にいる受取人に手渡す。その後、受取人が送金人に受け取り確認の連絡する仕組みです」

 ザロ(Zalo)とは、LINEとfacebookの機能を持ったベトナム発のメッセージングアプリで、全世界1億人超のユーザーがいるという。

「10万円送金する場合の手数料は、1000~2000円。幅があるのは為替レートや、お客の信用度の違いですね」(同)

 10万円の送金手数料1000~2000円は、メガバンクに比べると格安だが、ネットバンクと比較すると同程度か。

「原則、紹介制です。同胞でも“一見さん”はお断りしています。現金はここまで持ってこさせます。ネットや日本の銀行からの振り込みは受け付けていません。ネットや銀行を使うと、何かあった時に足が付きやすいからです」

 ベトナム人が営む「地下銀行摘発」のニュースが、年に数回は報じられている。グェンさんが指摘するように、その多くがネットを通じて不特定多数の同胞を相手に集客したり送金したりする段階で捜査当局の目を付けられて、摘発に繋がるケースが多いという。

保証人なしの小口貸し付けも

「うちは貸し付けもしています。誰にでも貸すわけではなく、信用のある人だけ。金利はほとんどゼロで、返済期間も特に設けていませんが、貸し倒れはほとんどありません」

 グェンさんが相手にしているのは保証人も身分証もない相手ばかり。それなのに貸し倒れがほとんどないとは、どんなマジックを使っているのだろうか。

「貸付額は、10万円程度の小口。貸し付ける相手は、それまで送金を依頼してきた客ですね。送金先は、母国に住む親族がほとんどなので、必然的に彼らが保証人のような格好になる。それをお客もわかっているので、“親族には迷惑を掛けられない”と考えて、きちんと返済するのでしょう」

 しかし話を聞くかぎり、この“送金”システムでは銀行口座を介しての日本とベトナムとの間で資金のやり取りがない。つまり日本側には円が積み上がり、ベトナム側ではドンが出て行く一方になる。どんな方法でベトナムに資金を補充するのか。

「詳細は言えませんが、仮想通貨を使って補充しています。まず、日本円で仮想通貨を購入して、様々なルートを経てベトナムにいる私の部下が手にしてからドンに換金してするのです」

 どうやら、途上国の人々は日本の行政機関や金融機関を出し抜くために、高度な知識と仮想通貨まで駆使しているらしい。

地下銀行が「繁盛」するのは日本の歪んだ外国人労働者受け入れ制度のせい

 そうやって送金ばかりか、貸付まで手を広げているグェンさんの「地下銀行」。さぞや儲かっているのだろう。

「まったく儲かっていませんよ。本業は別にあるので、“銀行”の仕事は慈善事業のようなものです。お客である元技能実習生の中には、殺人や窃盗を犯す同胞も少なからずいるのは事実。ですが、その責任の一端は、技能実習生制度という名の奴隷制度にもあるのではないでしょうか」

 最後にグェンさんは、自分の仕事も日本の法律に照らし合わせれば違法だと苦笑した。確かに違法だ。だがグェンさんの仕事には、日本の外国人労働者受け入れ政策で生じた現実の歪みを補正するという側面もある。

「外国人技能実習生制度など即刻廃止するべきだ」、「犯罪の温床になる地下銀行は厳しく取り締まるべきだ」。そう感じている人も少なくないだろう。しかし、その種を蒔いたのは日本政府であり、一部の企業だ。外国人技能実習生の置かれた環境をよく把握し、この制度を根本から改めない限り、実習生の“遁走”は減らないだろうし、地下銀行の“活躍の場”もなくならないだろう。

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