(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)
今月アフガニスタンで政変が起きた。タリバンは米軍がアフガニスタンから撤退するや否や、瞬く間に首都カブールを制圧、政権を奪取した。このタリバンの一連の勝利を目の当たりにし、一番羨ましがっている人物こそ、北朝鮮の金正恩総書記だ。金正恩総書記は韓国から在韓米軍さえ撤退すれば、タリバンのようにソウルに無血入城できると信じているからだ。
韓国の学界やメディアでは、北朝鮮が在韓米軍の駐留に理解を示しており、韓米の意見を尊重しているとの説も聞くが、笑止千万。それは北朝鮮の本音を全く知らない者の言う戯れ言だ。
歴史を見ても、金日成主席などは在韓米軍の撤退を望むあまり、ソ連との同盟を解消する素振りさえ見せたものだ。金正日・金正恩親子は、核保有国としての承認を勝ち得た上で、その次に在韓米軍の撤退を実現させることを段階的な目標として堅持してきた。在韓米軍の撤退こそが、彼らの究極の家訓なのだ。
そして、今回のアフガン政変は、この「段階的戦略」に大きな転換をもたらした。金正恩総書記が、核保有国としての地位確立と在韓米軍撤退という二兎を追うことも不可能ではないと考え始めたのだ。
本当にそんなことが可能なのか。それを検討するために、金正恩総書記が今回のタリバン政権奪取をどう見ているか、これを転機としてどんな戦略転換を図ってくるのか、順を追って解説する。
1.北朝鮮の公式反応とその本音
そもそも北朝鮮は、アフガニスタン情勢にどの程度関心を抱いているのか。まず北朝鮮における報道を確認してみよう。朝鮮中央通信は、バイデン大統領がアフガニスタンからの米軍撤退に初めて言及した4月14日から今日までに、計4件のアフガニスタン関連ニュースを配信した。
その中身はというと、アフガン内戦で住民の被害が拡大しているというニュースや、現地で麻薬取締が強化されたという内容くらいしかなく、アフガニスタンからの米軍撤退や、それをめぐる混乱、タリバンによる政権奪取といったニュースは見当たらない。
とはいえ、北朝鮮の指導部が、アフガニスタンからの米軍撤退やタリバンの政権奪取に何の関心がないということにはならない。北朝鮮は戦略的に重要な事柄であるほど、意図が漏れないように扱いを控えるのが常だ。
そこで私は北朝鮮側の協力者を通じて内情を探った。それによると金正恩総書記は、米国が米軍のアフガニスタン撤収計画を発表すると、すぐに党の国際部、外務省、偵察総局要員らでタスクフォースを組織し、金与正朝鮮労働党副部長を総責任者として、対南、対米戦略を組み直すよう指示した。
新たに組織された米軍撤収外交戦略常務委員は、在韓米軍の駐留維持に関する、バイデン政権内部の戦略や米国民の世論を把握することに全力を挙げている。
さらに、韓国内の親北勢力を総動員し、2002年に起きた米軍装甲車女子中学生轢死事件の時のような激しい反米感情を刺激できないかと考えている。そうなれば米国政府内の雰囲気も変わり、かつてカーター大統領が計画したように、在韓米軍の段階的な撤退にも可能性が見えてくる。
その実現のために、国際社会、特に中国やロシア、そして韓国をどう利用できるか、策を練っているという。
2.金正恩、在韓米軍撤退を非核化の条件に
20年にわたりアフガニスタンに駐留していた米軍が撤退するとの決定は、分断状況が続く南北にとってインパクトのあるニュースだった。特に北朝鮮は敏感に反応し、8月10日には次のような談話を発表した。
「朝鮮半島に平和をもたらすには、まず米国が南朝鮮に展開している侵略兵力や戦争装備を取り除くことから始めなければならない。米軍が南朝鮮に駐屯している限り、朝鮮半島情勢を定期的に悪化させる災いのもとは決して消えることはない。我々は『強対強、善対善(相手の出方に対し相応の姿勢で臨む)』という原則に基づいて、米国に対応していく」
北朝鮮は、金正恩政権の発足後、初めて在韓米軍撤退というアジェンダを打ち出し、金英哲統一戦線秘書がこれを裏書きした。さらに、駐露、駐中北朝鮮大使を相次いで現地メディアのインタビューに応じさせ、「米軍が韓国に駐留する限り、朝鮮半島情勢が繰り返し悪化する根本的な原因は、絶対になくならない」と、国際社会にアピールする戦略を打った。
そうした中、今回のアフガン情勢を受け、金正恩総書記は核保有戦略における大々的な発想の転換を行ったと見られる。
これまで米国から核保有国の承認を受けるために、主に守りの姿勢で米国との関係を維持してきたが、今後は米軍撤退の可能性を視野に、攻めの姿勢で米国を圧迫するという転換だ。核保有という事実を背景に、他には真似できない強気の姿勢を打ち出し、中国とロシアを味方につけて、経済支援を引き出そうというものだ。
3、もはや野望を隠さなくなった北朝鮮
ここで二枚の写真をお見せしたい。一枚は逃げ遅れては一大事と、引き上げる米軍の後を追い、カブールを脱出する住民らの写真だ。定員134人のところ640人も詰め込んだ輸送機の内部を写した写真もあった。
もう一枚の写真は、朝鮮戦争当時、興南から撤退する米軍LST船(戦車揚陸船)に定員の10倍を超える5000人もの避難民がすし詰めになって脱北する様子を納めたものだ。二枚の写真が似ているのは、決して偶然ではない。
私は2001年まで、北朝鮮で党幹部養成学校の教授を務めていた。そこでは幹部に対して統一教育をたたき込む。その内容とは、在韓米軍を追い出して韓国人民の歓迎を受け、ソウルに無血入城するという目標だ。かつての北朝鮮はこの目標を公にはしてこなかったが、金正恩以後は、金与正氏の発言を通じて積極的に発信している。北朝鮮が本気を出し始めたのだ。
さらに金正恩は、今回のアフガン政変をきっかけに、タリバンのようにうまく立ち回って粘り続けさえすれば、在韓米軍撤退を実現させることは可能だと確信するに至った。少なくとも、北朝鮮はそれが可能だと見ている。
韓国は在韓米軍を誹謗中傷している場合ではない
バイデン大統領がアフガニスタン撤退を決意したのは、徹底した国益優先の結果だ。米国はもはや、アフガニスタンのガニ前政権のような国家や国民を守る意志もない政権を守るために、自国の若者の命や、莫大な税金を無駄にすることはない。
ベトナム戦争撤退に続く、今回のアフガニスタン撤退という結末は、米国政府や政界の意向だけでなく、米国国民の気分を反映している。もちろんその変化には、米国メディアが与えた影響も大きい。韓国もうかうかしていられない。
最後に、韓国政府と韓国の政治家に対して言っておきたい。韓国は、北朝鮮が米軍撤退に向けて何を仕掛けようとしているのか、常に警戒していなければならない。それができなければ、この国は北朝鮮の術中にはまることになる。
在韓米軍に対する誹謗中傷や意味のない批判はもう終わりにしよう。自主国防を実現するためには、米国と緊密に連携し、韓米同盟を強固にする努力こそ、最も重要だ。
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